第十七話 氷姫合体
それからしばらくの間、氷姫を砕く作業を続けた。
そう、戦いではなく作業だ。残念ながら今の俺相手では氷姫は脅威となり得ない以上、そう評価するのが妥当なところ。
「はあ、はあ、はあ」
「いい加減に諦めたらどうだ?」
ここまでで有栖が魔力回復薬を使う機会は数十回ほどあった。
だがそれでも結果は変わらない。
それどころか氷姫を作り出すのにはMP以外にも気力などを消費するのか、有栖は息を荒くして疲労を隠し切れていなかった。
恐らくだが、ここまで連続して氷姫を作成することも、連続して魔力回復薬を服用することも今ままでなかったのだろう。
(回復薬の連続服用は効果が薄れるって話だしな)
それに対してこちらは回復薬を使用していないどころか、疲れもなければ傷一つない万全の状態。
しかもその気になれば回復薬を使う隙を与えずに相手を制圧することもできなくはないのだ。
楽しみたいこともあって、今はあえてそうしていないだけ。
ただ勝利するだけなら既にできているのである。
「まだ、です。まだ私は、負けてません……!」
そう呟いてまた回復薬を呷る有栖。体力回復薬も飲んでいるようだが、やはり疲労の色が消える気配はない。
この調子だと、それほど長くは掛からずに戦闘不能へと陥りそうだ。
(その方がこいつも納得できるだろうし、このまま判定勝ちを狙うか)
それでもダメなら再度、圧倒的な力で捻じ伏せて分からせるとしよう。
力の限りを尽くしても敵わなかったとなれば、流石のこいつも納得するしかあるまい。
それに今は目先の復讐の対象に囚われてしまっているものの、有栖は基本的には理性的な人物だ。
だから落ち着いた状態できちんと話せば理解してくれるはず。
俺に協力した方が本当の意味で復讐を達成する近道になるのだということを。
「ですが、このままでは負けるのは時間の問題なのも分かっています」
自身の敗北が近いことを口にする有栖だが、その眼は決して勝負を捨てた者のそれではない。
(何かくるな)
自身の勘がそう警鐘を鳴らしてくるが、あえて邪魔などせずに待つ。
真正面から打ち負かしてこそ有栖も納得できるだろうし、なによりこんな楽しい機会を逃すのなんて勿体なさ過ぎるので。
「砕けて、氷姫」
そんなこちらの期待に応えるように有栖は呟く。
すると有栖の周囲に展開していた七体の氷姫が、急にサラサラと砕け散って自壊を始める。
(自爆攻撃か? いや、違うな。これは……)
これまでの氷姫は壊れて粉雪状になった後は、すぐに何もなかったかのように消滅するのみだった。
だが目の前では粉雪となった氷姫の残骸が宙を浮いて漂ったままである。
「集え、氷姫」
そして有栖のその言葉を合図にしたかのように一点に集まり、先ほどまでとは違った形を模っていく。
その姿を一言で表すなら女騎士だろうか。
氷で作られた頑丈そうな鎧を身に着けた、これまでよりも大きな氷姫が一体、瞬く間に生み出されていく。
その纏う気配は先ほどまでの氷姫達とは比べ物にならない。
これが氷姫たる一ノ瀬有栖の切り札なのだろう。
(なるほど、合体して一体に全ての力を集中させたのか)
先程よりも精巧に作られた槍を構える新たな氷姫。
その立ち振る舞いも洗練されているのが見ただけで分かるし、強さも通常の個体よりもずっと上なのが窺える。
だがそれでもそのステータスB級に届く150より少し上辺りなのが錬金真眼で確認できている。
確かにこれまでよりは強いかもしれないが、それでもまだ俺には遥か遠く及ばない数値だった。
「これが私の切り札。この子が破壊されたらこちらにもう打つ手はありません」
「つまり負けを認めるってことだな」
「ええ、その通りです」
全てを出し尽くしたかのような表情で頷く有栖を見て、それが嘘ではないと同時に嫌な予感を覚える。
(こいつのこの覚悟が決まり切った感じはもしかして……)
チラッと審判役としてこれまで黙って静観していた陽明の方を見ると、頷いてこちらに合図を送ってきた。
どうやらあいつも分かっているようだ。
しかも有栖にバレないように、こっそりとあるスキルを使用したのを察知する。
(普段の冷静な有栖なら陽明のスキルにも気付いただろうにその様子もないか。やっぱり復讐心で目が曇ってるな)
あるいは自暴自棄にでもなっているのか。
なんにしても困ったものである。
「……ったく、仕方ねえな」
なんにせよ、この新たな氷姫を倒さないことには有栖は敗北を認めないだろう。だとすればやることはこれまでと何も変わらない。
「多少の苦痛と怪我は覚悟しろよ」
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