第二十話 妹の狙い
探索者の主な仕事が何かと問われれば、大抵の人がダンジョンに潜ってそこに生息する魔物を退治することだと答えるだろう。
その際に倒した魔物の素材を確保したり、あるいはダンジョン内に存在している薬草などを採取したり、あるいは宝箱などを狙うトレジャーハント的なことをする時もあるが、そうする際にも魔物と戦うことは必要となるからだ。
なにせ大抵のダンジョンにおいて、探索する際に魔物との戦いは避けられない。
隠形のスキルなどで身を隠すこともできなくはないが、それでもずっとスキルなどで誤魔化し続けるのは無理だし、なによりそれらのスキルを見破る魔物もそれなりに存在している。
それにそういったスキルのレベルを上げるのにも魔物との戦いは必要となるケースが多く、それらを鍛える上でも戦いは避けられない。
だからこそ探索者は魔物と戦うことが必要不可欠であり、そのために色々な対策などが求められるのだ。
そしてそれは強くなればなるほど。
言い換えれば級が上がれば上がるほどに求められる技量なども高度なものになっていく。
だからこそ基本的に上級になるほどに、探索者はダンジョンや魔物対策に時間を割くこととなる。
そうなれば当然、他のことに時間を割く暇は無くなるのが自明の理だ。
(ウチと専属契約して回復薬を好きなだけ手に入る立場となった椎平だって、基本的にはダンジョン攻略や魔物討伐で経験値稼ぎにかなりの時間を割いてるくらいだからな)
それこそプロの一流スポーツ選手で考えれば分かり易いだろう。
競技にも依るのだろうが、基本的に彼ら彼女らも毎日と言っていいほど練習に励んでいるのと同じようなものだ。
周りが努力を続ける中で自分だけが努力を怠ければ置いていかれる以外にない。
だからこそ上級探索者は探索者業に専念することが多く、他のことに時間を割くことはあまりないのが普通だ。
無論、例外が全くない訳ではない。
その一つがアルケミーのCMで撮影を行なった椎平だし、他の有名なところではイギリスのソフィアなどもそうである。
ソフィアは元モデルだった経歴を活かして休みの時などに海外のテレビに出演するなどしているらしく、割と顔と名前が世間に知られている部類の探索者なのだ。
数は少ないものの、他にもそういった上級探索者は何名か存在しており、その中には一種のインフルエンサーとしての立場を確立している人物もいたりする。
「それで夕歌。お前は夢を諦めたのか? 前は自前のファッションブランドを立ち上げるとか言ってただろうに」
食事を終えて自室に戻った俺は妹の夕歌を呼び出して話を聞いていた。
父親が大企業の社長となってメリットを享受すると同時に色々な面倒も抱え込んだ夕歌は、以前は社コーポレーションに入社することは敬遠している様子だったのだ。
仮にコネに頼らず他の新入社員と同じ形で入社したとしても、親の七光りと見られるのは避けられないからだろう。
それに社コーポレーションは回復薬などの主にダンジョン素材やアイテムを取り扱うことで成長してきた企業だ。
そして目の前の人物が望むファッション関連にはほとんど手を出していないと言っても過言ではない。
つまり夕歌が夢を叶えるのが目的ならウチに入社するのはおかしいのだ。
少なくとも通常のファッションブランド設立を目指すのなら。
だが今回、どういう風の吹き回しか前言撤回して入社する方向に考えを変えている。
たぶんだが父親が社長というコネを最大限利用したのだろう。
(親父はなんだかんだで夕歌に甘いからな)
末っ子で可愛い一人娘のお願いや頼みは、苦言を呈することはあっても基本的に断らないのは分かっているのだ。
それは社長になる前からずっとそうだったし。
だからこそ妹だろうが甘えを許す気のない俺が確認しておかなければならないのだ。
どうして急に心変わりをしたのかと。
何を考えているのかと。
でないと会社で妹が部下になる、なんて面倒なことになりかねないので。
「違うわ、私は夢を諦めてなんかない。絶対に自分のファッションブランドを立ち上げてみせるわ」
