幕間 逃げられなかった愛華
轟音と共に壁を突き破って飛んできた何かは人のようだった。
(まさか先輩!?)
そう思ってよく見るとその人型の何かは首が付いていなかった。
「ひっ!?」
咄嗟に臨戦態勢になっていた他の二人と違って私は息を呑んで固まってしまう。だってあの強かった先輩が首を刎ねられて殺されるだなんて。
「って、あれ?」
更に注意深く観察してみると違和感を覚える。顔がないので確実とは言えないが先輩ってあんな身体だっただろうか。薬師になる際に刃物で刺したせいか強く印象に残っているものとなんだか違う気がする。
「あれ、夜一じゃないな。ってことはまさか……?」
「哲太、ここは任せるわ!」
「あ、待てこら!」
首なし死体を無視して椎平さんがボス部屋へと直行する。置いてかれそうになった哲太さんも慌てた様子で私を担ぎあげるとその後を追いかけた。
(って、私はどうすればいいのこれ?)
転移石で避難する予定だったのだがあれが魔物の死体だとするとその必要はなくなったと思っていいのだろうか。想定した事態を超えているので判断がつかない。もうどうしたらいいのか分からないので大人しく担がれて運ばれる。
「夜一! しっかりして!」
ボス部屋の中はもはや先ほどまでの原形を留めていなかった。天井から壁、地面に至るまで無事な個所を見つけるのが難しいくらいに崩壊している。一体どれほどの戦いがあればここまでの惨状になるというのか。
そんな中で先輩を見つけた椎平さんがその傍で必死に声を掛けている。身体に掛けているのは体力回復薬だろうか。
「おい無事か、夜一!」
哲太さんも私を担いだまま急いでその傍まで駆け寄る。
「先輩!」
「……そんなに呼ばなくても聞こえてるっての」
今にも死にそうなガラガラの声だけど確かに返事をした。生きている。生きていた。
「待ってて、体力回復薬が効いてくれば身体も楽になるはずだから」
そう言いながら椎平さんはもう一本、体力回復薬を開けようとしている。そこで初めて気付いた。その手が見て分かるくらいに震えている。
「いや、体力回復薬は効かないと思うぞ。もう既に自分でも使ってこれだし」
「体力回復薬が効かないって、まさか右目みたいにまた試練の魔物に何かされたのか!?」
「そうじゃないって。ていうかあいつはどうなった? 流石に死んだか?」
そう言われてボス部屋の外に飛んできた首なしの死体を思い出す。
「ああ、大丈夫だ。部屋の外に首なしの死体が飛んできたからな。流石にあれは死んだだろう」
「いや、あいつ一回首を刎ねても復活しやがったからな。確認しないと」
そう言って先輩は体を起こそうとするが途中で力尽きたかのように倒れそうになる。
「夜一!」
それを椎平さんが背中を支えて倒れないように起こしてあげた。そして支えながらも縋りつくようにその腕に抱き着いている。
「悪い、力が入らん。ブーストアイテムを使い過ぎた」
「ブーストアイテムって、まさか二重強化したのか!?」
「いや最終的には全ステータスを三重強化した。そのせいで体が動かん」
「三!?」
哲太さんのその驚きようでどれだけ無茶をしたのか推察できる。椎平さんはもう言葉もないのか黙ったまま傍に寄り添うだけだ。
「説教は後にしてくれ。そうしないと死んでたんだよ」
「お前なあ……」
「それよりもあいつが生きてたらこんなのんびりしてられないぞ。まあこれだけ時間が経って何も起きないのなら大丈夫だと信じたいが確認は必要だろ」
「ったく、分かったよ。ほら椎平、こいつはまともに歩けないみたいだからお前が支えてやれ。俺は先に行って安全か確認しておく」
「あ、私も先輩を支えます」
