第二十九話 強行偵察
巨大な翼をはためかせて悠然と空を飛行するワイバーン。
その大きな背中の上に俺はいた。
まあ正確に言うのなら、背中にある突起にしがみついていたと言うべきだろうが。
「一応聞いておくけど大丈夫かい!」
「問題ないからもっと速度を上げてくれても構わないぞ!」
人の言葉を話すワイバーン改め有人はかなりの速度で飛行しているせいもあって、吹き抜ける風も相当な威力となっている。
それもあって大声でないと互いの声が聞き取れないくらいだった。
(想像以上の速度から思ったよりは早く目的地に辿り着けそうだけど、それでもこの状態を維持し続けるのは怠いな)
ステータスのおかげでどれほどしがみ続けたとしても体力的には問題ないし、寒くなることも分かっていたので錬金術師のローブには寒さ対策となる素材を込めた物も用意しておいたから致命的な問題はクリアしているのだが。
「こんな状況で申し訳ないが、少し聞きたいことがあるんだけどいいかな!」
「いいけど、なんだ!」
「君は御使いからスキルなどを与えられてはいないと言っていたけど、それはつまり何の制限も受けていないということだよね!」
「制限なんてないけど、その口ぶりだとお前達にはあるのか!」
聞けば有人達は、エルーシャから魔石変化という名のワイバーンなどの魔物に変身可能になるスキルを与えられる代わりに、御使いや神族について関係ない第三者に話すことなどを禁じる契約を結んだというのだ。
その中には共存派の仲間に危害を加えてはならないという項目も入っており、そしてそれは有人だけでなく黄金神派閥改め共存派の使徒の大半が課される制限だという。
「僕達はこの制限や契約を承知の上で受け入れたから気にする必要はないよ! でももしこの先、他の共存派の使徒などと争うこととなった時に僕達は役に立てないということだけは理解しておいてほしいと思ってね!」
「分かったけど、それを俺に話していいのか!」
「構わないよ! それに僕はエルーシャ個人を信用してはいるものの、共存派全体が人類の味方だとは思っていないんだ! だからこそエルーシャがいないここでその話をしておきたくてね!」
中には人類を利用するために共存を謳っているだけの奴もいるだろうと有人は語る。
「良くも悪くも御使い達は人間臭い面がある! だからお節介かもしれないけど、君には忠告しておこうと思ってね!」
「そいつはどうも!」
そんな会話をしながらも俺達は先へと進み、天空ダンジョンに近づくほどに風は強くなっていった。
そうしてまともに目も開けていられないくらいの暴風雨に晒されること少し、その時はきた。
「……見えたぞ!」
「どの方向だい!」
「正面から三体と右手に二体! ただその奥に大量にいる!」
スカイドラゴンの群れを俺の目が捉える。先頭にいる数体は偵察部隊といったところだろうか。
あちらも俺達の存在に気付いたようで、背後の仲間へとそれを知らせている。
(五体で足りるか?)
分からないがB級の魔物なら強力な分、解析も少なく済みそうではある。
そして今はその可能性に賭けるしかない。
(俺はともかくワイバーンの有人がスカイドラゴンの群れに捕まったら確実に持たない)
実力も劣っている上に圧倒的に数も違う相手に集団で囲まれれば蹂躙される以外に道はないだろう。
それを分かっている以上、有人に無理をさせるのは厳禁だ。
(とにかく速攻で倒すしかないか)
あらかじめ決めていたように有人はその場でホバリングするように停止して、俺はその背中の上で立ち上がった。
そして次の瞬間、その背を蹴って敵に向かって跳躍する。
すぐに有人が次の準備に取り掛かるのを錬金真眼の視界で捉えながら。
(爆裂剣、過剰駆動)
そしてありったけの爆裂剣を近くにいた五体目掛けて投擲する。
幸いなことに暴風雨の衝撃で爆発することはなく、敵に着弾した際に無事爆発してくれた。
胴体だけなく翼などにも着弾したことにより、スカイドラゴンは死にはしなくとも飛行することがままならなくなる。
つまりこいつらも俺と同じようにこのまま海に墜落する訳だ。
ただし俺は墜落する前に追撃するが。
空中に設置したマジックコンテナを足場にして、強引にスカイドラゴンに接近するとそのまま首などの急所に爆裂剣を叩きこんだ。
それでは爆発によって自分もダメージを負うが、瞬時に回復する手段はあるので痛みには我慢である。
そんな無茶の甲斐あって海に墜落するまでに三体を仕留めてアルケミーボックスに収納することができた。
だが解析率は六十六パーセントとまだ足りない。
(でも一体が二十二パーセントなら五体で足りる!)
