幕間 椎平と甲殻亜竜 その1
「さてと、次は力比べといきますかね」
そう楽しそうに呟いた夜一は、その言葉に一切の嘘偽りのない行動をとった。
即ち突進してくる甲殻亜竜の巨体を待ち構えて受け止めたのだ。
しかもわざわざ突き出されている二本の角をそれぞれの手で掴んで。
回避することだって余裕だっただろうに。
「ぐう!?」
恐竜並の大きさと数トンはある重量。
いくら甲殻亜竜のAGIがD級の魔物にしては低いとはいえ、その速度は並の生物とは比べ物にならない。
だから受け止めた夜一が受けた衝撃力などは大型ダンプカーがフルスロットルでぶつかったに等しい。
いや、あるいはそれ以上だと考えられた。
いくら常人よりも頑丈な探索者とはいえ、並大抵の人では耐えられない。
それはB級になった私でさえも同じだった。
(繚乱の牙の陽明ですら、スキルなしでは受け止めきれないでしょうね)
だが目の前の奇人変人の筆頭格は、そう周知されているだけあって訳が違う。
最初こそその重量の差によって押されている形だった。
吹き飛ばされないまでも踏ん張った足が地面に深い跡を残して後退を続けている。
だがそれも徐々に遅くなっていき、遂には停止した。
「ちっ、思ったよりも押されたな」
気にする点が勝ち負けではなくその点の時点で色々とおかしいのだが、目の前の人物が変なのは今更なので気にするだけ無駄だろう。
渾身の突進の勢いを殺されたことに驚き動揺した様子がこちらの目から見ても明らかな甲殻亜竜。
だがそれでも魔物としての本能があるのか、すぐに獲物を仕留めようと次なる行動に移ろうとする。
即ち頭部に生えている二本の角を高速回転させようとしたのだ。
通常の生物ではあり得ない挙動かもしれないが相手は魔物。
こちらの常識など通用しない。
なにせこの角はドリルのように回転して敵を貫くだけでなく、なんなら回転させたまま遠方の敵に向かって射出することも可能だからだ。
しかもある程度の誘導までしてくるという厄介な性質まで付いて。
突進を受ける際に夜一は角で突かれるのを避けるためか、左右の角をこちらも左右の手で掴んでいる。
それが回転を開始すれば、掴んでいる手はズタズタになるだろう。
だから私ならそうなる前に離れる一択だし、他の多くの探索者も正解も同じはずだ。
だが目の前の規格外にそんな常識は通用しない。
それどころか夜一は、むしろあえてそれを待っていたようだ。
「どうした? もっと気合を入れろよ」
触れるもの全てを抉り、削りとるような高速回転を開始しようとした角。
だがそれは夜一が万力のように手で締めつけることで動くことすら叶わなかった。その回転力よりも夜一の片手で握る握力の方が上なのだ。
いや、それどころか頑丈で強力な素材でもあるはずの角が、本来ならか弱い人間という生物の手で握られるというだけの圧力に耐えきれないかのようにひしゃげていく始末。
「ゴオオオオン!?」
それに痛みがあるのか、あるいは痛覚がなくとも異常事態に混乱したのか悲鳴のような咆哮を上げる甲殻亜竜。
「ふん!」
それで容赦する夜一ではなく気合を入れると、その巨体が宙を浮く。
角の回転も封じられた上で四肢が浮き上がって踏ん張れない状態では、甲殻亜竜にはもう対抗手段は存在しなかった。
そのまままるでブレーンバスターでも決めるかのように背後に甲殻亜竜に叩きつけ、背中側から地面に激突した敵はその体勢のまま藻掻くがどうしようもない。
こうなってしまった甲殻亜竜は脆い。
何故なら自重によって背中に生えている棘が逆に地面に突き刺さってしまい、まるでひっくり返された亀のようにしばらくは元に戻ることができなくなるからだ。
当時は圧倒的なVITと、それを基点にして他のSTRやMIDなどのステータスを強化するというスキルなどによって圧倒的な強敵として君臨していた甲殻亜竜という魔物。
かつての椎平も、どれだけ魔法を叩きこんでも物ともしない堅牢なその外皮などには手を焼いたものだ。
だがその分INTが低く、また鋼鉄のような肉体の重さが裏目となり、こうしてどうにかしてひっくり返せれば一方的に攻撃できるという明確な弱点が目の前の人物によって発見されてしまった。
そこからは逆に、ひっくり返す方法さえ確率できれば狩り易い絶好の獲物扱いである。
しかも腹側は背中と比べれば防御が手薄で攻撃が通り易いこともあり、夜一は慣れた手つきで心臓付近に剣を突きさして仕留める。
自らが確立した攻略法通りに。
「つい癖でやっちまったな。別にこうしなくても良かったんだけど」
その言葉は決して嘘ではない。
現にその後にやってきた十数体の甲殻亜竜は攻略法など使わずに、真正面から全て叩きのめしてみせたのだから。
中には弱体化の剣というアイテムを試した個体もいたが、あれは余裕を持って実験しただけ。
(これがステータス250の力か。それこそステータスの暴力ね)
生半可な技術やスキルなど意に介さない、圧倒的な力による蹂躙。
しかもそれを行なうのがステータスに決して溺れず振り回されない。
徹底的に自らの力をコントロールする相手だというのだから非常に質が悪かった。
敵である魔物からしたら、少し驕ったり油断したりして隙を作れよ、とでも言いたくなるに違いない。
(単純なステータス比べで挑めば私も蹂躙されるわね。全く、本当に厄介なんだから)
夜一の敵になるつもりなど毛頭ないが、それでも敵となった場合を想定したら溜息を吐きたくなるというものだ。
でもだからこその夜一だという思いもあるのが難しいところ。
「ふう、割と楽しかったな」
素材も全て解析に回して満足したのか、彼はこちらに戻ってくる。
近場の甲殻亜竜は全て狩り尽くしたから、次は私の番だということだろう。
このダンジョンは一定数の甲殻亜竜を倒さなければボスが現れない仕様でもあるので、周回するためにも狩りの継続は必須。
「それじゃあここからは私の番ね」
「そうだな、それじゃあお手並み拝見といかせてもらうぜ」
そうやって本当に楽しげに笑う夜一。
心の底からダンジョン探索や魔物との戦いが楽しいのだろうと伝わってくる。
(本当に探索者が天職みたいな奴ね。むしろこれで世界にダンジョンが現れなかったらどうなっていたのかしら?)
ダンジョン発生前からの付き合いがある哲太の話では、変わった奴ではあったけどここまでではなかったという話だし。
まあ普通のように擬態するのは今でも上手いみたいだから、あるいはその当時からその本性を隠していただけかもしれないが。
(まあいっか。別に過去の夜一がどうだったかなんてどうでもいいし)
重要なのは今、そして未来だ。
なにせこいつは下手に後ろを振り返って現を抜かしていると、その僅かな間でもあっという間でも遠い先へと進んでいってしまうので。
そうは簡単には置いてかせたりしないということを、ここで示してやろうではないか。
「見てなさい。これが私の新しいジョブである魔道騎士の力よ」
そうして私は魔法を唱え始めた。
「面白い!」「続きが読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の星評価をお願い致します!




