第十九話 帰省と家族
たまには顔を見せにきなさい。
そんな母親の伝言を受け取った俺は久しぶりに実家に帰ってきていた。
しかも父親どころか俺以外の兄妹も招集されたらしく、家族五人が勢揃いした形である。
久しぶりに家族全員が揃って食事を取っている。
それこそ俺達が大学や社会人になってからは仕事などで忙しくてなかったくらいだし、本当に久しぶりのことだ。
そして勿論、それらの料理を用意したのは料理好きの母さんだった。
「あら、このお肉は本当に美味しいわね」
母である八代 絹江が自分で作った料理だというのに驚いている。
まあでもその気持ちも分からなくもなない。
甲殻亜竜の肉は塩胡椒の味付けだけでも十分過ぎるほどに美味だ。
それこそ肉自体に旨味が凝縮しているかのように。
(バカみたいに生命力に溢れている魔物の肉だからな。活きが良いのは間違いないだろうよ)
もっとも生命力が強い魔物が必ずしも美味とは限らないのだが。
「マジで美味しいわね」
「そうだね、僕も気に入ったよ」
妹の夕歌と兄の朝日も魔物の肉だからと毛嫌いすることなく順調に食している。
なお、俺と親父もそれは同じで家族仲良く食卓を囲んでいる。
「でもお肉の存在感が強いから、他の食材と合わせるのはちょっと大変になるかもしれないわね。これだけ強い食材だと、他の食材の味を打ち消してしまいそうだし」
と主婦でありながら、どこぞの料理評論家なのかと思う発言をしている我が母親。
だがその言葉はあながち間違いではない。
だからこそ甲殻亜竜はステーキとして出されることが多いのだから。
「この肉なら幾らでも手に入るから、欲しければ取り寄せるよ。母さんなら上手く活用できるだろうし」
「あらそう。じゃあお願いしようかしら。色々と試してみたいし」
「え、じゃあ私もほしい!」
「なんでだよ。お前は料理なんて一切しないだろうが」
「私が作るんじゃなくて友達に料理好きの子が何人かいるから、その子たちに使ってもらいたいの。ついでにご相伴に預からせてもらうかもだけど」
(ついでどころかそれが本命の狙いだろうが)
図々しく自分の分も確保しようとする、俺より四つ年下である妹の夕歌。
こいつは現在大学四年生で来年から社会人になるはずだった。
どこに就職するかまでは聞いていないが、希望の職種に受かったとかで就職活動は既に終わったと小耳に挟んでいるから、それなりに上手くいってはいるのだろう。
(こいつの希望ってことは美容や服飾関係だろうしな)
夕歌は将来、自分のファッションブランドを立ち上げるのだと昔から夢を語っていたものだし。
それに対して俺より三つ年上の朝日兄さんは大学卒業からずっと市役所勤めの公務員であり、現在も真面目に役所勤めをしているようだ。
そう、このことからも分かる通り俺や妹とは反対に真面目で実直な兄なのである。
「そうだ、朝日。あんた、そろそろ結婚するんでしょう? 式の準備とかは大丈夫なの?」
「大丈夫だって。もうこの話は何度もしたじゃないか、母さん」
「ああ、そう言えばそうだったっけ。結婚おめでとう、朝日兄さん」
「ありがとう、夜一。でもまだ婚約しただけだし、式も来年の予定だよ。どうやら想定以上に式の規模が大きくならざるを得ないみたいだしね」
困ったように苦笑いを浮かべている兄には申し訳ないが。その原因には心当たりしかない。
新郎の父親である八代 明石という人物は今、日本で有数の事業家と称される人物なのだ。
そんな人物の長男の結婚式ともなれば、色々な方面で気を遣わないといけないことがあるのである。
(実際、兄さんが順調に出世街道を進んでいるのもウチの会社影響があるのは間違いないみたいだからな)
別に兄さんがその大企業の社長の息子という立場の威を借りている訳ではない。
またあくまで通常の出世の仕方であり、異例の出世をしているということでもないのだ。