「じゃあなんでウチに入社する? 言っておくがウチには飲食部門はあってもファッション部門なんてないんだぞ」
それ以外だと建築関係などに多少の伝手はあるが、美容やファッション関連についてはこれまでほとんど手を付けてこなかったに等しい。
なにせ既に海外で傷薬を利用した商品が開発されて、それらが市場に出回っているのだ。
回復薬を利用したものとなれば傷薬を利用したものと差異はあるだろうが、売り出した際にどうしても二番煎じ感がするのは否めない。
それなら世界初を謳えるアルケミーなどの方が、商品価値が上だろうと判断したのである。
研究開発に避けるリソースは限られている。
利益になりそうな分野が優先されるのは会社として致し方ないことだろう。
「それは分かってるわよ。でもここ数年で世界の状況は大きく変わったでしょ? 回復薬関連の件とかでもそうだし、ダンジョンの存在は年々大きくなってきている」
「なるほど。それで?」
普段ならこういう話をしても、関係ないでしょ、とか、ウザいなどと言って部屋を出ていくに違いない、割と普段は俺と仲の宜しくない妹も分かっているらしい。
これが重要な話だと。
だから話を打ち切ることなくしっかりとこちらの目を真正面から見つめて語りだす。
「それ以外でも最近ではダンジョン産の素材が各分野で活用されるケースが増えてきているわ。そしてその流れは今後も色んなところで続くだろうってことも予想されている。現に今日の食事で出されたあのお肉だってそうでしょう?」
甲殻亜竜のステーキ。
確かにあれもダンジョン産の素材を活用した一つの例だ。
「つまりお前はその流れを利用するために、ウチに入社することを選んだと?」
「ええ、そうよ。私はまだ誰も開発に成功していないダンジョン素材を利用したファッションで独自のブランドを築き上げるつもり。幸いなことに社コーポレーションなら、どこよりもそのための環境が整っているもの。言っておくけど父さんにもちゃんとこういう話はして許可はもらってあるからね」
だから暗に俺に否定される謂れはないという強気な姿勢を崩さない妹を見て、
「……はあ、分かったよ。ちゃんと考えがあるならいいさ」
「よし、こっちの勝ちね!」
こちらが諦めの溜息を吐くと何故か勝利宣言をされてしまった。
別にこっちが敗北したかのような要素など何もないのだが。
(とは言え、これは止めてもどうしようもないな)
どうやら確固たる意志と考えの元に決断したようなので、これは止めても止まらないだろうと判断するしかない。
しかも夕歌にとっては運が良いことに、直近でそういうことに利用できそうな甲殻亜竜の皮も量産が可能になっている。
これらを上手く利用できれば、きっと夕歌の夢へと続く道が切り開けそうだ。
(仕方ないからこいつが入社するまでにそれ系に利用できそうな素材を集めておいてやるかねえ)
きっとそうすればこいつは嬉々としてそれらの素材を活用する方法を見つけ出すことだろう。それこそダンジョンに熱中している俺のように。
そうすればダンジョン素材を利用した新たなアイテム開発をするという、神化の薬の効果を高めたいという俺の思惑も叶えられるはずだ。
つまりこいつに協力することで俺にもメリットがあるのである。
ならば協力しない手はない。
「あ、そうそう。私が入社するまでに良さそうな素材が手に入りそうだったら確保しておいてよ。具体的に言うと布に加工できそうな糸とか、革製品に利用できそうな魔物の皮とか。あとは見たことも無い鉱石とか宝石とかもいいかしら」
と思ったのだが、何故か協力するのが当然とばかりに注文を重ねてくる妹にイラっとさせられた。
(俺はお前のパシリじゃねえぞ、こら)
そう思ったのだが、ただでさえステータスの影響か舐められやすくなっている上に普段から兄のことを舐めている妹に無言の圧力は通用しないようだった。
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