幕間 戦闘狂共のストレス発散
混濁した闇の中、意識が浮上していくのが分かる。
どうやら自分は意識を失っていたようだ。
(気絶させられたのか。てか、この感覚も久しぶりだな)
「目が覚めたようですね、輝久」
「……うっす」
目を開けて上体を起こす。そして思い出した。
そうだ、自分はキャッスルゴーレムの魔石を賭けた争奪戦をしていたはずだ。
まあ実際にはそれを名目にして、あの夜一と戦いたかっただけだが。
そしてその戦闘で俺は最初に脱落したのを理解する。なにせ目の前ではまだ、あの二人が存分にやり合っているからだ。
(……てか、体が重い)
覚えのある嫌な感覚を自覚しながら思い出してきた。
俺は夜一が使う弱体化の剣に幾度も斬られてステータスを低下させられて、付いていけなくなったところに奴の拳を受けたのだった。
教授が回復薬を掛けてくれたらしく傷もダメージもないが、どうやらそのステータス低下の影響はまだ残っているらしい。
(AGIとVITを強化する剣を選んだってのに一撃でノックアウトかよ)
顔面に迫る奴の拳はほとんど目で追えなかった。
そして速さだけでなくその威力の高さも、この状況から嫌でも察せられるというもの。
しかもあれで手加減をしていたはずだ。
こっちは全力で向かっていったというのに。
「くそ、ムカつくな」
それだけの強さを手に入れたあの夜一。
そしてなによりその相手に手も足も出ない弱い自分に。
「兄貴はどうですか?」
「それなりに善戦はしていますよ。弱体化の剣とやらは攻撃を当てないと効果を発揮できないようで、AGIを強化することで対処しています。それで今はあれです」
教授が指さす方には獰猛な笑みを浮かべながら殴り合う二人の姿がある。
その表情は非常に楽しげであり、兄貴のそんな顔を見るのは久しぶりだった。
少なくとも俺が相手をしても、兄貴はあんな顔を浮かべることはしない。
ましてや円環闘法なんて絶対に使わないのだ。
何故ならそうすると俺が攻撃を受け止められないから。
B級の魔物にも通用するような圧倒的なその攻撃力を真正面から受けて止めて、なおかつピンピンしている。
それどころか面白いと言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべて戦っている奴の姿を見て、改めてバケモノだと思った。
(椎平とか朱里はあんなの奴のどこがいいんだ? あいつらなら他にもっと良い男が選びたい放題だろうに)
人の好みについて意見するような野暮なことをしたくはないが、あれを見ればそう言いたくなるというものだ。
「その妙な戦術も前より随分と研ぎ澄まされてるみたいだな!」
「妙な戦術ではなく円環闘法だ!」
戦闘中のはずなのに楽しそうな会話を挟みながら弱体化の剣を振るって兄貴の身体に傷を付けようとする夜一。
それに対して兄貴は主にAGIを強化して攻撃を受けることなく回避している。
俺の攻撃を受けた時のように受け流す選択を取っていない。
その理由はおそらく受け流すという選択肢が危険だからだ。
弱体化の剣の攻撃を受ければ、その分だけデバフを受ける可能性が高まる。
それが積み重なれば、今でさえ大きいステータスの差が決定的なものとなってしまうことだろう。
(夜一は兄貴を回避に専念させて他の選択肢を取らせないつもりだな)
兄貴がAGI以外にステータスを振り分ければ、反撃も可能かもしれない。
だがそれだと弱体化の剣を受ける可能性が高まる。
あの剣は何度も受ければステータスの低下が酷くなり、それに伴って肉体が重くなっていくのだ。
しかもそれによって普段との感覚のズレが生じるので、受ける側からすれば厄介極まりない効果である。
いくら円環闘法でステータスが低下することに慣れている兄貴と言えでも、影響なしとはいかないだろう。
それが分かっているからこそ、兄貴もその剣の一撃もくらわないためにAGIを高めているのだ。
ただそうは言っても一方的に攻撃をされている訳ではない。
数少ないカウンターのチャンスを見極めて、瞬時にSTRに振り分けた攻撃を繰り出している。
もっともその反撃を奴も待っているのだが。兄貴が攻撃に転じる瞬間を虎視眈々と狙っているのが奴の眼を見れば分かる。
STRにステータスを振ればVITは減少する。それ即ち攻撃のチャンスなのだから。
互いに相手の隙を狙って、牽制を繰り返している。
それは一見すると互角の戦いのように見えるが、実際は違うのは兄貴も分かっていることだろう。
「どうやら夜一君は他のアイテムを使うつもりはないようだね」
「兄貴相手に余裕かましやがって。本当にムカつく野郎ですよ」
回避するしかない兄貴に対して、夜一は他の戦い方がいくらでもあるはずだ。たとえば先程も使っていた爆裂剣とやらを投じるとかだ。
あれは爆裂玉を強化したようなアイテムなはずだから、物理攻撃と特殊攻撃の両方の側面を持っている。
つまり幾ら兄貴がVITを固めようとも、それでは威力を完全に打ち消すことはできないのだ。
その攻撃で削っていけば自分が有利になるのにやらない。
それは余裕の表れだった。
負けることが嫌いなあいつは滅多なことでは敗北を容認することはない。
きっとこの意味のない勝負でも勝つ気満々だろう。
だからあいつはそれでも負けないと思っているということである。
「本当にこの短期間で頼もしくなっていますね、彼は。まあライバルのあなた達からすれば、それは素直に喜べないかもしれませんが」
特に強さなどに拘りがない教授は奴が圧倒的に強くなったことに対して何も思っていないようである。
だが逆に使用するアイテムなどには鋭い視線を向けて観察していたが。
どうも教授の関心は錬金術や、それを利用して生み出される錬金アイテム。
そしてダンジョンを作り出した存在である神族とか御使いとかのようだ。
同じパーティメンバーであっても、それぞれ好みや関心事は大きく異なる。
俺からすれば御使いとかなんてよく分からない存在については割とどうでもいいが。
(戦い時の弱点とかなら知りたいけど、その目的とかは知ったこっちゃねえからな)
おそらくは兄貴も俺と近い考え方だろう。
もっとも繚乱の牙のリーダーの立場からして、それを表立って言うことはないだろうが。
そんな兄貴がここ最近、見たことがないほどに楽しそうに闘争本能を滾らせている。
(いつかぜってーボコしてやる!)
それを見て俺は、嫉妬と羨望の混じった自分では認めたくない感情を奴に向けるのだった。
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