第十二話 時は金なり 金は力なり
初めてこれまでと違うセリフを吐いた相手だったが、既に臨戦態勢になって仕掛けている以上は止まらない。
それに相手も止まるつもりはないのか迎撃態勢に移行している。問答をする気はないのならこのまま続行あるのみだ。
(まずは確認だ)
接近する、と見せかけてアイテムボックスから剣と一緒に取り出していたビー玉のような見た目の爆裂玉と呼ばれるアイテムを相手に投げつける。これは前の時にも使用したものだ。
それを見た奴はその場から飛び退いてみせる。その動きは明らかにこの爆裂玉がどうなるのかを理解した動きだった。
(やはりこいつは覚えている。情報通りだな)
試練の魔物には高度な知恵がある。少なくとも前の時にダメージを負った攻撃を覚えていて同じものを食らわないようにするくらいの。それはこれまでに現れた別個体の討伐の時でも同じだった。
(こいつ相手に工夫のない同じ攻撃は通用しないな)
厄介だがそれは分かっていたから問題ない。
地面に落下した爆裂玉が爆音と共に炸裂するが既に退避していた試練の魔物に当たることはない。そのタイミングで試練の魔物がこちらに踏み込んでこようとしている。
(おっと、そうはいかないぞ)
回避のために飛び退いたということは俺と距離ができているということ。俺はその時点で既にアイテムボックスを開いている。そして既に目的の物は取り出すことに成功していた。
「こっちの準備が整うまでは近寄らないでもらおうか」
そう言って再度、爆裂玉を投げる。しかも今度は複数をばらまくように。
更にその中に次の一手も紛れ込ませておく。
「……!」
「おっと、驚いているのか? 言葉はなくても意外とそういうのって何となく分かるもんだな」
だがこの程度で驚いてもらっては困る。取り出した革袋には数えきれないほどの爆裂玉が入っているのだから。
俺と奴の間を隔てるようにまたしても爆裂玉が炸裂する。
この中を突っ切ってくる可能性も警戒していたが、知恵があるだけあってそんな無茶はしてこないらしい。
まあ普通に考えれば爆発が終わったタイミングで行動すればいいだけなのでそれはそうだろう。
(だが残念。それは悪手なんだな、これが)
俺は爆風で敵から視線が途切れたタイミングで再度アイテムボックスを開くと現れた黒い穴に手を突っ込んで複数の薬と用意していた装備を取り出してまずは薬を一気に呷る。
錬成術師がゴミジョブと呼ばれるのは覚えるスキルの使い道が見つかっていないのと、このジョブ専用のスキル以外を使用できなくなることだ。
つまり今の俺には身体能力強化も剣技補正も見切りも、これまで覚えていた数々のスキルはほとんど使えない。その弱くなった状態では試練の魔物の動きについていくことは絶対に不可能。この爆裂玉が尽きた時が俺の命が尽きる時でもある、ということになってしまう。
そうならないために用意したのがこれ。各種ステータスを一定時間だけ上昇させるブーストアイテムだ。更に錬成術師はダンジョンアイテムの効果をジョブレベル×10パーセント上昇させる特性がある。
その特性が上乗せされた上でブーストアイテムを二重使用すれば、一時的に俺は全盛期の能力を上回ることができる。
「これだけのアイテムを集めるのに会社のコネも利用して資金も時間もたっぷり捧げたんだ。存分に味わってくれよ」
ブーストアイテムは異なるステータスを上げるものなら同時に服用しても問題ない。
だが同じものを重ねて服用すればその回数に応じて体に深刻なダメージだったり後遺症が残ったりする可能性が高まる。既に俺は全てのステータスを二重に強化しているからそのリスクを存分に負っている訳だ。
