第十四話 食材提供という名の威圧
それから俺の番だった。
といってもボスでは素材は手に入らないので、ある程度の周回で終わらせたが。
けどそれで問題はない。
本来の目的は既に達しているので。
その後、俺は作成可能になった甲殻亜竜の肉を大量生産してスティーブ宛てに送り付けてやった。
まだ必要ならトン単位で追加する用意があると言付けを添えた上で。
その結果またしてもあちらから会談したいという申し出があり、また例のVIPルームに前と同じメンバーで集まることとなった。
今回は俺も甲殻亜竜のステーキの味を十分に楽しませてもらう。
やっぱりこちらから仕掛けて主導権を握っている内は気が楽で良いし、なにより性に合っているようだ。
「相変わらずこの肉は美味ですね。そして夜一さん、あなたに感謝を。これだけの食材を短期間であれだけ用意してくれたのですからね」
「喜んでいただけたようでなによりです。確保しにいった甲斐がありました」
スティーブが礼を言ってくるのに無難な返答をする。
だがあちらの表情は感謝の色よりもやってくれたな、という感じが強かった。
まあ実際、これは単なる食材提供ではなく別の意味が大きく込められているので、その表情は何も間違っていないのだが。
(あっちもそれが分かった上で表情に出してるんだろうし)
情報収集に余念がない様子の相手のことだ。俺と椎平で甲殻亜竜が出現するダンジョンに遠征したことなど既に掴んでいるだろう。
そして滞在した期間も隠していないから把握しているに違いない。
だからこそこう思っているに違いない。
こんな短期間でこれだけの量、しかもまだまだ追加されても問題ない量の肉を確保するなんて、いったいどれだけのペースで魔物を狩ったのかと。
あるいはもしかしたらこの会談までの数日の内に、後ろの護衛とかに甲殻亜竜を狩りに向かわせるなどしていてもおかしくはないか。
その上で、俺の実力を再認識したってところだろう。
でなければ前と違って護衛二人が明らかに緊張して、異常なまでにこちらを警戒しているのが不自然だし。
幾らスティーブなどから理屈で俺が強いと説明されても、実感が伴わなければここまでの変化があるとは思えないからだ。
「ところで夜一さん、あなたがあの量の甲殻亜竜の肉をこの短期間でどうやって確保したのか教えていただけませんか?」
スティーブがそう尋ねてくる。だがその質問に対してこちらの返答は決まっていた。
「どうやってと言われても、ただ単に私が友人と獲物を狩って調達してきただけですよ。運が良かったのか、この前の食材調達は豊作だったこともあって、お土産を奮発させてもらった形です」
「ほう、それは素晴らしいですな。ちなみにその友人というのは?」
「かつてパーティを組んでいた相手で、現在はB級探索者の畔川椎平という人物です。彼女には今回の食材調達以外でも色々と協力してもらっているんですよ」
椎平はウチの会社の専属探索者となっているのだ。
こんなことは言われるまでもなく相手方も把握しているに決まっているが、あえてこの場で宣言する。
「彼女以外にも協力者はいますが、彼らとは今後もより良い関係を築けていけたらと考えています。色々なことで協力してもらっているので、何か問題があった時は手助けするなどしてね」
椎平達はこちらの協力者だと。
探りを入れるのは自由だが、その際は覚悟を持ってやるようにと。
反撃しないなどとは、こちらは一言も発していないので。
「……なるほど、素晴らしいお仲間をお持ちのようですな」
「ええ、有難い限りです。そしてそんな貴重で大切な仲間は何としてでも守っていこうと思っています」
これで当面は下手にこちらに手を出そうとか考えることはないだろう。
それに情報収集などについても慎重になるに違いない。
とは言え脅し過ぎもよくないので、良好な関係を続けるための餌も用意してある。
「そうそう、甲殻亜竜の肉は食材としての利用価値があるのは見ての通りなのでご存じかと思いますが、実は骨や皮などにも別の利用価値があるんですよ」
具体的には、骨はすり潰してアスファルトなどに混ぜると強度が増すことが多い。
ウチでは探索者用の建築材を作成する際などに利用している。
まあ強度が増した分だけ加工するのが難しくはなるのだが、それはやり方次第なので問題はないだろう。
また皮も特殊な方法で鞣す工程が必要にはなるが、適した処理を施したものはとても軽いのに肌触りも良い上、高度な耐熱耐冷及び衝撃吸収能力がある。
