第四十六話 薫の力の正体
周辺を飛び回っていた魔物が全滅したこと。
そしてそれと同期するかのように天空ダンジョンが完全に消滅したことで、それまで空を覆っていた厚い雲が掻き消えていった。
それにより晴れ晴れとした青空が視界に広がることとなったのだが、そんな景色とは裏腹に有人は警戒を解くことはしなかった。
ただしその対象は天空ダンジョンやそこから出現した魔物ではなく、スカイドラゴンを一掃した薫へと変更されてはいたが。
「……僕も吟遊詩人のジョブにそれほど詳しい訳ではないけど、それでも今の攻撃が明らかにおかしいことだけは分かる。あれはどう考えてもただのC級が通常のスキルだけで実行できるようなものじゃない」
少し前に有人が似たような絶大な威力を誇る攻撃を使用したが、あれは御使いなどから与えられた魔物の力を利用するというスキルがあるからこそ可能なもの。
だからこそそうではないはずの薫が同じような攻撃が可能なことが異常だということか。
「毒島 薫。……まさか君も僕らと同じ使徒なのか?」
その言葉は薫が有人達の知らない御使いから何らかの力を与えられているのではないか、という疑いの念が込められていた。
だがそんな疑いに対して薫は呆気からんとした態度で返答する。
「そんな警戒しなくても大丈夫だよ。僕は御使い系列の奴らと知り合いでもなければ、君たちのようにそいつらと契約して力を与えられた使徒ではないからね。僕の攻撃が特別だったのは、言ってしまえば有栖と同じなだけだよ」
有栖と同じ。それが意味することは一つだけだ。
「お前、まさか初期から特別なスキルを持っていたってのか? それこそ氷姫に似た強力無比なスキルを」
有栖がそうであるように、初期スキルを与えられている奴は特別な力を持っていることが多い。
そしてその分だけ他の探索者よりも優位になる傾向があるのだった。
そこで椎平に目線を向けると知らないと首を振っているではないか。
どうやらかつて同じパーティだった俺達にもこのことは伝えていなかったらしい。
「そうだよ。と言っても僕が初期から有していたスキルはどれもこれも有栖の氷姫と違って癖が強くてさ。困ったことに少し前まではまともに使えるスキルが一つもなかったんだよ、これが」
使えないものは無いに等しく、だからこそこれまで誰にも言っていなかった。
何故なら言ったところで使えないのなら、ダンジョン探索でそれに頼ることもできないのだから。
だが俺と錬金術が齎した潤沢な回復薬などが、その難しい発動条件を達成する手助けとなったらしい。
スキルは原則として発動条件が難しいものやコストが重いものほど強力な効果を持っていることが多い。
だとするとC級の薫でさえ、これまではまともに発動できなかったそのスキルの効果なら、有人達が看過できないほど強力だったのもあり得ない話ではない。
「って、待て。どれもこれもってことは、まさかお前が保有している初期スキルは一つじゃないのか!?」
「うん、僕に最初から与えられていたスキルの数は四つだよ。で、今の攻撃はその内の一つを活用した感じかな」
「わ、私の四倍ですか。あなたがノーネームの中で異彩を放っていたのは知っていましたが、まさかここまでとは……想像を絶するとはこのことですね」
有栖がドン引きした様子を隠せないでいる。
それもそうだろう。
自分が持っている特別なスキルと同じようなものをそれだけ有しているのだから。
はっきり言って規格外である。
俺とはまた別の形でこいつも探索者の常識の枠から明らかに逸脱していた。
「まあそういう訳で、今後は使えなかったそれらの初期スキルも活用できると思うよ。なにせいろいろと便利なアイテムを夜一が提供してくれるからね」
薫が今までC級だった一番の要因は、吟遊詩人というジョブが直接的な戦闘に向いていなかったからだ。
支援特化の能力では、同じランクだったとしても戦闘系のジョブよりも戦闘能力はどうしても劣ってしまう。
そうなれば当然B級の魔物との戦いも他より厳しくなるので、その級の魔物に勝たないといけない昇級試験の難易度も上がる。
これは吟遊時だけに限った話ではなく、先生の僧侶のような回復系ジョブなどにも言えることだ。
だが恐らく今後の薫はその不利など意に介さないだろう。
なにせ氷姫のような、一つだけでも持っていれば他と大きな差を付けられるスキルを複数使えるようになるようだから。
ちなみに今回使用した一つ目のスキルの名前は「音符の王」というらしい。
その主な効果は吟遊詩人を始めとした音を使う系統のスキルの威力及び効果発動確率増加、効果持続時間延長、効果範囲増大、効果対象選択などの様々な強化が入れられるようになるそうだ。
今回はそれを使って、聞いた対象に敵味方問わず即死効果を及ぼす死の旋律というスキルの成功確率を大幅に上げ、普通なら届かない範囲にまで音を届かせて、更に効果対象を魔物に限定することで味方を巻き込まないようにしてみせたらしい。
(本来なら敵味方問わない点で使いどころが難しいスキルのはずなのに、これじゃまるで別モノじゃねえか)
敵だけ高確率で即死させる広範囲の持続攻撃とかズル過ぎるだろう。
と言っても音符の王を発動するには大量のMPが必要とのことで、魔力回復薬が込められた錬金術師の指輪を大量に消費しなければ実現不可能とのことだが、それにしたってという話である。
「それで残る三つのスキルの内容は?」
「内緒。だってそんな簡単に教えたら詰まらないだろう? こんな夜一が食いつきそうなネタなんだからさ」
それ以外でも戦力換算をする時に色々と困るのだが、探索者が切り札を隠し持っていることは割とあることだ。
それこそ上級の探索者になるほど、いざという時に使えるスキルなどを用意しているものだし、それを考えれば無理に聞き出すのは宜しくないだろう。
なにせここで無理に聞き出すということは、俺もそうされても文句は言えなくなってしまうし。
「……まあ、一先ずその件については置いておくか」
それよりも無事に天空ダンジョンを消滅させられたことだし、早く戻って後処理を済ませてしまおう。
なにせまだ今回の件における全ての問題が解決した訳ではないのだから。
そう、敵がこれで素直に諦めるとは思えない。
このまま放置すれば、きっと態勢を立て直した黄金真一派はまた同じようなことをしでかすことだろう。
これまでの関わった御使いのエルーシャやアソシア様子からして、裏切者と繋がっていると思われる俺を排除しないなんて選択肢があちらにあるとは思えないし。
(まずはあっちとコンタクトを取らないとな)
敵を倒したら万事解決! とならないのが現実の面倒なところだと思いながら、俺達は誰一人犠牲を出すことなく、突如発生した天空ダンジョンから無事の帰還を果たすのだった。
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