だが勝つためにそれが必要なら仕方がない。
更に手早く必要な装備を身に付けたところで試練の魔物も焦れたのか動き出そうとしている。
「はい、まだ下がってろ」
先ほどの繰り返しのように爆発が終わったタイミングを奴が狙って、それを察知した俺が爆裂玉で牽制する。
だが今度の奴は下がらなかった。
俺が時間稼ぎをしていることに気付いたのか奴は強引に爆発をその身体に受けながらも突っ込んでくる。体を纏う黒い靄が爆発によって削られるが全体からみればまだまだそれは微量だ。
こいつに攻撃を通すためには正攻法ならこの黒い靄を削り取らなければならない。
それ以外なら前に俺が口に爆裂玉を突っ込んでやったみたいにその靄の中に直接攻撃をする方法もあるが、あれはこちらも敵に接近して隙を晒すことになり非常にリスクがあるのでそう簡単にやれないのだ。
こいつの行動は論理的だ。ある程度まで近付いてしまえば自滅の恐れがあるので爆裂玉は使えなくなる。そう考えたのだろう。実際、同じ立場だったら俺もそう思う。
だからこそ俺がその行動に対して迎撃方法を用意していないなんてあり得ない。
「いいのか? そこは既に俺のテリトリーだぞ」
爆発を耐えたその先には地面に撒かれた液体が存在している。透明なそれは一見して水にしか思えないだろう。
だがそれを踏んだ奴は弾かれようにその足を跳ね上げる。そしてその水を踏んだ辺りの黒い靄が完全に掻き消えていた。
「哲太の聖騎士のスキルが効いたって話だったし他の情報でもそれが有効だってことだったけど、思っていた以上に過剰に反応するんだな。これがお前の弱点か?」
爆発で視界が途切れた内に地面に撒いていたのは聖水だ。アンデッドや悪魔などの一部の魔物に特効のダンジョンでドロップするアイテムなのだが、どうやらこいつもそのアンデッド系の一例という扱いなのは間違いないらしい。
「そして後ろに引いたのならこれだ」
爆裂玉を投げつける。前に踏み込めばまた聖水を踏むと判断したのか後ろに跳んで避けるしかない。
「それなら次はこれ」
俺はそれで出来た時間を使ってアイテムボックスからまた次の武器を取り出すとそれを頭上に投げた。
高く舞い上がったそれは天井に衝突するとその地点に吸着する。
それを警戒した様子で試練の魔物は見ていたが何も起きない。
「どうした? 来ないのなら俺は安全地帯を増やさせてもらうぞ」
敵が動くまで律儀に突っ立っていなければならない訳でもないので俺は下がりながら取り出していた聖水をこれでもかとばら撒く。
時間が経つほどあいつが踏み込めない領域が増えていく訳だ。
時間を掛ければ掛けるほど自分が不利になる。それを理解したのか奴の身体を増殖した黒い靄が覆っていく。
そしてその姿が次の瞬間には掻き消えた。
そして気付いた時には俺の背後に現れている。
前に俺達の警戒を掻い潜って優里亜に接近した時のようだ。
初見でこれを回避するのはまず無理だし、一回や二回くらい見ただけではその兆候を完全に把握するのは難しい。もはや攻撃を放たれたら避けられない位置にいる敵に対して俺が何をするか。
「はい、ご苦労さん」
答え何もしない。だって既にその対策はしてあるから。
「……!?」
背後にその気配を感知した瞬間、奴の視界が途切れた時に設置していた背中の装置が起動する。パンっ! と風船が破裂するような音と共に中に入った液体が周囲に飛び散り至近距離にいた奴は躱しきれずにまともにそれを浴びる。
「おおおおお!?」
聖水を全身に浴びたことで多くの黒い靄が掻き消えてその下の肉体を晒している。その人間によく似ている体に対して俺は振り返りながら横薙ぎの剣を振った。
