第九話 アメリカ政府からの接触
これまでの俺は自分という存在を可能な限り隠す形で行動してきた。
それはリセットポーションで一時的に弱体化した自分が狙われる危険性を考慮したり、錬金術というその当時では唯一スキルの使い手だったことで注目されるのを避けるためである。
だがそれがいつまでも続くとは俺も思ってはいない。
いずれは気付かれるだろうし、そうなったら何らかの接触などがあると思っていた。
実際に俺個人に対してではなかったが、他の国のA級探索者が襲撃してくるなんてイベントも起こった訳だし。
(とは言え、これは予想外だったな)
英悟などから俺について探りを入れている奴がいること。
そして近々そいつらが接触してくるかもしれないということは聞いていたから、接触があったこと自体は驚きではない。
問題なのは、その相手がなんとアメリカ政府の関係者だったということだろう。
「急な申し出を受け入れてくれて感謝致します、八代さん」
「夜一でいいですよ。八代だと父と紛らわしいですから」
会談に選んだ場所はウチが経営するダンジョン料理専門店のVIPルームだ。
ここなら英悟などの協力があれば防諜面では完璧だし、他国の政府関係者をもてなす場所としても問題ないだろう。
アメリカでもこういう店は徐々に増えているようだが、調べた限り甲殻亜竜を扱うところはないようだし。
「それで社コーポレーションの特別顧問としてではなく、一介の探索者である私に用があるとのことですが、どういったご用件でしょうか?」
一社員ではなく探索者の俺に用があるとのことだが、他国の政府高官相手なので丁寧な口調で相手をする。
流石にいつもの何の遠慮もない口調は問題だろうし。
目の前にいるのは四人。
今回の交渉役である政府高官のスティーブという中年男性、その秘書と思われるレイチェルという三十代くらいの女性。
そして二人の護衛と思われる、傍で控えている名前の分からない若い男二人だ。
そしてこの護衛はどうやら探索者のようである。
それもかなり腕が立つのが立ち振る舞いなど伝わってきた。
(といってもどっちもC級くらいか? それも陽明レベルではないな)
凡その力量を測りはするものの、見ただけで全てが分かる訳ではない。
隠蔽系のスキルなどで誤魔化されていれば見誤る可能性もあるのだから。
だけど少なくとも、こうして対面して伝わってくる感じでは脅威とはならないと思う。
「一介の探索者などご謙遜を。我々はあなた方が思っているよりも、あなた達のことを知っていますよ」
「それは買い被りですよ。私なんて降格処分を受けた上にランクも1まで戻ってしまった落伍者でしかないですから」
「ご冗談も上手なようですね。そんな人物ならこの短期間でD級まで昇級をすることは無理ですよ」
このスティーブという人物の見た目は金髪碧眼のバリバリ外国人の男性なのだが、この通り日本語が非常に上手だった。
それこそ日本人と話しているのと変わりないくらいである。
(しかも俺が最近にD級に戻ったことも把握してると)
別に隠している訳ではないので調べれば分かることだろうが、吹聴していることでもない。となると相手はこちら事をしっかりと調査してきていると見るべきだろう。
「それは今までの経験と会社の支援があったからですね。俺個人はたいしたことはしていないです」
「なるほど、情報はそう簡単には明かさないということですね。これは手強い交渉になりそうで、こちらとしても困ってしまいますよ」
(それはこっちのセリフだっての)
交渉相手にそんなことを抜け抜けと言ってくる辺り、このスティーブという男は肝が据わっていそうだ。そしてこういう相手は非常に厄介であることが多いので気が抜けない。
初対面なこともあって互いに牽制を挟みながらの会話をして、途中で甲殻亜竜の肉を使ったステーキなどが運ばれてくる。
(折角の美味い料理なのに、この状況じゃその魅力も半減だな)
俺はそう思ったのだが、スティーブの方はそうではなかったらしい。
美味しそうに食べたばかりかお代わりを頼んで、更には料理に合う酒までそれとなく所望する始末。
後ろの護衛も若干それを羨ましそうにしているのは気のせいではないだろう。
「ふう、非常に美味でした。アメリカでもこのステーキが食べられたらと思うほどにね。確か素材は甲殻亜竜の肉でしたか?」
「ええ、そうです」
「アメリカのダンジョンでは今のところ甲殻亜竜は確認されていない。となるとこれをアメリカ国内で作るためには輸入に頼るしかないでしょうな。いや、非常に残念だ」
「それほど気に入ったのなら、お土産として幾つかの食材を差し上げますよ」
「おお、それはありがたい。感謝致します」
食後の他愛無い話に思えるが、それは違う。
この発言はアメリカのダンジョンに出現する魔物について把握しているということに他ならない。
広大なアメリカの国土では日本とは比較にならないダンジョンが出現している。
それら全てを把握している情報収集能力は素直に驚異的だった。
(それだけ情報を集めることには自信があるってか?)
あるいは、だからそちらが隠していることも分かっているぞ、と示したいのか。
どうやら目の前の男は俺と同じで、酒を飲んでも頭が鈍くなるなんてことはなさそうだ。
「こちらも貰ってばかりでは申し訳ない。お礼として、アメリカのダンジョンでほしい素材などがあったら言ってください。すぐにでも取り寄せますよ。あなたとは今後も仲良くしていきたいと、こちらでは考えておりますので」
「それは光栄ですね。それじゃあ必要な素材があったら連絡させてもらいます」
握手を交わして互いに友好的に笑みを浮かべ合っている。
だがそこに渦巻いていたのは、決して友好の雰囲気ではなかった。
なにせ互いに腹の中に真っ黒な思惑を抱え込んでいるのは分かり切っているのだから。
(手強い相手になりそうだけど、面白いじゃねえか)
どうやら今日の相手方は探りを入れにきただけらしい。
たぶん長い付き合いになることを考えて、慎重に行動する気なのだろう。
「いや、あなたとは今後も仲良くできそうだ」
「奇遇ですね。実は私もそう思っていたところです」
表面上は友好的で、実情は全くそんなことはない会談はこうして顔を合わせるだけ終わりを迎えた。
もっともこのスティーブという相手とは、俺の予想通り長い付き合いになるのだが。
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