第十五話 氷姫来訪
アメリカ政府とその使いとの交渉は問題なく無事に終わった。
終わり際に隠していた覇気を少しだけ解放したせいで相手側が青い顔をしていたが問題はない。
だってこちらの力をある程度示すためにわざとそうしたのだし。
こちらに手を出すなら覚悟しろ、と暗に伝えたことをしっかりと守ってもらうためにも、あれは必要な行為だったのだ。
(俺をA級探索者と同じ扱いにするなら、下手に手を出すのは危険なことくらい分かるだろうからな)
それに甲殻亜竜の素材というあちらにとっても利益となる土産も持っていったのだ。
その重要性を理解しているのなら、こちらと仲違いする選択はとらないはず。
もっともこの先の量や値段の交渉については会社の方に丸投げする形にしたが。
俺は素材を提供するが、そういう面倒な点は全部任せて良いとなっているのでそれを最大限活用した次第である。
(でもこの分だと、他からも色々とちょっかいが増えそうな感じだな)
アメリカ政府が気付いたということは、他の国でもそういうところが現れるだろうと予想できる。というか絶対にそうなるに決まっていた。
俺は世界各国の情報収集能力をそんなに甘く見ていない。
むしろよく今まで隠し通せたとものだと思っているくらいで、英悟や朱里の腕を賞賛するばかりである。
(それにどうやら俺のLUCは幸運というよりも悪運という面が強いみたいだしな)
それから予想するに、きっと面倒事がやってくるのだろう。
でもそれは望むところでもある。
だってそれすらも利用して、こちらにとっての利益となるようにやればいいのだから。
そんなことを考えていたら案の定、また別のところから接触があった。
ただし今回は国ではないし、なんなら知り合いですらあるが。
「ごきげんよう、夜一さん。久しぶりに顔を合わせましたが元気でしたか?」
「ご丁寧にどうも。色々とあったけど、一から再出発して元気に探索者をやってるよ」
その人物と待ち合わせた場所は、とある人気のないダンジョンの最奥のボスの部屋。
既にボスは討伐しており、この部屋には俺と彼女、そして見届け役の陽明しかいない。
もっとも陽明は話が終わるまで口を挟むつもりがないのか、少し離れたところで黙っているのみだったが。
ちなみに何故話し合う場所にVIPルームなどでなくダンジョンを選んだのかと聞かれれば、人目に付かず周囲の安全に配慮した結果ということになる。
俺の予想が間違っていなければ、たぶん一悶着は避けられない気がするので。
「……良い競争相手だったノーネームが解散したことは素直に残念でしたが、あなたを見て少しだけ安心しました。だって少なくともあなたは何も変わっていないようですから」
クスクスと上品に笑う目の前の女性。
小柄で華奢な見た目に物腰穏やかな言動と探索者らしからぬ人物のように見える。
だがその態度などに騙されてはいけない。
なにせアポイントメントを取ってきた目の前の人物は氷姫と称される、陽明と並んで日本を代表するとされたC級探索者の一ノ瀬有栖なのだから。
しかもこいつと俺はある点で相容れない思想の持主でもあり、それもあってこれまで接触をしなかったのである。
「それでそっちから接触してくるなんて珍しいが何の用だ?」
「陽明さんから一通りの話を聞きました。その上であなたに協力しないかという提案も受けており、それが私達、ルミナスにとって有益なことも理解しています」
「へえ……それで?」
俺は会話をしながらも警戒を決して緩めない。
普段は理性的で論理的な彼女だが、陽明から御使い関連の話を聞いているのならそうではないと考えなければならない。
何故なら彼女はダンジョンに対して、底知れない憤りと恨みを抱いているのだから。
「全面的に協力しますし、望むのならこの身を差し出しても構いません。ですがその代わり一つだけ頼みを聞いてもらえませんか?」
「内容を聞く前でなんだが無理だな。だってお前、アマデウスを殺させてくれとか言うだろ?」
図星だったのか笑顔のまま押し黙る有栖。
(やっぱりな。まあこいつの境遇だとその気持ちも分かるけど)
昔の有栖はこの外見や言動の通りのお嬢様だったそうだ。
それこそ探索者になる前は荒事の経験なんて全くない上に運動も苦手で、家族からは蝶よ花よと可愛がられていたらしい。
その両親は医者であり、NGOだかNPOだかの活動に参加していたとのこと。
そして不運なことに、発展途上国の支援に行った先で世界初の侵食ダンジョンの発生に巻き込まれたのだ。
当時はダンジョンが発生し始めてから僅か三ヶ月ほどであり、まだまだそれらの現象が何なのか、また対処方法がどういったものなのかも全くと言っていいほど分かっていなかった。
だから被害が大分広がった辺りになって、ようやく事態を重く見た国連などの要請で各国の軍が出撃して、近代兵器を駆使して魔物を殲滅するまで被害は広がり続けた。
その際に巻き込まれた有栖の両親は亡くなって、しかも遺体も取り戻せなかったらしい。
聞けば侵食ダンジョンの影響で現れた魔物に食われたとか。
遺族からしたら絶望するしかない内容で、さしもの俺も同情を禁じ得ない内容である。
(あの頃はそのせいでダンジョンは危険だとされて、全て破壊か封鎖すべしって世論が形成されてたっけ)
もっともそれを行なっても崩壊という別の現象引き起こしかねないし、侵食ダンジョンが発生する回数が少ないこともあって、管理を徹底するということに留まったが。
