第十六話 氷姫乱舞
一ノ瀬有栖がC級の中でも指折りの探索者として数えられている最大の理由。
それは異名にもなっている氷姫という強力無比のスキルの存在が大きい。
実はこのスキル、なんと有栖が探索者になった時点、もっと言うのなら初めて魔物を倒してステータスを入手した時点から保有していたのだ。
魔物を倒したこともなかったどころか暴力などには一切触れてこなかったというのに。
非常に少ないケースではあるが、世界でも何件かそういった事例は確認されている。
そういった人物たちは探索者として秘められた才能があると、今までは考えられてきた。
なにせそういうケースに当てはまる人物は、強力なスキルを初期から有していることもあって、探索者として大成することが多かったからである。
(あるいは今にして思えば、御使いとかが使徒として利用できそうな対象に力を配っていたのか?)
ダンジョンや魔物に憎悪を向ける有栖では、一見すると御使いの協力者のような存在の使徒に向かないように思える。
だがやり方次第では上手く利用することもできなくはない。
(お前の両親を殺した相手に復讐する機会を与えるとか言えば、こいつはどんな無茶でも押し通しそうだからな)
使徒がどういう扱いなのかは分からないが、敵対組織に向ける刺客のような使い捨ての駒としてなら有効に活用できそうだ。
もっともその復讐心はあまりにも強過ぎたらしく、関係ない御使いなどにまで向けられてしまっているようだが。
鋭い切れ味の剣を欲していたら、鞘ごと切り裂くような魔剣を引き当てたようなものである。
なんなら場合によっては使い手すら殺しにかかる呪いじみた機能まで付いた。
(俺が御使いならこいつを安易に利用するのは躊躇うな。五年経った今でも未だにその復讐心に翳りはないみたいだし)
そんなことを考えていたら氷姫が完全に起動を終えていた。
といってもあえてそれを待っていたので別に焦ることではない。
折角の機会なのだ。
どうせ戦うしかないのならこちらも楽しまなければ損というもの。
だから氷姫が起動する前に本体の有栖を倒すなんてことはしない。
「余裕ですね」
「まあな」
先程手加減はしないとは言ったものの、俺としては有栖を殺す気は全くない。
なにせこれから色々と協力してもらわなければならないのだ。
その相手を殺してしまっては何の意味もないではないか。
(殺さずに勝って、アマデウスを殺すのは諦めてもらう)
別に復讐そのものを否定する気はないが、こちらにとって不都合な復讐は止めさせてもらうしかない。
発動した氷姫のスキルは、有栖の周囲に氷で出来た女性を模った人形を複数体生み出し、それらが有栖を守るように展開している。
氷姫と名付けられた氷の人形。
その数は七体。
(前に会った時は五体が限界だったはずだけど、こいつも腕を上げたってことか)
その内の二体が守りについたまま、残る五体がこちらに向かって一斉に飛び掛かってくる。
その手には各々、いつの間にか氷で作成された剣や槍などの武器が握られていた。
まずは先頭の剣を持つ氷姫の振り下ろされた斬撃を半身になって回避して、前蹴りでその胴体を蹴り砕く。
氷でできているとはいえ、氷姫はスキルで生み出された存在だ。
術者のスキルレベルやステータスによって硬度や動きが変化し、有栖クラスの人物なら生半可な攻撃を弾き返す鋼鉄よりも硬い防御を誇る。
だがそれでもステータス250の一撃を耐えられるほどではなかったらしく、一撃で胴体が砕け散った上半身と下半身が分かたれることとなった。
そしてそのまま再生することなく消えてゆく。
氷姫にもHPが存在しており、本来なら多少のダメージを負っても徐々に回復する能力もある。
だが一撃でそのHPが吹き飛べば回復も不可能なのは見ての通り。
その後の四体もほとんど同様に処理する。それに必要とした時間は僅か数秒のこと。
