幕間 椎平と甲殻亜竜 その2
大抵の魔法を発動するのには詠唱が必要とされている。
といっても別に中二病的な詠唱を唱える必要はない。
発動しようとすれば無意識の内に声にならない言葉が頭の中に流れて、それが終わるのを待つだけだから。
もっとも今ならその言葉がどういったものか何となく分かる。きっと、それらの言葉はアマデウス達の世界の言葉なのだろうと。
(異世界の言葉による詠唱。それをスキルが自動で行なってくれている形なのかしらね)
逆に言えば、どれだけINTが高いとかステータス的に魔法を使うのに向いているとしても、火炎魔法のようなスキルや特定の魔法が使えるようになるジョブを有していなければ、絶対に魔法は使えないということでもある。
異世界の言語など話すどころか理解できている人間すら現状ではいないだろうから、それも当然だろう。
そして魔法を使う者にとって共通の課題となるのが詠唱関連のあれこれだ。
一度発動すれば強力な代物が多い魔法だが、発動前の詠唱時には無防備になり易い。
それこそ初心者の魔法使いなどは、詠唱に集中する必要があって他の行動など何もできないくらいに。
仮に慣れてきても、詠唱時に多少動いて敵の攻撃を回避することができれば恩の字なくらい。
魔法を唱えながら別の攻撃をするとか、脳味噌とか手が追加で二つ以上は与えられなければ絶対に不可能だと言えるくらいには無理難題である。
またそれ以外でも強い魔法ほど詠唱時間や詠唱後の硬直が長くなるとか、詠唱中に敵の攻撃を受けて妨害されると一から唱え直しになるとか、詠唱を終えた魔法は僅かな時間しか発動まで待機状態にできないとか、魔法は強力な反面、色々と不便な面も多いのだ。
そのデメリットに見合うだけの十分なメリットもあるのだが、だからといってデメリットが無くなる訳ではない。
つまり苦労する面では本当に苦労する羽目になるのである。
かつての夜一が魔法を使わない道を選んだのも、これらの問題が性に合っていないからだと聞いている。
完全な前衛で、しかも戦闘スタイルが刹那の見切りで敵の攻撃を紙一重で躱して反撃するような、あの頃の夜一からすれば攻撃の際に動きが止まる、あるいは鈍くなるとか問題外だろうとそれも理解できた。
(最初は夜一と哲太の二人だけだったのも大きいでしょうね。二人の内のどちらかが動きを止めるのはバランス的に良くないって)
だからこそ哲太は魔法も使える前衛職だった騎士系のジョブを取ったのかもしれない。
そしてそれは三人だった頃の私達にも当て嵌まる。
なにせ先生は妻を助けるために治癒系スキルが多く手に入るジョブになっていたし、優里亜は魔物と接近戦をする才能がはっきり言ってなかった。少なくとも探索者なりたての当時では。
だから前衛は私一人で担当していて、そのバランスの危うさに困った結果、臨時で夜一達とパーティを組むこととなったのだ。
(各々が実力を付けるにつれ、その問題もどうにかできることが多くなったけど、それも懐かしい話ね)
なお、あくまでどうにかできるだけで完全になくなった訳ではない。
実際、純粋な魔法や回復職だった優里亜や先生などは、最後までそれらの詠唱などの問題に困らされていたものだ。
魔法剣士であった私は幾分かマシだったけど、それでも同じ苦労は背負っていたのでその気持ちは嫌というほど分かった。
(でもそれらの問題もこのジョブで対応可能になった)
少なくとも詠唱関連についてはかなり改善されたと言えるだろう。
なにせこの第四次職である魔道騎士になったことで得た魔法ストックというスキルのおかげで、発動した魔法を保持することが可能になったのだから。
本来なら魔法を唱え終えてから発動するまでの間に保持できる時間は僅かしかない。
だがそこでこの魔法ストックというスキルを使うと、私の周囲に小さな光の球が浮かび上がる。
現在のストック出来る魔法の数は三つまで。
時間を掛けて三つ全ての魔法をストックして、用意を終えた私は敵に向かって進み出す。
詠唱が長い魔法をストックしたので、それなりの時間が掛かったのだが、夜一は何も言わずに楽しそうにこちらを眺めているだけだった。
あるいは、それだけ時間を掛けたのだから面白いものを見せくれよ、なんてことを思っているのかもしれない。
いや、あの表情は絶対にそうだ。
(いいわよ、あんたが驚く光景を見せてやるんだから)
そうして先へと進み、最初の甲殻亜竜と接敵する。
だがそこでストックした魔法は使わず、敵の興味だけ引き付けたら後退した。
AGIが高くない相手なので追いつかれる心配はないし、角が発射されてもストックではない魔法で撃ち落とすか防御するくらいは可能だ。
だから敵からの攻撃を受ける心配は皆無。
そしてそのまま別の個体の注意も引き付けることを繰り返し、大量の甲殻亜竜が私達を追う状況を作り出す。
「それじゃあ夜一は離れていて。でないと巻き込まれても知らないわよ」
「その様子だと心配する必要はないみたいだな。了解だよ」
加速した夜一は私からあっという間に離れていく。
それを見送った私はその場で立ち止まると、こちらを猛然と追ってきている敵が魔法の範囲内にいることを改めて確認して、
「アースカタストロフィ」
ストックしてあった一つ目の魔法を発動した。
その瞬間、私を中心として円形の一定範囲の地面がまるで地盤沈下でも起こしたかのように沈み崩壊していく。
そして肉体は頑強ではあるが、空を飛ぶ手段を持たない甲殻亜竜はその崩壊に何もできずに巻き込まれた。
「残念だけど私は空歩のスキルでMPがある限りは空中に足場を作って歩けるの」
ただこの程度でやられる敵ではない。
崩落に巻き込まれて地面の底に叩きつけられても甲殻亜竜はピンピンしており、死亡した個体は皆無。
まあ中には落ちた形が悪かったのか、ひっくり返って身動きできない個体もいるようだけどそれは無視しよう。
だってひっくり返っているかどうかなんてどうでもいい。
どうせこの後の魔法で、全て仕留めるのだから。
「ハイパーグラビティ」
続いて二つ目のストックである一定範囲の重力を増加させる魔法を発動。
これにより反撃として放ってきていた角は悉く地面に落下する形で無効化される。
しかもこの重力下では、身体が重い甲殻亜竜では穴の底から這い出ることは不可能だろう。
(重力がなければ無理矢理跳躍してどうにかすることも出来たかもしれないけどね)
そしてどんなに強力な肉体を有している魔物だとしても甲殻亜竜は生物だ。
それはダンジョン内で草を食むという食事を行なっていることからも明らかである。
「タイダルウェイブ」
そして生物なら呼吸を必要とするのも当然の話。
魔法で作られた大穴は、これまた魔法によって作り出した大量の水によって水没することになる。
基本的に鉄は水に沈む。あれだけの巨体で重量がある鋼鉄のような肉体を持つ甲殻亜竜も例外ではないことは、前もって奴らの素材を使って確認済み。
しかもハイパーグラビティはまだその効果を発揮しているのだ。
その結果、全ての甲殻亜竜は水底に沈み身動きが出来ない状態となる。
「水攻めで殺せなかったら、ここからハイパーグラビティを重ね掛けでもして水圧で推し殺せばいいけど、今回はその必要もないでしょうね」
その言葉通り、かつては私が放つ魔法を悉く跳ね返してくる強敵だった甲殻亜竜は水底で何もできないまま窒息死するのだった。
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