海に落下した二体の内の一体は既に爆裂剣で受けたダメージが相当だったのか、海面に叩きつけられた衝撃で死んでいた。
おかげで何もせずとも近くの海面に落下した際に回収することが叶う。
残るは一体。
そう思って潜りながら最後の一体に意識を向けようとしたが、
「ごぼ!?」
生きていたそいつはなんと海中に沈みながらもブレスを吐いて攻撃してきていた。
普段なら避けられただろうが、水の中で動きが鈍った状態では流石に無理だ。
(クソいてえ!)
スカイドラゴンのブレスは衝撃の他に電撃を纏っており、半端な防御では電撃で黒焦げになった上で粉砕されるというかなり凶悪な攻撃である。
それを受けて重傷程度で済んでいるだけ御の字なのだろう。だがこの状況で痺れて身動きが取れないのは不味い。
(死にかけのくせに攻撃してきやがって!)
最後の力を振り絞ったのだろう。ブレスを放ったスカイドラゴンはそのまま海中へと沈んでいく。
恐らくこのまま俺が何もせずとも、やがてあの個体は息絶えるだろう。
だがそれでは駄目なのだ。
素材を解析するためには魔物を倒すだけでなく素材を解析する必要がある以上、なんとしてでも止めを刺して素材を回収する必要がある。
それも増援が来る前に一刻も早く。
(これは出来ればやりたくなかったんだけどな)
だが手段を選んでいられないのでは仕方ない。
俺は爆裂剣を取り出すと入念に角度を計算した後、背後で爆発させる。
生じた爆発は凄まじい衝撃となって俺を背後から襲い掛かり、それによって体が海中の中を進んでいく。
さならがそれは人間魚雷とでも言うべきものだったかもしれない。
我ながら無茶な行為だとは思うが、それでも最後の素材となる個体の元へと吹っ飛べたのだから無駄ではなかったとしておこう。
(解析完了!)
無事に最期の素材を回収して、それを知らせるべく閃光玉という前に椎平が使っていたアイテムを使用する。
その合図を待っていた有人ワイバーン改め、有人ダークシャークが海中の俺を咥えてすぐに危険地帯から離脱を図った。
そう、スカイドラゴンにステータスで劣るワイバーンのままでは、同じ空を飛んでいては逃げ切れない可能性が高かったので、有人は俺が背中から跳びだしてすぐに別の魔物に変身していたのだ。
ダークシャークという水中での行動を得意とするD級の魔物へと。
先程の個体がなす術なく海の底へと沈んでいったことからも分かるが、スカイドラゴンは得意な空中ならともかく、そうではない水中などではその能力を十分に発揮することができない。
だからこそこうして水の中を逃げればそうそう追跡もできないはずだ。
問題があるとすればエラ呼吸ではない俺の息がどこまで持つかという点だろう。
案の定、ようやく到着したスカイドラゴンの本体は水中に入る俺達のことが見つけられずに、適当に海に向かってブレスを吐くことしかできない。
(って危な!)
偶然だろうがその内の一つが逃げていたこちらの近くを通過していったのだ。
ワイバーンの時と同じで、俺はともかくD級のダークシャークがそのブレス攻撃を受けたら、下手をすれば一撃で終わりかねない。
それを重々承知している有人ダークシャークは俺を咥えたままジグザグに泳ぎ、どうにかスカイドラゴンの追跡を巻くことに成功する。
「……本気で死ぬかと思った」
そうして穏やかな海で浮上したダークシャークがポツリとそう呟くのだった。
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