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[書籍第2巻、4月18日発売!]隻眼錬金剣士のやり直し奇譚-片目を奪われて廃業間際だと思われた奇人が全てを凌駕するまで-【第4回HJ小説大賞 年間最優秀賞受賞!!!】  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中
第五章 崩壊の序曲と御使い降臨

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第十八話 肩代わり

 今の有栖は平静ではない。


 自分の命が危険なのも厭わず、まるで自殺するかのようにこちらに挑もうとするその姿は、どう考えてもいつもの有栖と違い過ぎた。


(復讐心はここまで人を狂わせるのか)


 いや、狂わせるのは復讐心に限った話ではないのか。


 人に宿る感情は、強いものになれば良くも悪くも人を動かす力となる。


 一般人よりも荒事が苦手だった有栖が五年という歳月、魔物と戦う探索者として邁進する原動力を与えたように。


 しかもただの探索者ではなくC級という限られた存在である上級探索者になるまで。


(だけどこちらにも譲れないものはあるからな)


 だから俺はこの戦いを終わらせるべく動く。


 即ち新たな氷姫に与えたダメージが有栖にも伝わることを承知の上で、爆裂剣を投擲したのだ。


 今度の投擲では過剰駆動(オーバーロード)は使用しなかったが、身代わり指輪を身に着けていない有栖相手ではそれで十分過ぎるというもの。


 戦闘不能になるのは間違いないし、下手をすれば即死するかもしれない。


 そう、この場にいるのが俺だけなら。


「……どうして?」


 呆然とした様子で呟く有栖。その身体には傷一つなかった。


 確かに氷姫に爆裂剣は炸裂して、過剰駆動(オーバーロード)を使用した時ほどではないがダメージを与えたというのに。


「ったく、あの陽明(バカ)に感謝しろよ。あいつがいなきゃ死んでるところだぞ、お前」


 思わず呟いただけだろうが、あえて有栖が口にした疑問に対する答えを俺は提示してやる。


 いい加減に周りを見られるくらい冷静になれという意味を込めて。


「よ、陽明さん?」

「気にするな。こうなるのは承知の上で審判役を請け負ったんだからな」


 無傷の有栖に対して、全身がズタボロになって傷だらけの陽明。


 本来ならその姿は真逆になるはずだった。


 だが陽明が密かに有栖に対して使っていた、対象のHPに対するダメージを自らのHPダメージへと転換するスキル。


 それが効果を発揮した結果、氷姫に与えたダメージは有栖を経由して陽明にのみ届くことになったのである。


 しかもこの場合はHPダメージの肩代わりなので、陽明の持ち味のVITなどで軽減もできていない。


 氷姫が受けたダメージをそのまま肩代わりした形であり、だからこそここまで傷だらけになっているのだ。


「ど、どうしてこんなことを……」

「夜一と説得に協力すると約束した以上、それを果たしただけだ。だが生憎と言葉で説得するのは苦手でな」


 傷だらけでも平然とした様子の陽明。

 その精神力は流石の一言だ。


 それとは反対に無傷でもオロオロと動揺してばかりで、何をしていいのか分からないといった様子の有栖。


 その姿も普段の者とは大きくかけ離れていたが、少なくとも復讐だけに執心していた状態からは脱却できたらしい。


(このまま戦闘を続ければ恩人の陽明がまず死ぬからな)


 そのことは有栖もよく分かっているだろう。


 なにせ探索者なり立ての頃の有栖は陽明のこのスキルなどによって助けられて、一人前になるまで育成されたという話だし。


 そんな恩人を犠牲にして、それでも復讐を続けるという選択を有栖は取れなかった。


 いや、取れる訳がなかった。


「有栖、俺はお前が復讐するのを止めるつもりもなければ、咎めるつもりも毛頭ない。だけど少なくとも命を無駄に捨てるような真似は止めておけ。そこの陽明(バカ)みたいにお前の心配する奴がいる内は」

