幕間 愛華の戦わない戦場
多くの腕の立つ探索者が日本に刻一刻と接近してきている天空ダンジョンという災害に必死で対応している。
その中には通常時なら社コーポレーションにいることの多い先輩や日本で五人しかいないB級であり社コーポレーション専属探索者でもある椎平さんも含まれていた。
つまりその分だけ社コーポレーションの守りはいつもより薄くなっていることを意味している。
「もし俺が敵なら必ずその隙を突く」
そしてその際に狙われる可能性が高いのが錬金術の力を持つ人ではないかと先輩は予想していた。
敵が黄金神という錬金術という力を独占してきた奴らだからこそ、その力を勝手に利用している存在が見つかれば容赦しないと思われるという予想らしい。
また錬金アイテムを利用して開発した、あるいはしている色々な物や作った研究データなども盗まれて困るが、それ以上に貴重なのがそういった替えの効かない人材とのこと。
だからこそ絶対にそれだけは守らならなければならないとも言っていた。
現在、先輩が提供したジョブオーブよって錬金術師のジョブを手に入れているのは私、優里亜さん、勘九郎先生、外崎さんの四人。
その中で誰が狙われるかは分からない。
だから私達はこの緊急事態が落ち着くまで会社に泊まり込みをするように指示されていた。
以前の騒動で研究室のセキュリティは見直されたので、そこに居れば比較的安全だからと。
厳密には社員ではない優里亜さんや勘九郎先生もそれは同じである。
「こういう荒事とは無縁な生活をするために探索者を引退したはずなんだけどね」
「それは仕方がないさ。探索者として得た力を利用する以上、それに付随する面倒事はどうやっても出てくるもんだからな」
それが嫌なら探索者としての力を完全に放棄する以外にないだろうと優里亜さんの夫である哲太さんは言う。
探索者としての第一線を退いたという彼だが、C級探索者となった腕は健在。
その彼が妻である優里亜さんの危機を見逃せるはずもなく、こうして護衛にきてくれているのだった。
他にも天空ダンジョン攻略に参加していないノーネームのメンバーはそのために色々と動き回っているらしい。
(朱里とかはそれが自分の役割だって言ってたものね)
つまり先輩たちを除いた五名のノーネームのメンバーが社コーポレーション周辺の守りについている形である。
それが戦闘力の低い私達にとってどれだけ頼もしい事か言うまでもないだろう。
「てか、こんな状況でも先生や外崎さん達は仕事に勤しんでるのな」
哲太さんが呆れたように見る先では勘九郎さんや外崎さんが休まず各々の研究を進めていた。
かくいう私も待っているだけでは時間の無駄なので回復薬などを作成しているが。
「周辺の警戒は朱里君や英悟君が入念に行なっています。その上で侵入されるのならどうしようもないですし、なにより何もせずただ待っているだけなんてそれこそ時間の無駄ですからね。それよりは愛華君のように回復薬などの支援物資を作って待っていた方が建設的だと思いますよ」
私としてはそれ以外でもお金が稼げるからという目的が大半を占めているのだが、それはこの場では黙っておこう。
「そうは言ってるけど、先生達は研究を続けたいだけだろ?」
「それも否定はしませんよ。勿論いざという時は私も探索者として動きます。仮に回復薬作成などでMPを消費しても回復する手段があるのですから」
だから問題ないと勘九郎さんは言い切った。
あまりに潔いその態度に哲太さんは何も反論できない様子である。
「だからあなた達二人も暇なら手伝ってください。新築の家を購入する予定だと言っていましたし、そのための資金は有れば有るだけいいでしょう?」
どうする? という視線を妻である優里亜さんに向けた哲太さんだったが、その優里亜さんが苦笑いで頷いたことで答えは出たようだ。
「分かったよ。で、何を手伝えばいいんだ?」
「それでは哲太君はこちらで改めて血液採取などのサンプルを取らせてもらって、優里亜君は回復薬を作ってください。愛華君も頑張っていますが、この先を考えれば特別品の在庫が多く必要になるでしょうから」
「おいおい、これだけ彼女が黙々と作ってるのにまだ必要なのか?」
「ええ、全然足りません」
そうなのだ。熟練度も上がって休まずに作れるようになった状態で、こうして必死に量産をしていても私一人ではどうやっても賄えない量が必要とされているのである。
「ああ、それと愛華君に夜一君から伝言です。これが終わったら例の喫茶店の話を本格的に進めるから今の内から準備をしておくように、だそうですよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 何ですかそれ! 聞いてないですよ!?」
それまで一言も発さずに話を聞いていた私だったが、その言葉には黙っていられなくなった。
「そ、それって今まで以上に特別品が必要になるってことですよね?」
「ええ、そうです。だから今の内から在庫は確保しておいた方がいいですよ。いざという時は夜一君も手伝ってくれるでしょうが、あなたとしてはそれに頼り切りになるのは嫌でしょう?」
確かに先輩の助けを最初から当てにしたくない。
そうして甘えていたら、先輩からの評価が下がるだろうことは簡単に分かるからだ。
ただでさえ我が道を進み続ける先輩との接点が薄れてきている中で、数少ない接点がある回復薬関連の仕事なのだから。
せめてそこではできる後輩でいたいのである。
「ゆ、優里亜さん! 申し訳ないですけど手伝ってください!」
「……あなたも大変ね」
同情した様子の優里亜さんが手助けしてくれるのに心の底から感謝しながら私は回復薬を作り続ける。
「……あの子も苦労するだろうな。いつぞやの椎平で見たような光景だし」
「規格外に付いていこうとするならそれも仕方のない事なのでしょう」
「てか、あのバカはこの緊急事態の後のことまで既に色々と考えてるのな。相変わらずで安心したよ」
「ええ、いつも通り負ける気など更々ないようですよ。初挑戦のB級ダンジョンであろうと彼にとっては通過点でしょうからね」
聞こえてきたそんな哲太さんと勘九郎さんの会話で私も気付いた。
先輩が天空ダンジョンを攻略する前提であり、だからこそこうした私に課題を与えてきていることに。
(なら私も頑張らないと)
そんな先輩が負ける訳がない。どれだけの困難があっても、きっといつものように常識外れな力を発揮して解決してみせるだろうから。
そのことをこれまでの経験から信じられた私は、天空ダンジョンが消滅する前提で回復薬作成に精を出すのだった。
ストックが切れたので毎日更新は明日で一旦終了とさせていただくと思います。
書き溜めする以外にも先の構成を考えたりもしたいので。
申し訳ないですが、気長に待っていただけると助かります。




