第四十五話 死の音
ただでさえ手強いB級の魔物が狂乱によって倍のステータスとなったらどうなるのかなんて、わざわざ言うまでもないだろう。
しかも狂乱している個体の咆哮が響き渡ると同時に、これまで普通だった奴まで狂乱し始めているではないか。
それこそまるで狂乱が伝染でもしているかのように。
「どうやら椎平が懸念していた通り、敵はダンジョンが攻略された時のことも考えていたようだな」
狂乱状態の魔物を解き放ち、天空ダンジョンを攻略した対象を襲わせるというような。
「だけど結構な個体が同士討ちしてない?」
「あの状態でコントロールできるのなら最初からやっているだろうからな。大方、後がなくなった最終手段ってところだろうよ」
ボス部屋でこれを使わなかったのも、狂乱状態になった奴がボスに襲い掛かる可能性を排除できなかったからに違いない。
同士討ち貴重な戦闘型ホムンクルスがやられるなんて、敵からしたら本末転倒でしかないだろうし。
それと仮に突入組がもっと脱出に手間取っていた場合、ダンジョンの入り口から外に出たところであの狂乱している群れに襲われることになっていたはずだ。
狂乱状態なら敵味方問わず、近くにいる奴に襲い掛かっただろうから。
「どうする? 狂乱の伝染速度からして、遠からず俺達近くの個体も同じ状態になるぞ」
「そうなったらダンジョンの外でステータスが半減している私達には厳しいですね」
俺ですらダンジョンの外では狂乱しているスカイドラゴンのステータスには届かないのだ。
今でさえキツイ他の面々が狂乱状態の敵とぶつかったら、今度こそ無事では済まない奴が出るだろう。
それも少なくない人数の。
「今なら同士討ちをしている隙に逃げることはできそうね。ただしあれを放置して逃げたら、散った個体がどれだけの被害を出すか分からないけど」
この場にいる全ての個体が同士討ちで果ててくれれば助かるのだが、流石にそんな上手くはいかないと思われる。
どれだけの数が生き残るかは分からないが、そうなった奴らが仮に日本まで飛んできた場合、その一帯に壊滅的な被害を齎すのは目に見ているというもの。
(その被害を見過ごすか。あるいは犠牲を覚悟で戦い抜くかのどちらかってことか)
そう考えた俺だったが、教授がそれ以外の選択肢を提示してきた。
「すぐにダンジョン協会と日本政府へこの事態を報告しましょう。もしかしたら自衛隊などで対処できるかもしれません」
ダンジョンの消滅はコアを破壊したので決定しているし、この分だと消え去るまでそれほど時間が掛かることもなさそうだ。
つまり今ならミサイルなどの近代兵器をどれだけ叩き込んでも問題ないということでもある。
「それに狂乱状態が持続する時間も限度がある。それを考えれば生き残った個体が日本まで辿り着いて暴れ回る可能性はそれほど高くないはずです」
仮に辿り着いても狂乱状態は解除されていることだろう。
そうなれば俺達でも十分に対処はできるというもの。
ただし生き残った個体数によっては、俺達が駆け付けるまで時間が掛かってしまう地域も出てきてしまうだろうが。
「だとしてもここで無理をして犠牲を出せば、そういった事態に対処できる戦力が減ってしまいます。それに私達は一般人より強い力を持っていますが、万能でなければ完全でもないのです」
「……そうだな、教授の言っていることが正しい。残念だが、ここは退こう」
正直、俺一人ならあるいはイケるのではないかとも思ったりもした。
足りないステータスもブースト薬による強化でどうにかできると思われるし、二重以上の強化をしなければ副作用の心配もない。
(高位の回復薬を組み込んだ指輪もあるから即死しなければ回復もできる)
そうやって殲滅は無理でも、ある程度の時間を稼げば狂乱状態が終了するまで耐えられるではないか。
そこから一気に倒し切ることも今の俺なら不可能ではないと思う。
