プロローグ 波紋の広がり
前話で述べた通り、第4回HJ小説大賞前期小説家になろう部門受賞及び書籍化決定のお祝いで、ここから十日間は毎日更新します。
楽しんでいただけたら幸いです。
目の前のそれを見ても信じられないという思いが消し去れない。
こうして実物を確認して、その性能を確認した以上は疑う余地などないはずなのに。
「間違いない。これは紛い物の霊薬ではなく、本物の霊薬だ」
かつては黄金神の眷属のみ作ることを許された真なる霊薬。
現在の我々ではそう多くは作ることができない。
その霊薬が目の前に確かに存在しており、しかもこれと同じ物が大量に生産されて販売されているという事実。
その事実は我々に大きな驚愕と衝撃、そして恐怖を齎した。
(しかもこれは今の我らが作る代物よりも質が良い)
かつて繁栄を誇った天神族と地神族。そしてそれに仕える御使い。
その技術があれば、この程度の霊薬など幾らでも、それこそ吐いて捨てるほどに量産できた。
だが今の我々は滅びに瀕しており、そういった技術の継承も満足に行なえなかった。
ましてや故郷から遠く離れた地では各種施設も十分とは程遠い。
そういった理由から量産など不可能であり、作れても外部に流出させるほど数を揃えるなど絶対に出来ない代物。
「それが大量に販売されているだと? いったい何が起こっているんだ?」
この地球という星に住む人間という名の生命体の誰かが作り出した? 我々の力も借りずに?
(いや、それは絶対にありえない)
百歩譲って、同じような効果を持つものの開発に成功したのなら分かる。
だが目の前の霊薬は明らかに黄金神のレシピが使われた形跡があった。
つまりこれを作った誰かは黄金神のレシピを有しているということに他ならない。
だがそれはおかしい。
何故なら黄金神のレシピのほとんどはかつての大戦によって失われて久しいのだから。
また現在、その残された僅かなレシピを管理しているのは黄金神の御使いだった我々である。そして我らはそのレシピを外に流出させたこともなければ、そうするつもりも毛頭ない。
各々に思惑はあろうとも、少なくともその点に関してはそういう認識で一致しているはず。
だが現実は違う。
「誰か裏切り者がいるのか?」
かつて黄金神を崇め、その恩恵を預かっていた我ら一派にとってこれらの秘蔵のレシピは切り札の一つとなり得る。
それを流出させるなど決して許される行為ではないし、仮にその裏切り者がいるのなら絶対に特定しなければならない。
(敵対している陣営にこれらが渡れば我らにとって大打撃だ。それこそ今の均衡を保つことすら危うくなる)
その前になんとしてでも対応策を練らねばならない。
「これが販売されているという日本の地にいる御使いは誰だ? それとあそこは敵対派閥が優勢な地だったか?」
「いえ、あの国では我が陣営の方が優勢との報告が入ってきています。担当している御使いはエルーシャという者です、ウスリスク様」
「ああ、彼女か。いや、彼女が裏切るとは思えないが……」
彼女には、過去に力を与えて使徒とした存在を他国に渡ることを許してしまった件がある。
その際に徹底的に背後関係を調査されており、裏切り者でなかったことが逆に確認できている。
(彼女からすれば不幸中の幸いだったか? いや、こんなことが管轄内で起こっている時点で幸いとは言えないか……)
また今でも秘密裏に彼女に監視が付いており、そこでも問題はなかったはず。
少なくともそういった報告は上がってきていない。
「だとすると他の誰か? だとしたら何が目的だ?」
仮にレシピを流した裏切り者がいたとしても、何故こんな形でバレるような行為をしたのかが分からない。
販売などせず、もっと徹底的に隠していれば我々は今でもこの事態に気付けなかっただろう。
それこそ致命的な状態になるまで、まるで分からなかった可能性もあり得る。
また販売を開始している場所についても疑問が残る。
それは日本という地では我が陣営の方が優勢だと強いという点だ。
つまりどちらかと言えば、我々の手が出しやすい場所である。
仮に敵であるこちらに情報を渡したくないのなら、そんな場所を選ぶのは明らかにおかしい。
だとするとそれで問題ないと、この騒動を引き起こした相手は考えていることになる。
(挑発でもしているのか? はたまたこれは陽動で他に本命が?)
情報が少な過ぎて幾ら考えても答えは出ない。
これでも情報収集は念入りに行なって、各派閥などの動きは把握していたつもりだったのだが、その自信が木っ端微塵に砕かれた形だ。
「とにかくまずは情報収集からだ。監視の目を日本に送ってくれ」
「承知いたしました。ですが本当にそれだけでよろしいのですか?」
部下のその眼は黄金神のレシピを盗み取ったと思われる相手をその程度で許すのか、そう雄弁に語りかけてきていた。
その気持ちは分かる。
黄金神は我らが忠誠を誓った相手。
そのレシピともなれば、一部にとっては命を懸けても守るべき宝である。
そんな宝物に手を出されて気分を害さない黄金神の眷属はいないだろうことも。
だが今回のことは分からないことがあまりにも多過ぎる。
そんな状態で下手に動くのは危険だと思われた。
「私も裏切り者がいたら容赦をするつもりはない。だがまずは事実の確認だ。それに敵はそうやって私達の同士討ちを狙っているかもしれない。慎重に動くんだ」
「畏まりました」
表面上は納得した様子で退出する部下を見ながら、これは注意しておかなければならないかもしれないと思う。
今の私は派閥の代表を務めているが、それは生き残った中では立場も力も有しているからに過ぎない。
実力も求心力も、かつての黄金神。そしてその黄金神に認められた方々とは比べ物にならない。
いや、比較することすら烏滸がましい。
「黄金神様、トルテイン様、そしてアマデウス様。どうか我らにそのご加護を」
既に亡くなられた方々に祈りを捧げるが、その思いは届かなかったのか、一部の暴走した者が出たという報告が後ほど私の元まで届けられるのだった。
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