だけど確実に事情を知っている数少ない上司や、その上から下手な扱いはしないように指示が出ているとのこと。
そしてそれは回復薬作成に成功してから更に顕著になっているらしいことを色々な調査をしている親父からも聞いている。
(当の本人は社長の息子であることは隠したがっているってのにな)
兄さんが役所に勤め始めた頃はダンジョンも発生しておらず、そうなれば当然ながら八代コーポレーションも起業していなかった。
つまりその当時の兄さんは唯のサラリーマンの息子だったのである。
だがその立場は八代コーポレーション設立や急成長と連動するかのように急変して、友人関係などでも色々と大変なことも多かったらしい。
(当時、大学生だった俺ですら御曹司なら金を持っているだろうと近寄ってくる輩が現れたくらいだからな。長男で次期社長と思われる可能性が高かった当時の兄さんは、きっともっと酷かっただろうよ)
そしてそれは妹の夕歌も例外ではない。
そのせいで付き合いのあった友人などと仲違いの末に絶交したこともあったようだ。
このように大企業の社長の子供というある種の恵まれた立場を得たとしてもメリットばかりになるとは限らない。
その代わりに失うものも確かに存在しているのだから。
それでも兄さんが幸運だったのは伴侶には恵まれた点だろう。
その人物は兄さんと大学時代から付き合っていた女性であり、金目当てなどではないことも調査済みだし。
(結婚を契機として、ウチの会社とコネを作ろうと画策している産業スパイとかもわんさかいるみたいだからな)
そういう事情もあって兄さんの結婚相手やその家族については英悟などの手も借りて徹底的に調べてある。
また親父の方でも別の伝手を使って調査をしており、それでも問題ないという報告が上がってきていた。
あくまで兄さんはウチの社員ではなく役所勤めの公務員。
だけどそれでもハニートラップなどの対象になる可能性は十分にあり得るので、色々と警戒せざるを得ないのが困ったところである。
「それよりも夜一。色々と聞いてるけど、その……大丈夫なのかい?」
兄のその言葉に母や妹までが俺に視線を向けてくる。
結婚式などについて母親から詰められるのを嫌がったのか兄さんがこちらに話題を振ってきたか。
いや、兄さんの顔を見れば別にそういう意図がある訳ではないようだが、結果的にそうなってしまった形だろう。
「ああ、俺は昔も今も楽しく探索者をやってるよ。何も問題はないさ」
片目の視力も元に戻るどころではないし、莫大な借金も形だけでいつでも返済可能なのだから。
「本当に? 朝兄はともかく夜兄の言葉は信用できないんだけど」
具体的な話はできないので曖昧に答えたら信用されなかったようだ。いや、妹の場合はそもそも俺のこと自体を信用していないのか。
「あのな、借金返済の目途も立ってるし本当に大丈夫だって。それでも疑うなら親父にでも確認しろっての」
「ああ、その通りだ。何も問題はない、それは俺も保証する」
「……そっか、ならいいんだ。でも困ったことがあれば相談するんだよ」
流石に実家では眼帯は外しているが、片目が見えなくなったことは家族全員が知っている。
そして迂闊に御使いやユニークスキルについて話せない以上、見えるようになったことは話していない。
その上で、借金の話とかを耳に挟んでいれば心配にもなるのも無理はないだろう。
(そろそろ隠れる時期は終わった感じもあるし、借金返済くらいは済ませておくかな)
でないと事情を知らない家族が心配し続けることになりそうだし。
そんな形で色々とお互いの近況などを話していて、その最中で俺は自分の耳を思わず疑う話を聞いてしまう。
「あ、そうだ。私、来年から社コーポレーションの新入社員として入社するから。色々とよろしくね、夜兄」
「……はあ!?」
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