第四話 アマデウスの生涯 その2
先代黄金神からその座を譲り受けた孫娘。
若くして新たな黄金神となった彼女はその天才ぶりを遺憾なく発揮し続けた。
まず彼女が行なったのは錬成術師というジョブを開発したこと。
それは俺がかつて就いていたジョブであり、これは錬金術の下位互換のようなジョブである。
「普通なら下位互換を生み出しても利益は少ない。だが彼女の考えは違った」
愛華の例から分かる通り、錬金術師の修練はかなりの過酷さを秘めている。
そしてその苦しさは回復薬などでも軽減できない。
それでも強力な力であるから修練の手を抜けないから、我慢して努力を続ける以外に選択肢がない現実。
そこに目を付けたのが当代の黄金神だった。彼女は錬成術師と錬成素材という、従来よりも質を大きく下げることで扱いやすいジョブと物質を開発したのだ。
そして修練の開始を錬金術ではなく、錬成術の段階から始めるようにした。
しかもそのために錬成素材を活用した、新たなレシピを開発するおまけ付きで。
「実際にその行いは上手くいった。私は数少ない反対する側だったのだけど、聞き入れられなかったよ」
錬成術と錬成素材を活用した修行は、あえて作成物や利用する素材の質を落とすことで術者の負担を軽減するように黄金神によって設計されていた。
その甲斐あって、錬金術を学ぶよりも辛い思いをすることはなく修行を開始することが可能となったのだ。
また錬成術で鍛錬を積むことで錬金術に対する能力も鍛えられることになり、錬金術の修行に移行した後でも負担が軽減されるようになる。
それによりその辛くて苦しい修行を脱落する者は激減。
錬金術を扱える者が増えれば、それだけ黄金神一族の勢力の層は厚くなる。
「なるほど、天才と呼ばれるだけはあるな」
「ああ、彼女はこの件で、自らの才覚は確かなものだと周囲に知らしめた。先代の孫という立場によって黄金神の座を与えられたのではないと、自らの力で証明してみせたのさ」
そうして自分が所属する一族は勢力を増して、黄金神自身も強固で揺らぐことのない地位を築くに至った。
ここまでの話では、黄金神とその一族は順調にその勢力を伸ばしているようにしか思えない。
だが先程アマデウスは言っていた。
これが失敗の始まりだった、みたいなことを。
つまり一見するとメリットしかないこの話にも落とし穴があったのだ。
それが何なのかについて考えて、錬金釜とモノクルのことを思い出してハッとする。
「まさか、今の俺達が使っている釜やモノクルなんかも当代の黄金神とやらが作ったのか?」
この質問に頷くアマデウスを見て、俺は半ば確信した。
当代の黄金神とやらはきっと、誰もが錬金術を使えるようになる流れを加速させたのだと。
「それ以外でもレシピ表やスキルオーブなど、特殊な力を与える系統のアイテムとレシピは多くが彼女の作り出したものだね。どうやら彼女の才覚はそういった簡略化などに特に向いていたようでね。その有用性は一部を利用している君達も知っているだろう?」
当たり前だ。釜やモノクルがあったから回復薬の量産も可能になったのだから。
あれらがなければ俺一人しか錬金術を使用できなくて、回復薬の量産や販売などはどう足掻いても無理だっただろう。
「君達のように人手が足りていない場合などでは特に、それらのアイテムは非常に有効なものとなっただろう。以前の私達はそこまで錬金術の担い手が少ない訳ではなかったが、それでも余りあるほど人材がいる訳でもなかったから、その発明には多くの者が期待を寄せたよ」
「それまでの錬金術は適性が必要な上に、学ぶのにはかなりつらい修練を積む必要もあった。でもこれからはそうする必要がなくなると」
「その通り。実際に高位の釜やモノクルが開発される頃には、多くの錬金アイテムは修練をすることもなく作ることが可能となっていたよ。それこそある程度のMPさえあれば、誰もが錬金術を行使できるようになったのだからね」
それでも一部の超高難易度の錬金アイテムは釜では作成不可能だった。
だがそれらは、それこそ黄金神やアマデウスのような錬金術を極めた存在しか作れない貴重な代物。
そして貴重過ぎて一般には知られていないか、それほど数を必要としないものが多かった。
(大抵の怪我ですら低位か中位の回復薬でどうにかなるからな。上級回復薬まで釜で作れるようになったのなら、それ以上のものを必要とするケースは多くないってことか)
これにより、それまでは貴重なものだった回復薬なども一般に流通した。
しかもその規模は今の俺達がやっている程度とは比較にならないものであったらしい。
「我々には生産系のホムンクルスもいたからね。そいつらが釜を使った回復薬を作れるようになったら、それこそこちらではジュースで売られるような感覚で国中に出回ることになったよ」
それにより魔物との戦いでも死者が出る件数や病気で死亡する者の数は激減。
国の死亡率も大幅に低下したとのこと。
その功績をもって黄金神は益々その立場を強固なものとした。
「だがそれは失敗だった。いや、その行い自体は素晴らしい事だったが、性急に事を運び過ぎたんだ」