「おっと、そうだな。頼むわ。たぶん椎平はしばらくまともに話せんから」
私を下した哲太さんは急いで部屋の外へと戻っていく。その姿を見送りながら私と椎平さんで先輩を支えてどうにか立ってもらった。
「あの、椎平さん。支えてくれるのは有難いのですが掴む力をもう少し弱めてもらえませんかね? 弱った体に割と響くんですが?」
先輩の言葉にも椎平さんは黙って首を横に振るだけで何も言わない。だけど涙に濡れた頬が心配していたことを雄弁に語っていた。
「あー悪かったよ。連れていくって約束してたの結果的に破ることになって」
「……」
「いやでも俺だってこんなのは予想外だったんだって」
「……」
「分かった! 約束破った代わりになんでも言うこと聞くから。だから泣き止めって」
「……約束、破ったわね」
「ああもうそうですね。その通りです。本当にすいませんでした! マジで反省してるのでいつもの調子に戻ってくれ! 気まずいったらないって……」
「心配、したんだから」
その声に全てが込められていた。この人は本当に心配で心配でしょうがなかったのだ。
「……次にこんなことしたらただじゃおかないから」
「いやでも全部俺のせいって訳じゃ……分かりました。マジで気を付けます」
睨むことで先輩の言い訳を黙らせた椎平さんはそこで会話が終わらせてこれ以上、泣き顔を見せないようにそっぽを向く。
その姿を見てまいったな、と言っていた先輩は不意にこちらを見る。
「そう言えば哲太達は救援に来たんだろうけど愛華はなんでここに居るんだ? 避難できなかったのか?」
「いえ、一度はダンジョンの外まで避難できましたよ。勿論全員無事です。その後に道案内が必要になったので私が立候補してここまで来ました」
「ああ、そうか。あいつらはここのルートを知らないもんな。それじゃあ愛華にも苦労かけたみたいだな。悪かったよ」
「いえたいしたことはしてないので。それに先輩が無事でよかったです」
そんなことを話しながらボス部屋の外に出ると哲太さんが出迎えてくれた。
「今のところ動きはない。念のために拘束して動けないようにしてあるが、あれで動くのか?」
「分からん。第三形態がなければそうはならんと思うが。あ、言っとくが第一形態は用意していた作戦で圧勝したんだからな。くそ、第二形態なんて隠し玉がなければ無傷で帰れたのに」
「……俺達が負けた第一形態相手に圧勝とかもはや意味わからんぞ。お前のことだから嘘じゃないだろうが」
二人の会話を聞きながら私は首なし死体を見ていた。その身体に光る半透明の鎖が巻き付いているが哲太さんのスキルだろうか。そう思って眺めていたらその肉体が急に崩れ始める。
「え!?」
「なんだ!?」
砂のように崩れていった肉体の中から大きな深紅の宝石のようなものが現れる。
「あれはダンジョンコアだよな? なんであいつの身体からそれが出てくるんだ?」
「言い忘れてたけどあいつは一度倒したらダンジョンコアを取り込んで復活したんだ。まあそんな風に見えただけだから実際の原理とか理屈とかは分からんけど」
その深紅の宝石は宿っていた肉体が崩れ去ったあとに宙に浮きあがると色が透き通る青色に変わっていく。
少しして全てが塗り替わったと思ったらゆっくりとこちらに近寄ってくる。より正確には先輩の方へと向かっていた。
「っつ!?」
それを見た椎平さんが殺気を滾らせて先輩の前に出る。
哲太さんも武器の大剣を抜いて構えていた。
絶対にここは通さないという気迫が嫌でも感じられて冷や汗が止まらない。
(私、絶対場違いだよね!? こんな状況で言い出せないけど私は居なくてもいいよね!)
