第十一話 甲殻亜竜狩りと椎平の故郷
「それを私にも手伝わせると?」
「ああ、ダメか?」
「別に構わないわよ。元々甲殻亜竜狩りには行くつもりだったんだし」
そんな形であっさりと椎平も協力してくれることになり、俺達にとってはある意味で懐かしい甲殻亜竜がいるダンジョンにきていた。
椎平の故郷が氾濫によって被害を受けたということからも分かるだろうが、そこは変異ダンジョンである。
ただし中の魔物を間引くなどの対処をしないでも外に出てくる頻度は年に一度か二度だけであり、しかも間引きをすればその心配も要らないという変異ダンジョンの割には対処が簡単な部類の。
(まあそういう対処が簡単なダンジョンでもなければ、今も残っている訳がないんだけどな)
それこそ年がら年中、魔物が外に溢れ出てくるようなダンジョンなど危険過ぎる。
そういうダンジョンは協会などの許可の元、ダンジョンコアを破壊してダンジョンを消滅させるのが基本だし。
椎平達が被害を受けたのは運が悪かった。
なにせこのダンジョンは山の中にある洞穴が変異してできており、その存在を初期の頃は誰も把握できていなかったのだ。
しかもダンジョン発生から僅か一月程度で氾濫が起こるおまけ付き。
外に出たのは小型の甲殻亜竜が二体だけという氾濫にしては数が少ない部類だったが、それでも一般人からしたらなす術ない力を持つ存在に他ならない。
その内の一体が平和だった椎平の故郷に襲来し、災害の如く猛威を振るった結果は語るまでもないだろう。
唯一の幸運は数が一体だけだったから、被害がそれほど多くはなく広がらなかったことくらいだろうか。
(被害を受けた身内からしたらそんな言葉は何の慰めにもならないだろうがな)
優里亜の親類であり勘九郎の妻である人はその際に脳にダメージ受けて寝たきり。
それ以外でも何人かの村人が亡くなったと聞く。
その中には椎平の知り合いもいたそうだ。
だからこそ椎平達は探索者になったのだという。
勘九郎などは医学ではどうしようもない妻を治療できる方法を模索するためだったそうだが、そこには理不尽な暴力で襲撃してきた魔物に対しての恨みもあったのだろうと思う。
別にそれが悪いとも思わないし口を挟む気は今も毛頭ない。
ダンジョンに潜る理由など人ぞれぞれだろうし、中にはもっと過激な恨みを持ってダンジョンに挑む知り合いもいるので、その程度では引くこともない。
「……懐かしいわね」
「そうだな、ここに来るのも数年ぶりか」
ダンジョンに入る前、かつて椎平の故郷があった村に寄ってきた。
そこは氾濫での被害が決定的となって既に廃村になっており、村人は存在していない。
生き残った人の多くは政府が用意した避難所で過ごした後、親類などを頼って別の地へと移住していったとのこと。
当時では氾濫頻度など不明であり、いつまた同じように甲殻亜竜が現れるか分からなかったのだ。
そんな状態で危険なダンジョンと隣り合わせの生活が出来る訳もない。
なお、外に出てきた甲殻亜竜は二体とも自衛隊が火器などを駆使してどうにか駆除したらしい。
ただ当時の甲殻亜竜はD級の魔物のくせにD級詐欺と言われるくらいに厄介で強い魔物だった。
それもあってダンジョン外に出てステータスが半減しても倒すのに相当な労力と被害が出たそうで、そんな状態ではダンジョンを消滅させるなど不可能。
なにせダンジョン内には外よりも倍は強い甲殻亜竜が闊歩している上に、ボスはそれよりもずっと強いのだから。
そうしてダンジョンの破壊は諦められ、入口に監視を置いて魔物が外に溢れ出たらその度に対処するしかないとなったのが当時の流れのはず。
そうしてそこから年月が経ち、俺や椎平達がここでD級昇格試験を受けることとなったのがずっと昔のことのように思える。まだ数年前のことのはずなのに。
「それで今回は昔と違って二人だけど、どうするの?」
「数は減ってだけど戦力としては今の方が充実してるくらいだからな。別に小細工を弄する必要もないだろう」
「まあ、それもそうね。それならお互いにどれだけ強くなったか見せ合いましょうよ。強くなったことは把握していても、どんな風なのか厳密にはお互い知らない訳だし」