氷姫の攻撃を受けた箇所は凍りついて氷結の状態異常が発生するのだが、今の俺のMIDの前ではそれが発揮することもなかった。
五体の氷姫はなにも成し遂げることなく一瞬の内に砕かれ消えていくのみ。
(永遠に複数の手駒を作れる能力は普通の相手には脅威だけど、その分個体ごとのステータスなどはそれほど高くない。俺からしたら一瞬で処理できる雑魚が幾らいようと問題ないな)
それこそ陽明のような限界突破した一撃を放ってくる相手の方が断然怖い。
まあ多くの魔物を殲滅するという点に関しては、圧倒的に有栖の方に軍配が上がるので別にこのスキルが弱い訳ではないが。
「残念ながら氷姫は今の俺とは相性が悪いみたいだな」
昔の剣士だった頃は、そう簡単に処理できない氷姫が永遠に作り出されて襲い掛かってくるので中々接近できず、こちらが不利な勝負を強いられる相手だった。
だが今やその立場は逆転していた。
「……相対した時に薄々分かってはいましたが、本当にバケモノじみた強さを手に入れたようですね」
「そうだな、氷姫ぐらいのステータスの相手なら割と簡単に処理できるようになったよ」
作製された氷姫のステータスはD級上位から、どんなに高く見積もってもC級下位といったところだろう。
その程度では今の俺に対して有効打を与えるのは至難の業だ。
そこで徐に爆裂剣を一本投擲する。
高速で迫るそれに対して、既に復活を果たしていた氷姫が氷の盾を装備して壁となるように展開した。
その身を犠牲に術者を守ったのだ。
(過剰駆動なしでも三体ほどは破壊できたか。これなら全力を出せば防御を破るのも可能か)
爆発による閃光や爆炎の中で起こる事象も俺の右目は見逃さない。
壊された氷姫は一瞬で復元されるので一見すると無傷のように思えるが、しっかりと破壊した個体数は確認してある。
有栖も想像以上の威力に、自分の不利を悟ったのか表情は決して明るくない。
今のを連投されたら防御が間に合わなくなる可能性があるのを理解しているのだろう。
(とはいえ陽明と違って本人は割と脆い有栖だと、下手に爆裂剣連投なんてしたら、うっかり殺しかねないからな。ここは持久戦といくか)
過剰駆動などもっての外だ。
それこそ氷姫と同じようにバラバラにしてしまうに違いない。
瞬時に新たな氷姫を生み出すことが可能な有栖のスキルだが、何の対価もなしでという訳ではないはず。
流石にスキルの綿密な詳細までは知らないが、MPなどを消費することはこれまでの関わり合いの中から把握している。
もっとも関わり合いがなくてもそれを推察するのは難しい事ではない。
だってこれと似たようなスキルがMPを消費することは既に周知されているからだ。
問題があるとすれば、相手がどれだけの魔力回復薬を持っているかという点だろう。
C級探索者筆頭候補だから財力はあるだろうし、しかも俺の功績によって各種回復薬は前のよりも安価で数も手に入り易くなっているので。
思わぬ形となって自分で自分の首を絞めるようなことになってしまったようだが、それは仕方がないことだと割り切るとしよう。
あれらを販売すると決めた時点でこういうことが起こるかもしれないと分かってはいたし。
そこでこちらに攻勢に回られたら不味いと判断した有栖は防御を捨て、七体全ての氷姫をこちらに突貫させてきた。
それらを迎撃して砕く度、新たな氷姫が有栖の周りに現れては突撃するのを繰り返す。
(とりあえずは根比べといきますかね)
生憎と俺は根性にもスタミナにも自信があるので負ける気はしない。
四方八方から襲撃してくる氷姫を殴り、蹴り、あるいは頭突きなどで容赦なく破壊していると、その氷で模られた肉体が周囲に舞い散って消えていく。
きっと外から見ていたらある種の美しい光景が展開されている中、俺はただただ作業のように破壊行為を繰り返すのだった。
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