第十三話 甲殻翼竜戦
甲殻亜竜を一定数討伐すると現れるボス。
このダンジョンに限って言えば、それは二種類のみに限定される。
今回はその二つの内、空を飛ぶ方のボスが現れていた。
その名は甲殻翼竜。
甲殻亜竜と同様に鋼鉄の皮膚で全身を固めた上で空を縦横無尽に飛行する飛竜タイプの魔物である。
見た目は通常の飛竜などとは異なっていて、恐竜のプテラノドンに近いだろうか。
(普通ならあんな鋼鉄じみた肉体だと重くて空を飛ぶのなんて不可能そうだけど、恐竜じゃなくて魔物だからな。物理法則は割とあてにならん)
なおもう一つの方も名前は甲殻恐竜で、文字通りティラノサウルスに酷似した外見を持つ魔物である。
このようにこのダンジョンでは甲殻を纏った恐竜によく似た魔物が出現するのだった。
そうして現れたボスである甲殻翼竜は、敵であるこちらを認識すると上空へと飛び上がって降りてこない。
そして肉体の各所から生えている杭のような棘を射出してくる。
その数は雨のようにとまではいかないが、かなりの数であることは間違いない。
そして威力も生半可なものではなく、降り注ぐ棘に貫かれれば並みの探索者の命はないだろう。
椎平もそれは理解しているのか、地面を走って降り注ぐ棘をしっかりと回避している。
だが逆に言えば、現状では一方的に攻撃されているということでもあった。
このように対空の迎撃手段がないと空からの一方的な攻撃で蹂躙されることになるのが、この甲殻翼竜を始めとした飛竜タイプの厄介なところである。
制空権を取られた上に平原ダンジョンなので遮蔽物もない状態では隠れられるところもない。
しかもこのボス戦では周囲に現れる甲殻亜竜が通常時と同じように、いつでも襲い掛かってくるのだ。
だから通常なら甲殻亜竜と甲殻翼竜の両方を相手にしなければならないことになる。
もっとも今回は俺が甲殻亜竜の相手を請け負ったのでその心配はいらないが。
(さて、どう対処する?)
甲殻亜竜と時折流れ弾のような形で向けられる棘の対処をしながら、俺は錬金真眼でしかりと椎平のことを視界に捉え続けた。
今のところは射出される棘から逃げるばかりの椎平。
だがあいつがこのまま終わりな訳がない。
ストックした魔法に対抗手段を込めてあるのか、あるいは別の方法を用意しているのかは分からないが、何らかの対抗手段は用意しているに決まっている。
(止めの一撃に強力な魔法がほしいからストックの一枠はそれだろうな。予備を含めると二枠は威力重視の魔法が占めているか?)
飛竜タイプの魔物は空を飛べる代わりに、耐久力などに難がある場合が多い。
甲殻翼竜は全身を覆う甲殻のおかげでその中では頑丈な方だが、それでも圧倒的な力と強靭な肉体を持つ甲殻恐竜などと比較すれば脆い方である。
だから椎平が扱う強力な魔法なら、一撃でも仕留めるのには十分。
問題はそれをどうやって空を飛ぶ相手に対して命中させるか、だ。
隙を探っているのかしばらく椎平は逃げるだけ。
だが空を飛ぶ甲殻翼竜から見晴らしの良い草原で逃げ切れる訳もなく、常に上を取られている形だ。
だがずっとそれが続いたことが影響したのか、徐々に甲殻翼竜の高度が下がってきている。
幾ら攻撃しても掠りもしない相手に対して何とか攻撃を当てようとムキになっているのか。
(あるいはここまで逃げ続けるだけの相手に反撃手段がないと高を括っているのか)
だがその油断は命取りになる。それを待っていた椎平がその好機を逃す訳がないのだから。
「ミラージュ」
短い詠唱で発動した魔法。
それはごく短い時間、幻影を生み出すだけの魔法だ。
そうして発生した魔法による幻影が、遂に放たれた棘を避けきれずに撃ち抜かれる光景を作り出した。
ようやく獲物を仕留めた、そう思った甲殻翼竜が喜びの咆哮を上げようとしてすぐに気付いたようだ。
貫いたはずの獲物が血を流すこともなく消え去っていくことに。
瞬時に気付けたのはC級の魔物としての面目躍如といったところかもしれないが、それでは遅かった。
既に椎平は次の魔法を放つ準備を整えている。
「ハイパーグラビティ」
これは先ほども使用した超重力を発生させる魔法だ。
いつの間にか魔法をストックしていた光源が甲殻翼竜のすぐ傍まで接近を果たしており、それを起点に発生した超重力が敵を捉える。
(あの光点自体を動かすことも可能なのか)
分かっていれば見逃さないだろうが、知らない場合で死角などから接近されたら分かる奴の方が少ないだろう。
現に甲殻翼竜も攻撃に夢中になって気付いていなかったようだし。
「ギイイ!?」
光点を中心に円柱のような形で発生した超重力に捕まり地面に引きずり降ろされそうになるボス。
だが敵も自らの支配領域たる空から落とされれば不味いのが分かっているのか、地面に落下しながらも必死になって超重力が影響を及ぼしている空間から離れようと抵抗している。
発生している超重力は光点から一定の範囲のみ。
つまりそれよりも離れられれば重力から解放される。
そうなればまた自由に空へと戻れることだろう。
だがそうやって必死になるということは、他のことに意識を割く余裕などないということ。
それを見越していた椎平は懐から何かのアイテムを取り出すと、
「シュート」
これまた短い詠唱で使用可能な、手にした物体を打ち出す魔法でそれを発射した。
その物体は今にも魔法の範囲外に逃れられそうになっている敵の眼前に迫って、次の瞬間には眩い光を発して爆発した。
(あれは閃光石? いやこの眩しさはそれを加工したアイテムか?)