今の俺達なら敵の弱点を必要なく、真正面から挑んでも何ら問題ない。
椎平もそれに異存はないのか、そんなことを言い出す始末だった。
「じゃあまずは俺からで」
洞窟の中に入ると、そこには見渡す限りの平原が広がっている。
しかも上空には青空まで見えるのだ。
ここは本来なら狭い洞窟の中だというのに。
これがダンジョン。空間すら捻じ曲げて、本来ならあり得ない環境を創り出す摩訶不思議な特性を持っているのだ。
でも今にして思えばこういう能力があって当然なのかもしれない。
なにせアマデウスの言葉を借りるならダンジョンは環境適応装置。
だからこそこうやって現地に好きな環境に変化、あるいは再現することも可能なのだろう。
そんな周囲が見渡せるくらいの雑草くらいしか生えていない草原の中に、そいつらはいた。
のんびりと草を食む、外見は恐竜のトリケラトプスに酷似した魔物の甲殻亜竜が。
こいつらの大きな特徴を上げるなら頭から二本の大きな角と、背中に騎乗されることを拒否するかのように生えている幾つもの棘だろう。
そのどちらも貫通力は凄まじく、分厚い鉄板だろうが容赦なく貫いてくるのだ。
しかも棘の下の全身を覆う外皮は通常の生物ではあり得ない鋼鉄のようになっており、その堅牢さを誇示するように黒く鈍い光沢を放っている。
あの外皮と秘められたスキルの前では生半可な銃弾が一切通じないと言えば、その堅牢さが嫌でも分かるというものだろう。
その内に一体、入り口付近にいた個体が食事に没頭していた顔を上げてこちらを眺めている。
どうやら俺達というダンジョンへの侵入者の存在に気付いたようだ。
「ゴオオオオン!」
恐竜の鳴き声など知らないので、それがトリケラトプスと似ているのか分からない。
だが少なくとも敵意を抱いていることが分かる咆哮を上げると甲殻亜竜はこちらに向かって突っ込んでくる。
その巨体に跳ね飛ばされれば生半可な生物は吹き飛ばされるどころかミンチになるだろう。
聞けば外に出た個体ですら車との正面衝突で無傷であり、車の方が大破して吹き飛ばされたとのことだし。
そしてかつての俺ならば、ここで考え出した攻略法を使っただろう。
だが今の俺にはその必要はない。
「てか、入口付近で屯するなよ。邪魔だっての」
接近されるより前に爆裂剣を複数投擲。過剰駆動込みで。
それが容赦なく甲殻亜竜の顔面にぶつかった瞬間に炸裂して、呆気なくその甲殻亜竜はその頭部が爆発によってぐちゃぐちゃに吹き飛んでいた。
ステータス250での爆裂剣の威力の前では、いくらD級詐欺の魔物と言え無力でしかなかったらしい。
いやあの爆発を受けて胴体などが残っているだけでも相当な堅牢さだと褒めるべきところか。
流石はD級詐欺の魔物だと。
「ねえ、吹き飛ばしたら素材回収的に良くないんじゃないの?」
「それはそうだけど、入口であの巨体を受け止めるのは不味いだろ。それに素材は他に幾らでもあるさ」
巨体に見合う重量も誇る甲殻亜竜の突撃。
それすらも今の俺なら受け止めること自体は可能だろうと思う。
だが重さが違う以上は、どうしても一時的に押される形は否めないだろう。
それでダンジョンの入り口に衝突して何かあったら一大事である。
過去には入口を破壊することで崩壊現象を引き起こしたダンジョンもあるので。
「とりあえず十体ずつくらいで交代するか」
爆発を受けても残っていた骸をアルケミーボックスに回収してさっさと先に進む。
爆発と仲間の死を感知したのか、それなりの範囲の甲殻亜竜が食事の手を止めているのが右目で確認できたからだ。
この分だと、そいつらが仲間の仇を取るために殺到してくるのも時間の問題だろう。
もっともそれはこちらからしても好都合だが。
「さてと、次は力比べといきますかね」
適した場所に移動した後、先程の個体と同じように猛然と突撃してくる魔物を視界に捉えながら、俺はそう呟いた。
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