だけどそれをやると言ったら、確実に椎平も残ると言い張るだろう。
そうなった時に椎平を守り切れるかと言われたら確実にできるとは言い切れないし、そうでなくとも敵がまだ何か仕掛けてくる可能性も否定し切れない。
それを考えればここで無茶をするのは、無駄に命を危険に晒すことになるというもの。
「ねえ、夜一はどうしたいんだい?」
そんな風に自分を納得させていた俺に、薫がそんな質問を投げかけてくる。
「……どうしたいも何も、退くべきだって結論が出ただろ」
「おやおや、らしくないね。夜一がそんな風に自分のやりたいことを押し殺すなんて」
どうやらこいつは俺が密かに自分でどうにかできないかと可能性を模索していることもお見通しのようだ。
その上で薫は驚くべきことを口にする。
「よし、分かった。それならここは僕がどうにかしようじゃないか」
「お前が? 本気で言ってるのか?」
「うん。なにせ今まで隠していた僕の全力を夜一に見せる良い機会だし、これまでの演奏で十分過ぎるほど準備はできているからね。それになにより夜一に恩が売れるなんて、これから滅多になさそうだし」
薫の支援能力は卓越している。
吟遊詩人という支援に特化したジョブと、それを十二分に活かせるスキル構成や他に真似できない素質や芸当まで兼ね備えているのも間違いない。
だが逆に言えば、それ以外の面では他に劣ることを意味していた。
それこそ戦闘能力なら他の戦闘に向いたジョブのC級に勝てないはずである。
と言うかそれで戦闘能力まで突出していたらズルだろう。
錬金剣士という生産も戦闘もこなせる俺が言うことではないかもしれないが、それが普通というものだ。
「っとその前に、スカイドラゴンに化けているそこの二人は悪いけど元の姿に戻っておいてね。これは手加減できないから、下手すると巻き込んで殺してしまうからさ」
本来なら格上のB探索者相手でもそう言ってのけるだけの自信があるのか、薫の態度は自信満々そのものだった。
「……何をするつもりなんだい?」
言われた通り人間の姿に戻った有人が尋ねるが、それに薫は答えることはなかった。
だけどそうしたのは無視したというより、答える必要がなかったらからなのだろう。
何故なら俺達はすぐにその光景を目の当たりにすることになったのだから。
「曲目変更」
薫がそう呟くと同時にそれまで別々の音楽を奏でていた輪唱道化と演奏道化が急に停止する。
いや、それだけではない。
第三の腕を使って薫が演奏していた楽器の数々も動きを止めて、これまで奏でていた音楽が全て消え去っていた。
そして一拍ほど時間をおいた後、全ての道化と楽器がとある一つの曲を奏で始める。
「さあ、《《死に尽くせ》》」
それと同時に薫がそう呟く声が聞こえたと思ったら、周囲を飛び回っていた大量のスカイドラゴンが消え去った。
「な!?」
そう、死亡したのではなく消滅したのだ。
肉体の欠片も残すことなく、まるで初めからそんな魔物がその場に存在していなかったように。それも強靭な防御力と生命力を誇るB級の魔物が。
「これは死の旋律系統のスキル、なのか? いやバカな、こんな状況で使ったらどうやっても味方を巻き添えにするはずだし、なによりあまりにも強力過ぎる……!」
そんな有人の驚愕の言葉を嘲笑うかの如く、薫の正体不明の攻撃はそこで終わらない。まるで狂乱が伝染するかのように、その消滅の波も周囲へ伝播していっているではないか。
そうして一切の抵抗も許さず、瞬く間に消滅の波はスカイドラゴンの群れを飲み込んでいく。
それはたとえ狂乱状態であっても問答無用であり、
「さて、これで綺麗になったね」
気付けば周囲を飛んでいたスカイドラゴンは全滅して、綺麗な空と雲が俺達の上空に広がっているのだった。
「面白い!」「続きが読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の星評価をお願い致します!