その攻撃に対して残った黒い靄が反応した。集まってどうにか防御しようと壁になり、そのまま素通りするかのようにあっさりと防御を散らして斬撃が体に叩きこまれる。
手応えあり。俺の斬撃は奴の片腕を両断していた。
そのまま追撃したかったが、流石にそれを許してくれる甘い相手ではなく後ろに引かれてしまう。
「どうだ? 一本で三百万円もする浄化効果付きの剣のお味は」
そんな言葉を投げかけながら爆裂玉も同時に放る。流石に下がることを選択した奴はこちらに近付いてこようとしない。これだけ動きが読まれていることで警戒せざるを得ないのだろう。
「せこいな、その黒い靄は復活するのかよ」
動かなくなった奴は身体を覆う黒い靄が徐々に元に戻っていっていた。
どうやらあれは補充可能な代物のようだ。
動いている間は補充していないことから察するに、そのためには集中する必要があるってところだろう。
動きながらやられたら厄介極まりなかったがそうでないのならいい。
「なら俺も準備させてもらおう」
もうバレているので隠すことなく背中に新しい装置を付けた。これの中身は当然聖水である。
センサーが付けられていて範囲内に何らかの接近を感知したら中に入った聖水がバラまかれるもので、この機構は外崎さんを始めとした研究者達の協力で完成したものだ。
こちらがその他の準備を終えてもまだ動かない試練の魔物。だったら聖水を撒きながら折角なので自慢させてもらうとしよう。
「お前の転移は初見殺しだ。仮に一度や二度見たとしてもその兆候も隙も少ないから正確に見切るのは困難を極めるだろう。正に必殺って感じの技だな」
だがそう言う俺が実際にこれを見たのは前の一度だけ。それなのにどうして転移すると分かっていたのか。答えは簡単だ。
「お前に片目の視力を奪われたおかげで俺は近接戦に不安が出来た。現に今の咄嗟の攻撃も僅かに間合いを測り間違えたせいで右腕を斬るだけしかできなかったからな。ああ、そうだ。俺は確かに弱くなった。悔しくて情けなくて何度も何度もお前に負けた時のことを悪夢で目の当たりにして魘されたほどだよ」
そう、何度も何度も現実だけでなく夢の中ですら負けたあの時のこと詳細に思い返すほどこの半年の間はずっとそれだけを考えてきた。
「要するにまともに間合いが測れなくなった俺でも問題ないくらいに入念な反省と対策をしてきた、それだけさ。そしてその対策につぎ込んだ金額は幾らだと思う? 億を超えてるぞ」
聖水も爆裂玉もダンジョン産のアイテムだ。当然のことながら産出する数はそう多くなく安くもない。
いくら稼げる探索者でもこんな風にばら撒くよう使っていたら破産は免れないくらいに。
だけど安心するといい。俺にとってお前はそれだけの相手だ。全財産を消費するどころか借金する勢いで集めたアイテムはまだまだ底をつくことはない。
「俺はお前に勝つためにここにきた。その言葉を違える気はない」
復活した黒い靄が奴の全身をまた覆ったのを確認した時点で今度は俺から突っ込んでいく。
先ほどまで迎撃ばかりだったこちらの突然の行動だったが、それに動揺するほど試練の魔物は温くはなかった。
両手を大きく振ると黒い靄が奴の前から津波のように発生してこちらに迫ってくる。
面での攻撃なので回避する場所は下がるくらいか。あるいは下がってもこの波は部屋を埋め尽くすかもしれない。地面に触れた部分は消えているがその隙間は通り抜けられるほどではない。
「でも聖水によって消える」
聖水をばら撒いて自分の前の黒い靄の波を消滅させる。だがその一瞬の内に奴は姿を消していた。
転移。だが背後の装置に反応はない。
(見える範囲にもいないなら残る場所は一つのみ!)
