第十三話 試練の魔物戦 決着
全身に激痛が走る。だが痛みがあるということは死んでないということだ。
(身代わりの指輪着けてたのにこれかよ)
ダンジョン内で一度だけHPが減る攻撃を受けた際にダメージを肩代わりしてくれる装備は砕け散ってその効果を発揮していることを指し示している。
つまりこの全身のダメージは吹き飛ばされた攻撃そのものではなく壁に叩きつけられた衝撃によるものということになる。
(ふざけんな、他にもダメージ軽減の指輪とかも装備してるんだぞ。威力高過ぎだろ)
今の俺のステータスは薬によってブーストされているので世界トップクラスだ。それなのにこの惨状は他のトップ探索者でも一撃でも受ければこうなるってことに他ならない。
追撃されたら終わる。だがそうはならなかった。
「……なんだ、お前も禁じ手でも使ったってのか?」
もはや黒い靄を纏うこともしなくなった試練の魔物はその姿を晒していた。
刎ねたはずの首や腕が元に戻っているその外見だけなら人間とほぼ同じと言っていいだろう。まあ顔立ちとかは日本人とは違っている感じだがそれくらいは誤差だ。
その試練の魔物は俺のことを攻撃したであろう右腕が反動に耐えられなかったのかズタズタになっていた。更にこちらに近寄ろうと一歩踏み出そうとしてその場で耐えきれないかのように膝をつく。
無理をしているのは一目瞭然。それどころか奴の身体は徐々に崩壊していっている。サラサラと砕けた肉体が徐々に砂のように地面に撒かれていってるのだ。恐らく時間が経てば奴は自滅する。
(だけどその前に一撃でも喰らえば俺は死ぬな)
そうならないためにアイテムボックスから身代わりの指輪を取り出して再度装備する。残念ながらこれは残り二つしかないので耐えられるのはあと二発までだ。
崩壊の速度から察するにこのまま逃げ切れそうもない。だとしたらやれることは一つだけ。
(降り注ぐ聖水も効果を発揮していないみたいだし特性も変化してるのか? まあなんにせよこっちも最後の切り札を使うしかないか)
アイテムボックスから取り出した体力回復薬を呑みながら起き上がる。更にその後にもうひとセットのブーストアイテムを躊躇なく呷った。
こっちも相手と同じく禁じ手の三重の強化だ。度重なる強化に肉体が悲鳴を上げているのが分かる。後でどうなるのか分からないがもはやそんなことを言っていられる状況ではない。
これで今の俺はステータスだけなら世界最強だ。
「お互い時間はなさそうだし、さっさとやろうぜ。それともこのまま時間切れでの決着をお望みか?」
「……試練は、まだ、終わっていない」
相手の口が動いてないのに途切れ途切れの声が聞こえる。だがその原理なんて今はどうでもいい。お互いにこのまま終わることは望んでいない。それが分かれば十分だ。
(最後は結局お前を使うことになるのか。頼むぜ、相棒)
剣豪の時から使っている愛剣を構える。浄化が効かないのなら変に奇を衒うより使い慣れた武器が一番だ。
引き千切るよう乱暴に眼帯を外して最後の準備を整えたら大きく息を吸い込んで止める。そして両目を大きく見開いて相手を見据えた。
ここから先は勝つか死ぬまで止まることはない。
(切り札は使い切った。後はなるようになるだけだ)
「さあ、最後の勝負と行こうか!」
先ほど弾かれた速度を超える速さで試練の魔物に突っ込む。
それを立ち上がった試練の魔物は残された左腕で迎撃した。
剣と腕が激しくぶつかり合って拮抗する。信じられない轟音と衝撃が発生するがそれを置き去りにして俺達は戦う。
こちらが振った剣を奴は左腕で弾く。
その隙に繰り出された反撃の拳を俺は上昇したステータスに任せて回避する。
高まったステータスのおかげか、まるでスローモーションのように遅くなった世界の中で俺と試練の魔物だけが普通に動いている。
その攻防が数十回、あるいは百回をも超えるほど繰り返されたあと、遂に俺の一撃が奴の防御を掻い潜りその身体に到達する。肩から胸に掛けての袈裟切りが相手の身体を傷つけて崩壊が進む。
だが相手も反撃の蹴りを放ってきていて、躱し切れずに土手っ腹に受けた俺はまたしても吹き飛ばされた。
