幕間 引き付ける者達 その1
突入班が飛び去って行くのを見届けながら私は溜息を吐く。
「はあ、今回もダメだったか」
「端から分かってたくせに残念な振りすんなよ。それよりも準備はできてんのか? こっちは待ちくたびれてるくらいなんだが」
独り言のつもりだったのだが、どこから聞いていたのか繚乱の牙の輝久がそう言ってくる。
「私はいつでも始められるよ」
ルミナスの方も絵理沙が問題ないとハンドサインで教えてくれたので大丈夫そうだ。
「それは僥倖。それじゃあ早速始めるとしようか」
早くしないとスカイドラゴンの群れが夜一達の方に向かってしまうだろうし。
そうやって私は大きく息を吸うと、いつものように歌いだす。
吟遊詩人たる私のスキルの多くは、歌や奏でる音楽によって特殊な効果を発生させるものが多い。
魅了の魔眼も持っているけど、それらはあくまで例外なのだ。
今回の私が歌うのはセイレーンの恋歌というもの。
その主な効果は特定の対象を魅了、あるいは誘引するというものだ。
一般人や抵抗力の低い探索者なら、この歌を聞いているだけで私の言うことを聞くことが幸福に感じるようになる。
また魔物相手に使用すれば、アンデッドなど特殊な魔物を除けば誘き寄せる効果を発揮するのだ。
だから魔力が込められた歌声を耳にしたスカイドラゴンの群れは、その期間が長くなるにつれてこちらに引き寄せられるようにして向かってくる。
この調子で引き付け続ければ夜一達を阻むスカイドラゴンの数はかなり減らせることだろう。
問題があるとすれば、引き付けているこちらに対してスカイドラゴンが攻撃を仕掛けてくることだろうか。
(とりあえずは全体支援をやっておくかな)
そう考えた私はセイレーンの恋歌を謳いながら、用意しておいたバイオリンで別の音楽を奏で始める。
実は吟遊詩人などの音を使うスキルの裏技として、こうして歌と楽器で別々の効果を発動することも可能なのだ。
別々の歌と演奏をするのは簡単ではないが、DEXの補正込みで練習を続ければ決して不可能ではない。
「勇兵の行進曲か。助かる」
そう呟いた輝久は既に自らのスキルで剣を作成しており、その剣を手に船から勢いよく跳び出す。
本来ならそのまま荒れる海に呑み込まれるはずだったろうが、なんとその足は何もない空中を蹴って空中を駆け上っていった。
(あの剣は移動補助系の能力があるのかな?)
勇兵の行進曲にはVITとAGIを大きく高める効果があるせいか、空を走っていくその速さはかなりのものだった。
そして素早い動きのまま一番近いスカイドラゴンまで接近を果たすと、
「刀剣作成」
なんと二本目の剣を作り出してみせたのだった。以前までなら作れる剣は一つだけだったはずだったのに。
(強くなっているのは夜一だけじゃないということだね)
そのまま攻撃用と思われる二本目の剣でスカイドラゴンを斬りつける。
その毒々しい剣の色から察するに、何らかの毒を相手に付与する能力でもあるのだろう。
どうやら応用力が高い代わりに単純な攻撃力では苦労している点については変わらないようだ。
でなければ単純に攻撃の高い剣を作って攻撃した方が魔物を早く倒せるだろうし。
案の定、斬りつけられたスカイドラゴンは怒りの咆哮を上げてまだピンピンしており、不快な攻撃を仕掛けてきた輝久を追いかけ始めている。
毒が全身に回れば仕留められるのかもしれないが、あの巨体でB級の魔物の耐性だと、そうなるまでどれだけの時間が必要になるのか分かったものではない。
(となると、それを加速させた方がいいか)
それが可能なスキルはあるのだが既に私は両手で楽器を奏でているし、口では歌っている。
だから二本しか腕がない以上、もう他の楽器を使うことはまず不可能。
それこそ残された足でも使わない限りは。
(輪唱道化)
だけどこのスキルを使えばその問題も解決する。
魔力を使って作成されたマネキンのような人形。
私の背後に現れたそいつの顔には目や鼻などはなく、歌うための口だけが存在している。
そして出現すると同時に一通り私が歌い終えたセイレーンの恋歌を真似するかのように歌い始めるのだ。
「ふう、これで次が歌えるね」
輪唱道化は発動者の直前に発動した歌系のスキルを真似して、MPが続く限り歌い続ける。
今回で言えば私がさっきまで歌っていたセイレーンの恋歌を真似して、誘引効果を発揮し続けるという訳だ。
(それじゃあ次は演奏道化だ)
私は敵に掛けられた状態異常を強めるという効果を持った、蝕まれし者の挽歌を歌いながら新たな道化を作り出す。
この道化も輪唱道化と同じようなもので、発動者が一定以上演奏していたスキル効果持つ音楽。
つまりこの場合では勇兵の行進曲をMPが続く限り演奏し続けるのだ。
これらは吟遊詩人特有のスキルであり、どちらも最大三対ずつまで召喚が可能となっている。
(次の演奏するのは何が良いかな?)
セイレーンの恋歌の効果によって時間が経てば経つほどにスカイドラゴンの群れは私に向かって殺到してくる。
だがそんなことはこの作戦を行なう時から分かっていたことだし、気にしても仕方がない。
それを阻止するべく輝久はあえてヘイトを買うように動き回っているし、他の繚乱の牙やルミナスのメンバーも同じようにしてくれているのだから。
だから私がやることは彼らを支援すること。
彼らが支援によって強化されれば、その分だけ私の安全も確保されるようなものなので。
教授のように魔法で海の一部分を凍りつかせて足場を確保するなど、私とは別で支援を行なっている人がいることも目端で捉えながら、次の楽曲として選んだ慌て者の練習曲の演奏を開始する。
(うん、今のところは問題ないね)
効果範囲の敵が一定確率で攻撃やスキルのミスを誘発するようになる曲を奏でながら私は笑っていた。
やはりこうして演奏するのは楽しいと。
段々と数を増しているスカイドラゴンだが、それでも船の上で演奏と歌を続ける私にまで攻撃が届くことはない。
少なくともこの調子なら道化の出せる限界まではこのペースでも問題ないだろう。
数多のスカイドラゴンの咆哮や、こちらのスキルによる攻撃などが炸裂する戦場の最中、私が奏でる数々の音楽が場違いに響き渡るのだった。
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