そう思いながらも動けずに先輩を支えることしかできない。
ある程度の距離まで近付いた宝石はこちらの警戒を感じ取ったかのように途中で止まる。
「……こいつ、間合いを分かってるな」
「それ以上、夜一に近付いたら殺す」
哲太さんが冷静に分析して椎平さんが更に殺気を迸らせる。
それが怖過ぎて正直漏らしそうだ。
「……試練を乗り越えし者。汝に話がある」
「ダ、ダンジョンコアが喋ったのか!?」
「うるさい。近寄るな」
哲太さんも驚いているから私の聞き間違えじゃなかったらしい。約一名はそんなことは眼中ないのか相変わらず殺気立っているけど。
「……俺に何の用だ? 話ならこのまま聞くぞ」
「それは許可できない。汝はこのままではあと数時間で命を失う。汝は唯一人で我が試練を乗り越えた類い稀なる英傑である。我には汝を救う責務があり我もそれを望む」
「な、なんですって!」
その言葉に椎平さんが血相を変えた。先輩があと数時間後に死ぬだなんてとても信じられない。確かに体調は悪そうだがこうして意識があって話も出来ているのだ。
だが先輩には心当たりがあったようだ。
「……やっぱりか。なんか勘だけどそんな感じしたんだよな」
「先輩!?」
「夜一、お前!?」
「バカなこと言わないで!」
私達全員が叫ぶが先輩は真っすぐ宝石だけを見ていた。
「現状、この世界で汝の命を助けられるのは我だけである。またそれこそが今の我の望みでもある。故に我は汝に要請する。汝、我に触れよ」
「触れるだけでどうにかなるのか?」
「我は試練を乗り越えし者に偽りを述べぬ」
「……分かった」
二人で勝手に納得して先輩は了承してしまった。その言葉で宝石はまた動き出す。
「椎平、哲太、愛華。もし何かあったら後は頼んだ。どうせこのままだと俺は死ぬみたいだからな。可能性に賭けるしかない」
「……くそが」
「もし夜一に何かしたら即座にぶっ壊してやる」
私は何も言えない。何を言ったらいいのかも分からない。
椎平さんが臨戦態勢になったことで離された腕を先輩は伸ばす。
そしてゆっくりと移動していた宝石が遂にその指先へと届いた。
「解析を開始する。なお体内を調整するため多少の痛みの発生が避けられない」
「分かったよ」
「了承を確認。解析及び調整開始……」
「ぐう!?」
苦しそうな先輩の声に私達はピクッと反応する。
椎平さんに至っては武器に手を掛けてそれを血が出そうなくらい力強く握り締めている。
その時間がどのくらい続いたのか、感覚的にはかなり長かった気がするがもしかしたら私がそう思っただけであっという間だったのかもしれない。
「……解析及び調整が完了した」
その発言と同時に先輩が手を宝石から放した。
「……驚いた。ここまで身体が楽になるとは」
「調整によって強化アイテムの過剰摂取による生命力の枯渇は改善した。だが過剰摂取による特殊な体内の損傷そのものが消失した訳ではない」
「その損傷は治るのか?」
「治療方法は時間の経過のみ。完治までは約一月。傷薬や体力回復薬などの服用は逆効果のため禁止されている」
「それで治るならそうするさ。それでお前はいったい何なんだ? 声は試練の魔物に近いけど俺と戦っていた奴なのか?」
先輩の身体が治ったのならよかった。まずは一安心だ。
だけど状況はそれで終わりとはいかない。
厄介ごとの予感がプンプンしてもうこの場から転移石でも使って退避したい私がそのことを言い出せない雰囲気のまま話は先に進む。
「汝と戦闘をしていた記憶は継承しているが完全に同一ではない。汝が試練の魔物と呼ぶ状態時は所謂暴走状態であり、現在の我はその状態からは脱している」
「……つまりどういうことだ? 再戦希望って訳じゃなさそうだが」
「それについて詳細な説明がしたい。そのために汝には再度、我に触れてもらいたい。また同行者がいる場合はその者も我に触れることを推奨する」
「同行者ってどこか別の場所にいくのか? ……まあいいや。ってことだけどお前らはどうする?」
その言葉で先輩は触れることを決心していることが分かる。
「ここまできて置いてきぼりはねえぞ」
「こいつは信用ならない。私が夜一を守る」
「……えーと、私はどうしたらいいと思います?」
この中で私は遠慮しますとは言い辛かった。
それに一人で置いていかれるのも怖い。
だけど訳の分からない状況に放り込まれるのも怖い。
「そうだな……おい、危険はないんだよな?」
「皆無だと保証する」
「なら付いてきたらどうだ? 一人で待つのも不安だろうし」
なんだかすごく面倒ごとに足を突っ込んでいる気がしないでもないが、だからこそ凄いお金の匂いがする気もする。
少なくともここで聞ける話は貴重なものになるに違いない。
最終的にそこが決め手になった。
どっちにしても怖いなら金になりそうな方がいい。
こうして私は色々と逃げられない道に足を踏み入れることになったのだった。
勿論それを自覚するのは後々のことであるが。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価をよろしくお願いします!