「う、うう……」


 その言葉がどれだけ効いたのかどうかは分からないが、何もせずとも氷姫が消えていく様を見る限りでは無意味ではなかったらしい。


 涙を流しながらその場にへたり込む有栖を見ながら、一先ずどうにかなったと俺は一息ついた。





「……申し訳ありませんでした」


 しばらくして泣き止んだ有栖が口を開いて発したのはそんな言葉だった。


 その様子を見るに、どうやら冷静さは取り戻せたようである。


「五年近くも探し求めていた仇が見つかったかもしれないんだ。平静でいられない気持ちは理解できなくもないさ」


 それでも死ぬ気でこちらに戦いを挑んでくるのはやり過ぎだと思うが、それほど切羽詰まっていたということだろう。


 実際、陽明がダメージを肩代わりするスキルを使用しても、全く気付かないくらいに視野狭窄に陥っていたようだし。


「陽明さんにもここに来る前に何度も止められました。そして理屈ではそれが正しいということも分かっていたのです。でも私は暴走する自分を止められませんでした」


 その結果が御使いであるアマデウスを絶対殺すマシーンと化したという訳である。


 まあ氷姫との戦い自体は楽しかったので、別にこちらに損ばかりだったということでもない。


 だから俺としては別に許して構わないという気持ちだった。


「今後は色々と協力してくれるのなら全部水に流すさ。それにお前にとっても協力するメリットは提示できるぞ」

「メリット、ですか?」

「恐らくこの先、俺は各国の御使いや神族。そしてその使徒達と対峙して、時には敵対することになるだろう。その中からもしかしたら、お前の両親が死ぬ原因となった侵食ダンジョンを発生させた奴が見つかるかもしれない」


 ハッとした様子で有栖が顔をこちらに向ける。

 こんなことにも気付かないなんて、本当にこいつらしくないと言わざるを得ない。


 そしてだからこそ感情というものの厄介さを再認識した。


 時に理屈すら捻じ伏せて暴走する原因となるのだから。


(きっと黄金神を殺された御使い達もこんな感じだったんだろうな)


 有栖みたいな奴が大勢いたのなら収拾が付かない事態に陥ったというもの納得するしかない。


 そしてだからこそアマデウスは今後もアルケミーボックスに収納して隠し続けようと固く誓う。


(他派閥にとって仇敵となるこいつを野に放ったら、マジで何が起こるか想像もできんからな)


 それこそ復讐に燃える奴が大集合する事態になるかもしれない。


 そうなった時に日本という国が果たして残っているのだろうか。


 たぶんだけど、国が滅ぶくらいでは済まない気がする。


「まあとにかくだ。復讐するにしても狙いはしっかり定めようぜって話さ」

「その通りだ。それに夜一が敵に一切の容赦がないのは有栖も知っているだろう? たとえ神族や御使い、それに使徒相手だろうが関係なく敵は叩きのめすことになるさ。俺もこいつの提案に乗った以上はそれに協力する一連托生の身だ」


 俺も、回復薬で傷を治した陽明も復讐自体を否定していなかった。


 復讐を諦めるのではなく効率的にやろうと説得するのは、倫理的にはおかしいのかもしれない。


 でも一方的にやられっ放しで、尚且つ何をされても慈悲の心を持って許すべき、なんてのが正しいことだと俺には思えなかった。


(やり返さないと相手は調子に乗るだけの場合が多いだろうしな)


 もっともやり返しがいき過ぎて、最終的には滅んだと思われる異世界の例もあるので、塩梅には気を付けるべきだろうが。


「……お二人は、復讐を止めるべきだとは言わないのですね」

「いや勿論場合によるとは思うぞ。でも仮に俺が止めても説得力がないだろ?」


 散々やられたらやり返す、を実行してきた自覚があるこの身だ。


 そんな奴がやり返してはいけないなんて口が裂けても言えないのが正直なところではある。


「分かりました。お許しがいただけるのなら、私も協力させていただきます」


 先程も水に流すと言っているのだ。答えは決まっていた。


「それじゃあ陽明、回復薬作成の事とかについて説明しといてくれ。基本的にルミナスに頼むことは繚乱の牙と同様のことになるだろうからな」

「俺がするのか?」

「説得するって言ったのはお前だろ? 最後までちゃんと仕事しろよ」


 説明を丸投げして俺はその場を後にする。


 そうした理由は単純明快だ。


「あ、あの……お身体は大丈夫ですか?」

「もう治っているから問題ないさ。それよりもこうして直接会って話すのは久しぶりだな。元気だったか?」

「は、はい! お蔭さまで元気にやっております!」


 過去と、そして今も命を救ってくれた恩人である陽明に対して有栖がどういう想いを抱いているのかは実に分かり易い。


(問題は陽明がどういう考えなのかだけどな)


 でも今にして思えば陽明がルミナスの説得をすると言い出したのは、有栖のことを考えたのではないかと思っている。


 俺という何があっても有栖を抑えられる戦力を確保した上で暴走しかねない有栖を抑える、あるいは説得しようとしたのではないか、と。


 つまり俺はある意味で陽明に良いように利用された形である。


(まあいいや。ルミナスの協力を取り付けた以上はこっちにも十分過ぎる見返りはあるからな)


 最後に振り返って、まだまだ進展なんてしそうにない二人の様子に呆れながら、俺はその場を後にするのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 まぁ復讐等の暗い感情が原動力になって想定以上にパワーアップのきっかけを引き出すパターンは大いに有りますからね、リアルでも創作でも。 それに夜一が悟ってる(?)ように人…
[一言] 坊主のおっさんは恋愛関係ウルトラ鈍そう…
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