第十二話 魔法ストックの性能
えげつない、それが椎平の新しい戦い方を見た感想だった。
それは水攻めとか窒息を狙った戦法そのものではない。
(やっぱりあの光は魔法をストックしたものなのか)
詠唱したのに魔法が発動せず、代わりに光の球が椎平の周囲に浮かび上がったことから予想はしていた。
だが実際にその光景を見ると、その性能は驚くべきものだった。
(詠唱を前もって行なっているからか即時に魔法の発動が可能。だから詠唱中の妨害は不可能だし、詠唱後の硬直もないように見えたな)
それはつまり魔法がストックしてある内は、デメリットなしで魔法が使用可能ということではないか。
魔法は強力な反面、そういった各種デメリットがあるはずだったのに、それがなくなったらどれだけ脅威かは言うまでもないだろう。
(一瞬の火力なら今の俺でも敵わないかもな)
一撃の威力なら陽明が勝っているように、ストックを全て使われて魔法を放たれたら過剰駆動の爆裂剣の連投でも威力的には負けると思われた。
これが椎平だから俺にそれが向けられる心配はない、とか呑気なことを考えていていはいけない。
B級、そしてA級探索者は他にもまだまだいる。それこそかつて襲撃してきたソフィアだってベテランのB級探索者で魔法を使うタイプだったのだから。
そうして傷一つ負うことなく戻ってきた椎平に俺は尋ねる。
「なあ、あのストックはどれだけ維持することが可能なんだ?」
永遠に維持できるのなら常にそうするはず。
だけど椎平はダンジョンに入ってからストックを作り出していた。
そのことから制限時間のようなものがあるはずだと推測したのである。
「今の私だとストックは作成してから一時間が限界ね。ただスキルレベルが上がれば最大で三時間までなら可能になるみたい。ストックは最大で十個までね」
「それだと敵がこのスキルを持っていた場合、最悪は十発まで連続で魔法が発動されることになるのか。かなり強力で厄介なスキルだな」
「強力なのは否定しないけど、完璧って訳でもないわよ。まずストックする際にも魔法を発動する形だから詠唱やMPを消費するし、その際には術後の硬直も発生する。つまり魔法の効果はないのに隙だらけになるってこと」
「戦闘時にそれは危険ってことか」
あくまで魔法のストックが可能なだけで、デメリットを無効化できるものではないということ。
そして安全が確保された状況でストックは行なうべきと。
「それにさっきみたいな大規模で強力な魔法を何発もストックしておくためには大量のMPを必要とする。今の私ではどうやっても回復手段なしでは、あれらの魔法は連発できないもの。それにストックした魔法は変更できない。威力や放つ範囲などもストックした時点である程度は決定している形ね」
例えば炎の球を放つ魔法であるファイアーボールをストックした場合では、その大きさや威力。
そして前方に進む軌道などはあらかじめ決定しておかなければならない。
だから弄れるのは精々どの辺りから発動させるかくらい。
それも体の周囲にある光点が発動の起点となるのは変えられないので、魔法によっては軌道を読まれて避けやすくなるものもあるという。
(なるほど。ファイアーボールなら、あの光点から放たれると分かっていれば回避も割と簡単だろうからな)
それに今にして思えば最初のアースカタストロフィの範囲は、あの状況においては最適ではなかった。
何故なら敵に一方向から追われている形だったので、崩落させる範囲は椎平を中心に円形にするよりも、追って来ている側に影響を及ぼすだけで十分だったはず。
だが最初に設定していたから範囲を変えることはできなかった。
まああの時は運が良い事に前方に敵がいなかっただけで、その可能性を考慮すれば全方位に効果があるように設定しておいて正解ではあったのだろうが。
(ある程度ならともかく、その場その場の状況に合わせた最適な魔法を使うとかは無理ってことだな)
まあそれでも強力なスキルであることに変わりはない。
なにせ今の椎平にはMPを回復させる手段など幾らでもあるのだから。それこそ釜を使って魔力回復薬を大量に作っておけばいいだろうし。
「ってことは椎平にはMP回復の指輪を大量に用意した方が良い訳だな」
「そうしてくれると助かるわね。魔法をストックしている状態でも他の魔法を発動するのに問題はないから、戦闘時にMPを瞬時に回復できる手段はあるに越したことはないもの」
その程度の願いならすぐに叶えられる。
俺はアルケミーボックス内にある大量の魔力回復薬と錬金術師の指輪を錬金して、それらを椎平に渡しておいた。
「ちなみに本当にいいの? これを渡すってことは敵に塩を送るようなものだけど」
「敵……? ああ、どっちが先にA級になるかって話か。別に構わねえよ。てか、そんなケチな妨害めいたことして勝っても何も嬉しくねえっての」
時と場合によるが、今回の競争においては少なくとも椎平の邪魔をして勝つ気など欠片もない。
そんな勝ち方をしても何の意味もないではないか。
「ふふ、やっぱりあんたはえげつない性格してるくせに、変なところで律儀というかまともというか。本当に変な奴よね」
「はいはい、どうせ変人奇人の類ですよ、俺は」
本性を知る奴らからは散々そんなようなことを言われてきたので慣れたものだ。
「そんなことよりも素材を回収させてもらうぞ。まだ解析率は100%になってないからな」
そうして水底に沈んでいる死体をアルケミーボックスに回収していく。
どうやったかって? 素直に潜って近くまで泳いだよ。
アルケミーボックスの効果範囲は広くないから、そうして近付かないと回収できないから仕方なかったのだ。
一瞬、爆裂剣でも使って水を吹き飛ばそうかとも思ったが、それで素材までダメにしたら勿体ないと思い直して。
そんなこんなで平原のダンジョンなのに何故かずぶ濡れになるという貴重な経験を挟みながらも、俺達は順調に狩りを続けた。
その最中で解析も完了して、これで俺の目的は叶った形である。
(これで甲殻亜竜の素材は作り放題だな)
あとは椎平が満足すれば終わりでいいだろう。
あるいはボス周回をしてもいいかもしれない。
そう思って椎平にこの後どうするかと尋ねたところ、
「それならお願いがあるんだけど、ここのボスと私一人で戦わせてくれない?」
そう予想外の願いを言われるのだった。
「面白い!」「続きが読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の星評価をお願い致します!




