幕間 スティーブとアメリカ政府
対象である八代夜一との会談は無事に終了した。
今回は顔合わせ程度で終わってしまったがそれで問題ない。
どうせ今後も長い付き合いになるだろうし、それを考えれば事を急くのは悪手だろうから。
(どの国よりも先に接触できたことだしね)
それこそ彼の母国である日本政府よりも先にコネクションを作れたのだから今はそれでよしとしよう。
「それにしてもこのステーキは本当に絶品だね。代金は出すから君達も存分に楽しむといいよ」
八代夜一は既に帰ってしまったのでここにいない。
だが折角の美味な料理を出す店、しかもVIPに招待されたのだ。
私達はそれを満喫してから帰ることにしたのである。
そのことはこのことはこの場に招いてくれた彼にも許可をもらってある。
「それで君達は彼をどう思った?」
「スティーブ様、ここでその話は……」
秘書役のレイチェルが言葉を濁して止めてくるが問題ないと私は首を横に振る。
「盗聴されているって? 別に構わないよ。むしろこちらが彼をどういう認識で捉えているのか伝わって手間が省けるくらいだ」
向こうだってこんな場で大っぴらに話した内容をそのまま信じるバカではないだろう。
それに得た情報をどう取り扱うかも確かめられれば、相手の情報処理能力も分かるというもの。
(情報を得てもフェイクだと思って動かないのか。それとも積極的に情報戦を仕掛けてくるのか。それが分かるだけでもこちらとしては構わないからね)
なにせ相手はまだまだ謎な部分が多い。
どんな細かいところでもいいから、情報が手に入るのならその機会を逃すつもりはない。
「グレアム中佐とマーティン少佐も席に座り給え。それとここは公式の場ではないから楽にしていいよ」
躊躇っていた護衛の二人もこちらが再度促すと、ようやく席に座る。
流石に酒は控えてもらったが、甲殻亜竜のステーキは彼らの感想を聞きたいこともあって食べてもらった。
「それで改めて、君達は彼のことをどう思った?」
「……正直に言うと、私はアメリカ政府がわざわざ注目するような人物だとは思えませんでした。少なくとも相対した印象では、それほど強いという感じもしなかったので」
「私も中佐に同意します。それどころかむしろ私達のどちらかが一人で戦っても、余裕で勝てる程度の実力ではないかと。それこそD級だというのも本当なのかと思ってしまうほどでした」
軍人二人は交渉事の方はよく分からないので、探索者としての実力の面で彼を評価したらしい。
そしてその評価はとても低いと。
「ふむ、なるほど……君はどうだい? レイチェル君」
「私は探索者の腕についてはよく分からないのです。ですが交渉相手としては手強い相手になるように思えました。会話をしていても、こちらの様子を油断なく観察しているように思えましたので」
「そうだね、私がちょっと仕掛けても動揺した様子も見せず、いなしてきたからね。それは当たっているだろう」
概ね三人の意見は一致していた。
即ち、八代夜一という人物は探索者としてよりも経営者、あるいは商談の相手として高い適性を持っている相手だという風に。
「その意見は一見すると正しいように思う。けれど私は違う意見だね」
「と言いますと」
「彼は強いよ。たぶん、本気になればこの場で私達を皆殺しするのも容易なくらいに」
この発言に三人、特に護衛の二人が信じられないという様子を見せた。
だがその反応こそ、私は彼が実力を誤魔化している証拠だと思っている。
「仮に彼がランク1に戻ったのが事実だとしても、つい最近にD級まで戻ったのは間違いない。試験もちゃんと行われているのは確認したし、最近それに関連した不祥事で色々あった協会だ。そこに嘘偽りはないだろう。同じ不祥事を連続で起こすなんて、絶対に避けるだろうしね。その上で君達二人に聞きたいのだけれど、D級探索者相手に君達は勝てるかい?」
「勿論です」
「だろうね、君達はC級だ。だからこそD級の彼が何をしても問題ないように護衛に選ばれたのだからね」
そうここまでは何もおかしいことはない。
「では続いての質問だ。君達はD級探索者と相対した時にはどういう印象を持つ? 具体的には、彼に感じたように実力不足で楽勝だと感じたことはあるかい?」
「それは……ほとんどないですね」
「私もありません。D級までなっていれば、どの人物もそれなりの実力者ですから。勝てるとしても楽勝ではないですし」
予想通り二人とも答えは同じだった。
「昇級詐欺なんて滅多にないことだからね。でも彼に対して君達はそう感じた」
ここまで話したことでレイチェルが答えに辿り着いたのかハッとしている。
そう、実はこのように何故か実力が低く見積もられる探索者のことを私達は一人だけ知っているのだ。
その人物の名前はデイビス・ウォーカー。
現在のアメリカにいるA級探索者、五人の中でも最強とされている、イギリスのアーサーとどちらが世界最強かと比べられることも多い規格外の探索者のことである。
「そもそも私は彼の外見を見た時にゾッとしたよ。なにせ私から見ても彼は弱そうに見えたからね」
それこそかつて見たデイビスよりもずっと。別に肉体が貧相でもなければひ弱そうでもないというのに。
探索者はステータスが上昇すれば、ほとんどの者は外見が良くなる。
肌が綺麗になるなどその効果は色々とだが、大半が本人にとって良いとされる方向に何らかの影響が出るのだ。
だがデイビスは違った。
彼はステータスが高くなればなるほど、どういう訳か周りから侮られる傾向が強くなっていったのだ。
勿論全ての人がそうだった訳ではない。
実力者ほどすぐにそれが誤解だと気付けた。
だが実力が低い者、あるいはデイビスと実力が離れている者ほどそれに気付けない傾向が高かったのだ。
そしてデイビスは、むしろそれで構わないという探索者としては少し変わった人物だった。
侮られることなどどうでもよく、それで敵が油断してくれればやり易くなるからと。
恐らくは彼もデイビスと同じ気質の持ち主なのだろう。
そしてそれだけの実力を持っていると仮定した場合の結論。
それは、
「まず間違いなく、彼は使徒。あるいはそれに準ずる実力者だね」
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