黄金神の一族は創造の力、つまりは錬金術を継承して、それを利用することで異世界での一大勢力となる地位を築いていた。
言うなれば、錬金術という技術を独占することによって地位を固めていたということになる。
だが釜やモノクルが開発されたことによって、その技術は一般人にも利用できるようになった。
となればその技術はいつまで貴重なものでいられるだろうか。
「皮肉な話だよ。黄金神は多くの者を救おうと、理想を信じて技術やレシピを広く公開した結果、黄金神一派は凋落の道を歩み始めたのだから」
それでも黄金神やアマデウスのような凄腕ならば問題はなかった。
超高難易度のアイテムを作れる逸材として、その立場は保証されていたのだから。
だが黄金神一派の全ての者が、そうではなかった。
いや、むしろそうでない者の方が圧倒的の多数だったのだ。
当たり前だ。会社でもトップになればなるほどその人数は少なくなるように、上の存在は少なくなるのが道理。
そうして釜で作れる錬金アイテム以外を作れない錬金術師の価値は暴落した。
それまでは讃えられていたというのに。
そんな状況になれば、当然不満を持つ者も出てくる。
黄金神が余計なことをしなければ、自分達が秘めていた技術を公開などしなければ良かったのだと。
また厳しい修練を積んだ者はこう思ったかもしれない。
あいつが余計なことをしたせいで、自分達のこれまでの苦労は全て無駄になったと。
「それなのに黄金神の立場は超高難易度の錬金アイテムを作れることで安定している」
「それ以外にも様々な要因はあったが、根本的にはそれが全ての原因だろう。最終的に黄金神は、敵対派閥である地神族の中心であった虚空神一派に唆された身内のトルテインという人物によって暗殺された」
だが勢いを失い始めていたとは言え、黄金神一派は未だに三大勢力の一つだった。
その一つがそんな形で内部崩壊を起こして、他に影響がないなんてことはあり得ない。
「その後は雪崩のように崩れて止まらなかったよ。どんな理由があろうとも、身内の裏切り者は許されない。ましてや暗殺したのは多くの御使いが忠誠を誓っていた相手である黄金神な上に、トルテインはその右腕のような存在だった。その凶行に対しての皆の怒りは収まらず、多くの黄金神に仕える御使いがトルテインとその仲間へ報復しようとした。だがトルテインはあろうことか、敵対派閥の元へと逃亡したんだ。錬金術の力を、黄金神から与えられた力を持った上で」
そこからは泥沼の争いに発展した。
トップを殺されて、しかもそれを唆したのが敵対派閥だと突き止めた黄金神一派の多くは怒り狂い、復讐に駆り立てられた。
「かくいう私もその内の一人だよ。なにせ先代から頼まれていた孫娘である黄金神を守れなかったんだ。しかもそれを行なったのが彼女の信頼していた相手であったのも許せなかった」
トルテインは当代黄金神の御使い筆頭だった。
先代黄金神にとってのアマデウスのような立場の者だったのだ。
それなのに主を裏切り、殺害した上で逃亡した。
更に言えば、当代黄金神とはどちらが黄金神になるか競争していた間柄であり、それもあって当代黄金神が信頼していた相手だったとのこと。その信頼を裏切った。
それは誰よりも先代黄金神に忠誠を誓って、仕えていたアマデウスだからこそ許せるものではない。
「こうして三大神の一角だった黄金神とその一派は崩壊。その内部崩壊に巻き込まれる形で調停神や、敵対派閥だった虚空神にも影響が出て、勢いがついた泥沼の争いは止まらなかった」
そうして全てが終わりに繋がる大戦が勃発。
その過程でアマデウスは命を落としたとのこと。
「色々と分かり易いように省略したところも多いけど、これが私の世界が終焉を迎えた大まかな流れだよ」
「その大戦を生き残った奴らが、地球に来た奴らってことか」
「恐らくは。自分が死んだ後の詳細は分からないけど、私が生きていた時点でも国の維持は不可能なくらいな争いに発展していた。仮にあれが私の死後も続いたのなら、大戦が終結しても魔物の脅威に対抗するなど、まず不可能な状況となっていただろうね」
そんな環境だったからこそ、安住の地を求めて逃げてきた。
これまで謎に包まれていた神族や御使いのことについて聞かされて俺が最初に思ったこと。
それは、
「なんか滅茶苦茶人間臭いな、御使いも神族も」
醜く争って、自爆して、時には仲間すら裏切って、最終的に滅んでいく。
その在り方は、なんというか人間臭いにも程があった。
嫌な意味で御使いも神族も、この世界の人間と同じではないか。
神という名が聞いて呆れるというものである。
まあ、アマデウスの話ではこいつらは神を名乗っているだけで、本当の神に近い存在は原初の時代の英雄達のように思えるから、あるいはそれも当然のことなのか。
「まあ、似通った性質を持っているのは間違いないだろうね。その根拠が、異世界の残党がここを新たな安住の地としようとしていることだよ」
「どういうことだ?」
「ここからは残党の目的などについての話でもあるよ」
自らの生涯について語り終えたアマデウスだが、どうやら話はまだまだ長そうだ。
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