幕間 鉄人VS阿修羅 その3 及び防衛戦、決着
陽明がこの防衛戦の番人と思われる三面六臂の魔物を相手にしている間、私は周囲の魔物を魔法で一掃しに掛かっていた。
こうしておけば余計な邪魔も入らないし、なにより敵の数が減れば先程の様に守りを固めている有栖などからの援護も期待できるからだ。
(B級ダンジョンの割に、防衛戦で現れる魔物はそこまで強力な個体はいないみたいね)
それこそ入る時に邪魔してきたスカイドラゴンの方がよっぽど手強くて厄介だったくらいだ。
魔物は上の級になればなるほどステータスの幅が大きくなる。
だから同じC級やB級でも強さに違いが出ることも珍しいことではない。
それで言うと、この防衛線で出現している魔物の大半はC級の中で弱い分類、ステータスの数値で言うならC級下限の90辺りの魔物が多いと感じていた。
そうでなければ私や陽明であっても空間の裂け目に辿り着くのはもっと苦労したことだろう。
(だけどあの番人だけは別物だった)
あれはB級でもかなり強い部類。
それこそステータス平均が200くらいあるのではないだろうか。
つまり単純なステータスでは――カンストしている奇人変人の代表格などの特例を除けば――今の人間が敵う相手ではないことになる。
勿論ステータスだけで戦いの勝敗が決まる訳ではない。探索者は多種多様なスキルやジョブ、更には武器やアイテムなどによって単純なステータスの差を埋めることが可能だからだ。
実際に徹底的な対策をして、試練の魔物という本来なら勝てないはずの力の差があるはずの敵を倒した奴もいることからもそれは明らかであろう。
「とは言えまさか正面から殴り合って渡り合うなんて、俄かには信じ難い光景ね」
周囲の魔物を掃除しながらも視界の端には捉えていたが、その男は番人相手に一歩も引かなかった。
それどころか時間が経つほどに敵の攻撃が当たらなくなっているではないか。
(この分だと反撃に転じられるようになるのも時間の問題か)
繚乱の牙という日本を代表するC級探索者集団のリーダーである羽場切 陽明。
錬金剣士という規格外のジョブを手に入れ得る以前、剣豪だった頃の夜一がアイテムなしの近接戦ではどう足掻いても勝てないと認めていた人物。
この男の本当に恐ろしいところは、円環闘法という戦い方でステータスを爆発的に上昇させるところではない。
確かにそれも強力で驚異的ではあるのだが、それ以上に相手の呼吸や癖を感じ取る戦闘における嗅覚がずば抜けているのだ。
(何をどうしたら六本腕から繰り出される攻撃を、ああも完璧に捌き切れるのよ)
通常の人間の腕は二本しかない。
それこそ薫のようなスキルを持っていないのなら。
つまり単純計算なら、相手の三分の一の手数しかないのだ。
それに加えて単純なステータスでも自身を上回っている相手の連続攻撃を捌くことの難易度は生半可なものではない。
少なくとも自分では無理だし、他のB級である有人達でも難しいかもしれない。
それほどまでに阿修羅のような魔物の拳による連続攻撃は苛烈なものだった。
ましてや陽明は円環闘法というリスキーな戦法を取っているのだ。
それはほんの僅かな間違いですら許されない綱渡りを目隠しながら行なっているようなもの。
それにも拘らず陽明は全く焦りを感じさせずに淡々と敵の攻撃を見切っているのは、どうかしていると言っても決して言い過ぎではない。
(遠距離攻撃がなくて一部の魔物とは相性が悪い点さえなければ、それこそ私じゃなくて陽明が五人目のB級になっていたでしょうね)
少なくとも近接戦に限っては日本の探索者で最強格なのは間違いない。
この調子なら、時間さえあれば単独でも陽明が勝利するだろう。
だがこの防衛戦の勝利条件は目の前の阿修羅のような魔物を倒すことではないのだ。
『かなり数が減りましたね』
「ええ、この好機を逃さず決めきりましょう」
魔物の数を減らしたおかげか守る側でも余裕ができたらしく、三体の氷姫をこちらまで派遣してきた有栖にそう答える。
そして陽明の方も敵の攻撃を捌きながら、一瞬だけこちらに視線を向けてきて合図を送ってきていた。
(B級上位と思われる魔物を相手にしても周囲の状況を把握する余裕があるなんて、あいつも等級詐欺の探索者よね)
そんな事を考えながらも魔法を発動する。
「フリージングアロー」
狙いは陽明と戦っている阿修羅……ではなく空間の裂け目だ。
仮に陽明と阿修羅の勝敗がどうであっても空間の裂け目さえ破壊できれば防衛戦は勝利できるのだから、余裕が有るこの状況でそこを狙わない手はないというもの。
「ミリオンシュート」
発生した氷の矢が魔法によって天高く打ち上げられ、降り注ぐ雨の様に空間の裂け目に到来しようとする。
更に有栖の操作する氷姫も突撃を敢行していた。
それを見逃さず阿修羅も対応してくる。
陽明を攻撃していた手の幾つかがこちらの攻撃に向けられ、その途端に氷の矢が止められる。
更には氷姫も例外ではなく、三体とも空中で見えない腕に捕まれたかの如く宙釣りになっていた。