聖水まみれの周囲を嫌がるあいつが現れる安全な場所。
それは俺の頭上。
空中には聖水が残っていないので奴は黒い靄を消されることなく存在していられる。更に先ほどと同じ動作で黒い津波を今度は下に向かって放とうとしていた。
これなら黒い靄は地面の聖水に触れることなく先の俺に当たる。
仮に自分のいる地点だけ安全を確保しても地面に撒いた聖水で消しきれない波が四方八方から押し寄せることだろう。
俺が一度に撒ける聖水には限りがあるので物量差で負ければ押しつぶされかねない。
「そうだよな。そう考えるよな」
ここまで予想通りだと笑えてくる。なまじ知恵がある分、こいつの行動は読みやすかった。
そう、その行動をこちらに誘導されていると気付かない時点で勝負はついている。
俺の頭上を取った奴の更にその上、天井に設置した装置を起動させる。
「簡易聖水スプリンクラー作動開始」
俺にしてみればただのスプリンクラーだ。
だが奴にとっては猛毒の雨に等しい。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!」
突如として降り注ぐ聖水を全身に浴びて奴は雄叫びを上げた。だがそれでどうにかなる状況ではない。
そしてもう黒い靄の津波の大半は降り注ぐ雨によって綺麗に浄化され俺と奴の間を遮るものは存在しなかった。
ブーストアイテムによって強化された肉体が俺の意思に応えて跳躍する。試練の魔物もどうにか反応しようとするが、副作用を恐れずに二重の強化を施した俺の速度は前よりも早かった。
それ故に奴は読み違える。前回の戦闘を覚えているからこそ予想よりも速い俺の行動に対して迎撃しきれない。
俺の浄化の剣がその胸を貫いた。奴の手が俺の残された左目に触れるよりも先に。
もう片方の視力を奪って光を奪えば勝てると判断したのだろうか。もはやその答えを知ることはないだろう。
「なんだか拍子抜けするくらいに完勝だな」
まだまだ奥の手もあったのだが使わずに終わってしまった。試練の魔物特効のものばかり用意して作戦も奴専用のものと言える。それが運良く嵌ってくれたようだ。
それでも念のために地面に落下した後に予備の浄化の剣で頭や体などを地面ごと貫いて縫い留めておく。ここまですれば実は生きていましたとか復活するとかもないだろう。
その証拠なのか先ほどボスを倒した時には現れなかったダンジョンコアがいつもと同じように宙に浮いた状態で姿を見せる。よかった、どうやらこれで終わったようだ。
「……試練はまだ終わっていない」
「!?」
あり得ないその声に振り向くが奴の口は動いていない。それでも浄化の剣でその首を刎ねた。
オーバーキルとか言ってられない。何かされる前に終わらせなければ。
胴体と首が離れたと思ったら全身が崩れていく。ただ消滅したのではなく黒い靄となってその場に漂っていた。
それは浄化の剣で斬っても聖水を掛けても効果が見られない。
(くそ、第二段階とか他の時にはなかったはずだろ!)
何か特別な条件を満たしてしまったのか、それともこの個体が特別だったのか分からない。
分かるのはこれで終わりではないということ。
黒い靄が浮き上がってダンジョンコアに吸い込まれていく。すると深紅に光っていたダンジョンコアがどす黒くその色を変化させていった。
この状況でダンジョンが消滅してしまうなんて言ってる場合ではない。俺はすぐさまダンジョンコアに浄化の剣を叩きつけたがあり得ない硬さで弾かれてしまう。
「くそが!」
ならばと大量の爆裂玉を投げつけた。普通のダンジョンコアを砕くための威力としては十分どころか過剰そのもの。
普段ならお釣り出るどころかお釣りの方が多いレベルだ。
だがそれでもコアに傷一つ入ることない。どうすれば、そう考えた次の瞬間にそれは起きた。
黒く染まり切ったダンジョンコアが落下するとそのまま水面に落ちたかのように地面に消えてしまった。
いったい何が来るのか、警戒することしかできない俺の背中の装置が突如として何かに反応して作動した。
(後ろ!?)
振り返る前に脇腹に凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされる。訳の分からないまま弾丸のように飛んで俺はボス部屋の壁に叩きつけられるのだった。
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