閃光を発して敵の目を眩ませる閃光石というダンジョン産のアイテム。
主に逃げる時などに使用するもので、ここまで強い光を放つアイテムではない。
だが椎平が放ったそれは、それなりの距離があった俺の左目の視界すら光で塗りつぶされてしまうくらい強烈な光を発していた。
(回復薬作成で研究所に出入りしているって話だったし、その時に自分用の新しいアイテムを開発してたのか)
幸いなことに錬金真眼は視覚に関する状態異常を全て無効化してくれるおかげで、その光の中でも視界を確保し続けられた。
だがそうでなかったボスは閃光によって視界を奪われた上に重力からも逃げ切れず、遂に大地へと落下する。
凄まじい音と衝撃を発しながら墜落した甲殻翼竜だが、この程度で死ぬほど甘い相手ではない。
それを理解している椎平はすぐに二つ目と三つ目のストック魔法を切る選択をした。
「ダブルハイパーグラビティ」
なんとストックしていた魔法は全て重力で敵を捕らえて圧し潰すハイパーグラビティだったようだ。
最初に放ったハイパーグラビティとも範囲が被っているので、二重どころか三重に重ね掛けされたこの魔法の前では、さしものドラゴンである甲殻翼竜でも身動きできなくなる。
ある意味で空の王者たる飛竜でも、こうして地べたを這いずることしかできないのでは無力でしかない。
どうにか全身を覆う甲殻が重力で圧し潰されることは防いでいるが、それでもギシギシと音を立てて悲鳴を上げているのが分かる。
「故郷を滅ぼされた恨み、と言うには相手が違うのでしょうね。だって実際にそれをやった個体はとっくの昔に討伐されてるんだから。だからこれはただの八つ当たりなのは分かってるわ。今更そんなことしても何の意味もないってことも。でもそれでいいの。だって……」
地べたを這うことしかできない空の王者に対して、椎平はゆっくりと魔法を詠唱しながら近づいていく。
スキルで空中を歩く椎平と地べたを這う甲殻翼竜。
それは先程までとは真逆の位置関係となっていた。
「そもそも私、蜥蜴が生理的に嫌いなのよ、ずっと昔から」
いつの間にか身に付けていたサングラスを外して、敵を見下ろす椎平の視線は冷たく容赦がなかった。
またその後の行動も同じである。
「フリージングアロー」
魔法によって作り出された無数の氷の矢が椎平の周囲に浮かび上がる。
それを身動きできない敵に向かって放つかと思ったら更に追加で魔法を詠唱して、
「ミリオンシュート」
その大量の氷の矢を上空へと射出した。そしてそれらの矢は超重力が発生している上までくると、一転して軌道を下方向に変えて、
「串刺しになりなさい」
その言葉通り発生している重力によって超加速したそれらの矢は、敵を容赦なく突き刺し貫いた。
一本では頑丈な甲殻を貫通できなくても、物量で削り続けて強引にその防御を突破する形で。
しかも貫けなかった氷の矢はその場で砕けると、周囲を凍りつかせるおまけ付き。
次第に甲殻翼竜は凍りつきながら串刺しになるという、実にえげつない見た目になりながら弱っていき、やがてはその命の火が消えることとなった。
「ふう、すっきりしたわ」
肉体が消えて残されたボスの魔石を回収しながら、椎平は吹っ切れたように笑うのだった。
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