「ごほ!?」
壁に叩きつけられた衝撃だけで吐血した。内臓が潰れたか。
そんなことよりもこれで残る身代わりの指輪は一つ。だが新しいそれを装備する前に壁に叩きつけられた俺に向かって奴が突っ込んできていた。叩きつけられたダメージで鈍い身体を必死になって動かす。殴りつけてくるこの攻撃を受ければ死ぬ。
なんとか転がるようにその場から逃げる。
結果から言えばその直撃を回避することには成功した。
だが僅かにその攻撃は俺の左頬に掠るように接触していた。
それによって顔半分が吹き飛んだかのような衝撃と共に残されていた俺の左目の視界を奪い去られる。
朦朧とした意識で何とか懐に忍ばせてあった体力回復薬を取り出す。
直撃ではないから左目は完全に潰れた訳ではないはずだ。
なにより動けるように早く回復をしなければ。
だが現代の霊薬である体力回復薬でも瞬時に全ての怪我が治る訳ではない。
どうにか浴びるようにして使用したそれは動けるだけの力は与えてくれるが、俺の左目を治すよりも奴が動く方が早かった。
「我、試練を、課す者。汝に……試練を与える」
顔を上げるが潰された左目の視界は何も映してくれない。
「……汝、試練を乗り越えて、みせよ!」
その言葉と共に奴の最後の攻撃が振り下ろされ、
「お前、侮ったな」
その拳を俺は見て回避した。
奴は最後の最後でミスを犯した。
こちらの左の視界も奪ったことで勝ったと思い込んだこと。
それによって大振りになったその隙が俺に勝機を齎したのだ。
左目を潰した時のように的確に素早く拳を振るえていればきっと俺は勝てなかったのに。
いやそもそも片目を潰したことで有利になったと思わなければ。
その半端な知恵があったが故に奴は判断を誤ったのだ。
回避したその流れのまま止まらずに前に踏み込みながら首に刃を走らせる。
崩壊しかけていた身体ではその斬撃に耐えることはできずにその首に刃が食い込んで切り裂いた。
その勢いのままに数歩前に進むとそのまま倒れるように座り込む。
手から零れ落ちた愛剣もボロボロだ。
俺は最後の攻防の際に意味もなく眼帯を外したのではない。
あの時に使っていた最後のアイテム。その名も第三の目。
使用してから僅かな間だけ第三の目と呼ばれる新たな眼を身体のどこかに発現させて知覚能力を強化する使い捨ての貴重なダンジョン産のアイテムだ。
通常は額とかに発現させるらしいが俺はあえて視力を失っている目に重ねるようにして発現させていた。そういったアイテムを使ったことを悟らせないようにするために。
本当の狙いはバレないように視界の悪さを改善して敵の意表を突くことだったのだが、まさか意図せず左目を潰されたことによってこんな結果になろうとは。
(だけどもう身体が、動かない。ブーストの副作用か。それに肉体にアイテムを使用し過ぎた)
体力回復薬でもこの副作用には効果がないようだ。限界を迎えてその場で座るだけでも精一杯の状態でどうにか振り返る。
試練の魔物の首は半分近く切れ込みが入っていた。普通の生物ならこれは致命傷なのだが果たしてこいつはどうだろうか。
「し、試練……は、ままま、だ、おわ……わわ」
「しつけえな、この野郎。いい加減にくたばれよ」
いや流石にもうすぐ死ぬはず。肉体の崩壊が急速に進んでいる。
問題はそうなりながらもゆっくりとこちらに近づいてきていることだろうか。動けないので肉体が崩壊する前に接近を許して止めを刺されるのは御免だ。
(この後に第三段階があったらお手上げだ。その時は諦めるしかない)
そう思いながら最後の身代わりの指輪を装備する。これであと一撃だけなら耐えられる。
「あばよ」
爆裂玉が詰まった革袋を最後の力を振り絞って試練の魔物に向かって放り投げる。
力が入らなくて奴の手前に落下したがまあ大した違いはないだろう。
(まさかの爆発オチとはな)
そんなことを考えながらこの戦いにおける最後の衝撃と轟音がボス部屋に響き渡った。
爆発オチなんてサイテー!笑
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