だから探索者としては、鎧や盾の裏側などに付けて身体にかかる負担を抑えるのにも使える便利な素材となっている。
(今なら服飾とか別の分野での利用も可能だろうしな)
素材となる皮を俺がその気になれば無料で幾らでも作成できるのだ。
希少な素材だからこそ、これまではそういった方向に利用されることは少なかったかもしれないが、それこそ今なら甲殻亜竜の革を使ったジャケットとか財布とかも割と容易に作れるだろう。
そういったものに適した形で加工するための方法も素材を大量に消費していけば、いずれは見つかるだろうし。
そんなD級の魔物であり、それほど数が揃えられないはずのそれらの素材。
それを格安で提供する用意があると伝えると、その大きな価値にレイチェルが瞳を輝かせていた。
回復薬もそうだがダンジョン素材やアイテムを利用する上で最もネックになるのが、数を揃えるという点だ。
なにせドロップアイテムが出るかは完全な運任せであり、幾ら金を積んでもどうしようもない時はどうしようもないので。
素材に関しては大量に魔物を狩れば問題ないと思うかもしれないが、それでどうにかできるのは個人や少数で利用する範囲での話だ。
それこそ商品として市場に幅広く売り出すためには、誰かを雇って一つのダンジョンで狩り続けさせても到底足りやしない。
それに便利な素材ほど強い魔物から採れる。
つまり狩りをさせる人物も上級とならざるを得ないので、支払わなければならない報酬も多くなる。
(C級以上の上級探索者は誰もかれもが高級取りだからな)
それこそ適当な魔物でも狩って素材を売ればしばらく生活に困らない奴ばかり。
そんな奴らがわざわざ甲殻亜竜を狩り続ける、なんて面倒な仕事を請け負うことはまずないだろう。
そういった理由で希少で出回ることが少ない、革新的な新たな素材が格安で大量に、しかも望めば定期的に手に入るのだ。
経済的な面だけでも齎す影響は計り知れないだろうことは少し考えれば分かるはず。
「こちらとして大変嬉しいお話ですが対価には何をお求めで? 何もなしでこんな好条件を提供してくれるという訳ではないでしょう?」
スティーブが警戒した様子でそう尋ねてくる。
だが安心してほしい。
別に求める対価はそちらからしたらたいしたものではないので。
「私が求めるのは、いつか私がアメリカのダンジョンを攻略する際に協力すること。具体的には、アメリカ政府などが管理しており通常では入れないダンジョンなどに入る許可がほしいということです」
今のところは海外まで遠征する気はない。
なにせ世界のどこに御使いや神族、そしてその使徒がいるのか分からないからだ。
だがそれらの問題を片付けて、いずれは他の国のダンジョンも攻略する気ではあるので、今の内からその準備をしておくに越したことはない。
「……たったそれだけですか? これだけのものに対する対価が?」
「ええ、今回の件で求める見返りはそれだけです。あとは叶うなら、今後も色々と取引をしていただければ、こちらとしては非常に有り難い話というくらいですかね」
「……なるほど、あなたは探索者なのですね」
拍子抜けしたような、あるいはどこか納得した様子で頷いているスティーブ。
この様子だと取引は問題なく締結されそうだ。
まああちらからしたら旨すぎる話だし断る理由もないのは分かり切っている。
「分かりました、その条件で契約としましょう」
ただまさかこの場で即決するとまでは思っていなかったので驚いた。
こういう判断が早いところはアメリカらしいというべきか。
慎重な日本政府にも見習ってほしいところではある。
「ああ、そうそう。最後に一つ、あくまで無理でなければの話で、簡単な伝言をお願いできますか?」
「伝言? 誰宛てですか?」
「デイビス・ウォーカー。そちらの国のA級探索者です」
面識などない、今のところは関わりのない相手。
だがいつかきっと相まみえることになるはずの相手だ。
「いつか会える日を楽しみにしている。そう伝えてください」
自分が獲物を狙う獰猛な笑みを浮かべていることを理解しながらも、あえてそれを隠すことなく表に出しながら会談を終えるのだった。
「面白い!」「続きが読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の星評価をお願い致します!




