幕間 引き付ける者達 その2
順調にスカイドラゴンを引き付けられていると思っていたらそれは急にきた。
上の方から強力な魔法の発動を感じたと思ったら、それとほぼ同時に大量のスカイドラゴンが落下してきたのだ。
(聞いていた椎平の魔法で叩き落としたのか)
発生した重力は空中で途切れていたせいか、大半が海面に叩きつけられる前になんとか体勢を立て直している。
それはつまり先程よりもずっと多くのスカイドラゴンが僕達の近くに存在していることに他ならなかった。
そしてそいつらはセイレーンの恋歌の効果範囲内に入ったことで、こちらに対して引き付けられることなる。
「少し不味いかもしれないですね、この数は」
「そうかい? まだどうにか耐えられると思うけど」
新たな輪唱道化を作り出しながら教授の言葉に僕は答える。
これで輪唱道化と演奏道化は二体ずつ出したので、残りは一体ずつまで追加が可能だ。
「我々C級探索者とB級のスカイドラゴンでは元々の地力はあちらが上。それでも先ほどまでは君の支援などがあったおかげでどうにか対処できていました。だけどこの数相手だとやれないまでも完全に攻撃を留めておくのは難しいと思います」
「それは困るね。僕に一撃でも入れば道化も解除されて支援効果は全部おじゃんだ」
支援効果があることでどうにか犠牲者も出さずに対処できている状況で、それが無くなればどうなるかなど考えるまでもない。
それでも全滅とまではいかないだろうが、少なくない犠牲が出るのは避けられないだろう。
「分かった、早急に支援を重ねるよ。その代わり僕は完全な無防備になるから守りは任せたからね」
「助かります」
普通なら支援を急ぐなんてことはできない。
道化を出すためには一定時間、その歌や演奏をしなければならないという条件があるし、吟遊詩人のスキルの効果はどれだけ長く演奏したかが最も大きな要素を占める。
それはテンポを速めれば解決するなんてものではない以上、どう足掻いても十分な効果を発揮するまで時間が掛かるものなのだ。
だからこそかつての試練の魔物との戦いで僕はあまりに役に立たなかった。
敵が転移して接近してくる以上はそういうスキルを維持することがどうしてもできなかったので。
(そういう意味では僕と試練の魔物の相性は最悪だったな)
でも目の前のスカイドラゴンは空を飛び、遠距離からでも強力なブレスを吐いてくるという強みはあるものの、それらは決して防げないものではない。
「リフレクトミラー」
現に教授が魔法で僕の前に遠距離攻撃を反射する複数の鑑を展開していた。
それらは次々と放たれるスカイドラゴンのブレスに自動で反応して僕を守ってくれる。
「……すみません、どうやら数が多過ぎて軌道を逸らすのが精一杯のようです」
先ほどまでは完全に反射して相手に攻撃をお返ししていたのだが、敵の増援によってそうする余裕は失われてしまったようだ。
こちらの防御が揺るがされていることを察知したルミナスの絵理沙も、複数の敵に対してスキルなどの使用を禁じる沈黙状態を付与してブレス攻撃を封じているようだが、やはり数が多過ぎて間に合ってるとは言い難い。
それは教授や絵理沙以外のメンバーも似たような感じなので急いだ方がいいだろう。
(第三の腕、発動)
それは本来なら吟遊詩人とは何ら関係ないスキルだ。
その効果は一定のMPを消費して魔力で構成された新たな半透明な腕を肉体のどこかから生やすことができるというもの。
生やす部分や腕の長さはある程度まで調整が可能であり、私は背中から生やすことが多い。それも一本だけでなく複数。
(回復は支給された回復薬や指輪でどうにかなっているし、予定通りそれ以外の支援を厚くするか)
そうして私の背中から生えた新たな十本の腕を操作して、用意しておいた楽器を手にすると、それぞれの腕がその楽器を使用して音楽を奏で始める。
STRとVIT、そして物理攻撃の威力を上昇させる戦士の円舞曲。
味方のスキルクールタイムを短くする閃きの遁走曲。
一定確率で味方が発動した魔法を繰り返して発動する魔道輪廻の協奏曲。
聞いている間、敵のHPに特殊ダメージを与え続ける毒婦の序曲。
それらの音楽を新たに生やした腕を使って同時並行で演奏していくことで、通常なら不可能な数の支援効果を味方に施していく。
「まるで千手観音のようですね」
(そうかな? それにしては腕の数が少なく過ぎる気もするけどね)
教授がこちらの姿を見ながらそんなことを呟いていたが、残念なことに歌っている最中なので反論はできなかった。
こうして不可能を可能にしているので、一見すると第三の腕というスキルは強力なものに思えるかもしれない。
だが実際はそんなことはなく、むしろこの第三の腕や第三の目系統のスキルやアイテムは使えない上に探索者から割と嫌煙されているものですらあった。
何故なら第三の腕で生やした腕は普通ならまるで使えないからだ。
発揮できるステータスは生やした本人の十分の一で固定されているので、STRが100の奴が第三の腕を使って攻撃してもその出せる威力はSTR10のみ。
それはDEXも同じことなので無駄にMPを消費して作っても、細かい作業を任せるのには向かず単純作業を任せることがやっと。
実際に僕が第三の腕を使い始めた当初は物を掴むのも困難で、演奏ができるようになるまで相当な練習が必要だったものだ。
それに身体から新たな腕が生える感覚を嫌う人も多い。それこそ自分の肉体が異形に変質するようなものであり、感覚が鋭い探索者ほどそういう肉体の変化を不快に感じる者が多いのだ。
また第三目では視界が増えても今までにない新たな視界の発生で気分が悪くなることもあるし、処理する脳が追いつかないケースも多々ある。
そうなると得られる情報が増えても有効活用できずに無駄になる場合が多いである。
(それで言うと、完全に魔物に姿を変えてみせるあの二人も相当努力したんだろうな)
スキルで犬の姿になったとしても、それを動かすのは人間だった自分なのだ。
四足歩行のやり方など一から学ぶしかないだろうし、人間との身体の違いで様々な苦労をするのは間違いない。
たぶんワイバーンなど空を飛ぶ魔物に変身した時も、最初は歩くどころか地べたを這いつくばるとこから始めたのだろうことが予想できる。
と、そこで輪唱道化の三体目を作り終えたのでようやく口が自由になった。
そしてその頃には何重にも施された支援の甲斐あって戦線も安定している。
「ふう、これでいいかな」
「ありがとうございます。それにしても流石はノーネームにおける危険人物ナンバー2ですね。やっていることが異常を通り越してバケモノですよ」
「そうでもないよ。回復薬が貴重だった時はこの状態を長時間維持することは難しかったんだから」
魔力回復薬の量産に、錬金術師の指輪による飲まなくても回復する手段の確立。
そういう新たな可能性が生まれたからこそ、こうしてMP消費などを気にすることなく思う存分支援に徹していられるのだ。
(でもこの感じだともう少し腕を増やして問題なさそうかな?)
「よし、守り人の郷愁歌と麗しの君の小夜曲も追加しよう」
これまでの限界を超えて更に腕を生やすと、僕は新たな音楽を奏で始めるのだった。
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