どれだけ離れていても複数の攻撃を阻止できるその能力は強力だし、ここでそれをこちらに使わなければ空間の裂け目を破壊されていただろう。
だから番人としてはその空間の裂け目を守護する行動に間違いはないと言える。
だが、
「こっちに気を取られて攻撃の手を緩めたわね?」
強力な攻撃手段を持つ探索者を相手にしている魔物としては、その行動はあまりにも致命的だった。
手数で上回りながら一方的に攻めていたからこそ守勢に回っており、それでも徐々に阿修羅の動きに対応していた陽明が、攻撃の圧が緩んだその隙を逃すはずがない。
「これで手数は同じだな」
陽明の呟いた言葉の通り、阿修羅は私の魔法と氷姫を止めるために四つの掌を使用していた。つまり残された腕は二つであり、手数は完全に互角となっている。
だがそれと同時にこの均衡が維持されるのは阿修羅が魔法などを止めている間だけなのは分かり切っていた。
だから陽明はこの瞬間に決めるべく動く。
繰り出された二つの拳が阿修羅の残された掌によって無効化され、それを待っていたかのように陽明から蹴りが放たれる。
そして六つの掌を使ってしまっている阿修羅はこのままなら攻撃を受けるしかなく、円環闘法による一撃をまともに受ければ大ダメージを負うことは必至。
『危ない、陽明さん!』
だが敵もバカではなかったようだ。
有栖が警告する通り、陽明が蹴りを繰り出そうとする前に阿修羅の六つの眼が光り始めていたからだ。
陽明が最大の好機を狙う瞬間。
それ即ち攻撃に全振りして、守りががら空きになることを意味している。
つまりこの攻撃が直撃するのは如何に陽明とて不味い。
(こいつ、あえて守りで掌を使い切って攻撃を誘ってたっての?)
陽明が相手の動きに慣れていったように、阿修羅もいつの間にか陽明の円環闘法の絡繰りを見切っていたのだ。
そして確実に仕留められる、陽明が止めを刺そうとするタイミングを待ち構えていたのだろう。
基本的に相打ちは魔物の方が有利なことが多い。
単純に人間よりも魔物の方が頑丈だし、HPの量的にも魔物側が勝っていることが大半だから。
それにこのまま互いの攻撃が命中した場合、円環闘法で守りのステータスが著しく低下しているはずの陽明が耐えきれるか分からない。
どれだけ回復できる手段が揃っていても、一撃で死んでしまえば回復する暇などないのだから。
だから私はすぐに魔法ストックを消費してでも、どうにか阿修羅の攻撃を妨害しようとして、
「……『超身』」
次の瞬間、今にも攻撃を放とうとしていたはずの阿修羅の首が三つとも消え去っている光景を目の当たりにした。
「は?」
『え?』
氷姫から有栖の間の抜けた声が出ていることから、これが幻覚ではないのは間違いないだろう。だがだとしたらいったい何が起こったというのか。
「頭部を蹴り潰しても即死しないとは、B級の魔物はしぶといな。だがこれで終わりだ」
そんな中でも平静そのものの様子の陽明は、首が無くなってもどうにか動こうとしている阿修羅の身体に拳を当てると、衝撃が敵の身体を貫いて止めを刺す。
あれは確か衝破とかいう円環闘法でも自身の肉体を傷つけずに攻撃するものだったか。
そちらが理解できるからこそ、先ほどの光景の異様さが際立つというもの。
C級の有栖やB級の私が認識すらできない攻撃など尋常なものではない。
「……陽明、あんた何をしたのよ? 蹴った、みたいなこと言ってけど」
「何をと言われてもな。言葉通りの意味でしかないぞ」
陽明曰く、敵の攻撃が放たれる前に繰り出していた蹴りで相手の頭を攻撃しただけだそうだ。
ただし隠していた切り札を使った上で、だそうだが。
(そう言えばあの瞬間、何か呟いていたわね)
そうして単純に攻撃される前にその発生源を刈り取って潰した。
だから陽明は無事だった。言葉にすればその通りでしかないのだろうが、それにしたって意味が分からない。
(私達どころか敵である阿修羅ですら反応できない速度での攻撃って……)
しかも速さだけでなく威力も凄まじいものであったのは見ての通り。
でなければ三つあった首が一瞬で吹き飛ばされるはずもないのだし。
だとしたらあの瞬間の陽明の攻撃は、それこそA級の魔物にすら通用するものだったのではないだろうか。
「とは言え、今の所だと使える時間もごく僅かな上に反動の大きい切り札でもあるからな」
そんなことよりも何か起こる前に空間の裂け目を破壊しようと提案してくる陽明の言葉は正しい。
阿修羅が現れた時の様に増援が送り込まれたら溜まったのではないし、この話は時間や余裕がある時にでもすればよいのだから。
そうして空間の裂け目に魔法を叩き込んで破壊したところ、私達は防衛戦に送り込まれた時の様に転移することとなる。
「お、そっちも無事なようで何よりだな」
そこで待っていたのは、周囲に無数の魔物の死体を散乱させている夜一だった。
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