そういう事件があったからこそ世界ダンジョン機構なんて組織が割と早い段階で創設されたという経緯もある。
だがそれで納得できなかったのが目の前の有栖という人物である。
愛していた両親が無残に殺され、しかもその遺体を弔うことすらできなかったのだ。
その怒りと恨みの矛先はダンジョンへと向けられることとなり、それを原動力としてこいつはあろうことかC級探索者まで上り詰めたのだ。
それまでまともな喧嘩すらしたことないという箱入りお嬢様だったというのに。
そしてその感情は今でも薄れていない。
普段は完璧に隠している、笑顔の裏に隠されたマグマのような激情がビシビシと伝わってくるのだ。
なにせアマデウスを始めとした御使いや神族連中は、こいつからしたら憎きダンジョンを発生させた張本人だ。
つまりは両親の仇に他ならない。
怒りと恨みの矛先が向けられるのは自然なことだ。
(だからこいつにはアマデウスのこととか話したくなかったんだよなあ)
ダンジョン攻略を全力で楽しむ俺と、ダンジョンや魔物を心の底から恨む有栖。
互いに実力は認め合っていても、根本的なところで相容れないのも致し方ないことだろう。
「……御使いや神族という存在は危険です。それはあなたも十分に分かっているでしょう? しかもそれらと関係していると思われるイギリスのA級探索者がテロ行為までしているのです。危険分子は早々に排除すべきでは?」
「今のアマデウスはホムンクルスだ。俺がその気になればすぐに破棄することもできるし、貴重な情報源は可能な限り活用すべきだろう。あいつしか知らない事や分からない事も多いんだからな」
別にアマデウスのことを心から信頼しているなんて寝言をほざく気は更々ない。そもそも俺自身がアマデウスに全幅の信頼を置いてもいないので。
(人間に似た存在なら都合の悪いことを隠すことだってあり得るし、仮にそうでなくてもいき過ぎた忠誠心が空回りする可能性だってあり得るからな)
それでも現状では利用価値があるので、アマデウスを殺させるわけにはいかないというのがこちらの結論である。
「それに言っても無駄だろうがアマデウスはダンジョンを生み出した奴らと同族ではあるけど、死亡していたから直接それらに関わっていた訳ではないらしいぞ」
「……それは分かっています。理屈の上では今の私がしようとしていることは復讐どころか八つ当たりだということも」
今の有栖が言っているのは、人間が罪を犯したから人類全体を敵視するみたいなものである。
対象が例の侵食ダンジョンを発生させた奴らならともかく、その時には死亡していた相手まで復讐の対象にするのは理屈的には間違っているだろう。
それが分かっているはずの有栖だが、いつしかその表情からは取り繕っていた笑みも消えて、抑えようもない怒りと憎しみが込められた目が露になっていた。
常に優雅でお嬢様然としたこいつが、こんな種類の感情を表情に浮かべるのは初めてみたかもしれない。
御使いや神族という、いるかどうかも分からなかった復讐すべき相手の存在がいると知って、積もり積もった感情が荒振って抑え切れないらしい。
「……陽明さんにも言われていました。現状ではどれだけ頼んだところであなたがアマデウスと言う存在を殺す許可を出すことはないだろうと。そしてそれでも無理を通したいのなら方法は一つだけとも」
そうして有栖は臨戦態勢に移行する。
つまりそれは俺を打倒することで無理矢理要求を押し通すつもりということに他ならない。
「お前、本気なんだな?」
「ええ、冗談でこんなことはできません」
やはりこうなったか。
ぶっちゃけそんな気はしていたのだ。
「なら俺が審判を務めよう」
そこでこれまで黙っていた陽明がそんな言葉を投げかけてくる。
その眼は相手をしてやれと暗にこちらに告げていた。
(この野郎、説得を手伝うとか言ってたくせに最終的な処理はこっちに投げやがったな)
まあでも陽明が話をしたからこそ有栖はこの程度で済んでいるのかもしれないと思い直す。
だって本来の有栖ならこの事実を知ったら、どんな手を使ってでもアマデウスを仕留めようとしたことだろう。
それこそ主である俺を狙うことも厭わないどころか、その情報を他に売り渡してでも。
こいつはダンジョンや魔物に復讐することだけを支えにして、ここまで進み続けてきたのだから。
「はあ……分かったよ。その代わり手加減なんて期待するなよ」
これは陽明という審判はいるものの厳密には模擬戦ではない。
何故なら復讐に燃える有栖は俺を殺す気で挑んでくるつもりだからだ。
そして俺も殺す気でくる相手に対して、知り合いだからと妙な情けを掛けるような奴ではない。
「分かっています。これで死んでも決してあなたを恨んだりしないと誓いましょう」
かつては拮抗していた腕前の相手に対して舐めているとしか思えない言葉を聞いても、有栖は冷静だった。
その冷静さもダンジョン関連にも発揮してほしいのだが、そうはいかないのが人間の、そして感情の難しいところと言うべきか。
「来たれ、氷姫」
有栖の異名ともなっているスキル。
それが発動したことで半ば予想されていた戦いが始まったのだった。
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