第三十六話 魔物の津波
ボス部屋に入るとこれまでに現れたような魔物が、これまでとは比べ物にならない数となって現れて押し寄せる。
マグマタートル、スカーレットリザードマン、火走蜘蛛、火達磨、灼熱ゴーレム、竜魔人にetc……これまでのD級までの炎系の魔物のオンパレードと言っても過言ではないだろう。
それらが協力して津波の如く、たった四人の探索者に襲い掛かってくる。
その津波を受け止める最前線を張るのは他でもない俺だ。
ただし今回は十八番となっている爆裂剣は使えない。常に炎が吹き荒れるこのダンジョンの環境だと、手に持っているだけで剣が暴発する危険性があるからだ。
(そこが爆裂剣の弱点だよな)
以前のアイスドレイク戦の時もそうだったように、特定の環境下では迂闊に使えないのが爆裂剣の困ったとこではある。
もっともそれを補って有り余る威力を誇っているので、要は使いどころの問題だろうが。
そんなこともあって今の俺の錬金剣には別の素材が錬金されている。
それはこのダンジョンで倒した火達磨の魔石だ。
この火達磨という魔物は区分としてはゴーレムなどと同じである種の魔法生命体だからか、頑強な身体に加えて生半可な損傷では活動を停止しない。
更に蓄熱吸収という特性を有していて熱や炎をほぼ無制限に吸収できるのだ。
しかもその吸収して蓄えた炎や熱をエネルギーとしてHPやMPが自動回復をするおまけ付き。
炎も熱もダンジョンから無限に供給されるこの場においては、最強クラスに厄介な特性と言えるだろう。
だからこいつを倒す時は圧倒的な攻撃力などで一気に破壊し尽くすのが鉄板である。
そうでなければ永遠に回復されて、果てのない持久戦を強いられることになるのだから。
まあその分、攻撃方法は突撃だけとか攻撃力に乏しい面もあるので、難敵ではあっても強敵ではないのだが。
でもだからこそ、その素材を利用した錬金剣も同じような強力な特性を発揮できる。
もっとも錬金剣の場合は吸収した炎などで回復できるのは刀身などの武器そのもののみで、使用者は回復できなかったが。
でも今はそれで十分。
なにせ壊れやすい錬金剣でも完全に破壊されない限りは、このダンジョンではほぼ無制限に使用し続けられるということだから。
押し寄せる魔物を剣の一振りで数体まとめて始末する。
それで刀身が欠けても、周囲と倒した魔物から吸収した炎や熱によって一瞬で元通りになる。
それを見届けることなく次々と斬撃を放って前へと進む。
普通は魔物の津波に呑み込まれたら押しつぶされるだけだが、今の俺なら周囲の全てを斬り伏せることも可能だ。
「ははは! そうだ、もっとこい!」
残念ながら冷却ローブを装備していると周囲の熱は吸収できないようなので今は脱いでいる。
だから今の俺はこの灼熱地獄の炎や熱をその身に浴びている状態だった。
そんな一般人なら一瞬で焼け死ぬ環境においても、俺は楽しげな笑い声をあげて剣を振り続ける。
本来なら積み重なって邪魔になる死体も、アルケミーボックスに収納すれば問題にならない。
だから俺はまるで暴風雨のように魔物を蹂躙しながら、素材を回収するのも忘れずに魔物を斬り捨てていく。
そんな風に前に突出し過ぎている俺に対して大半の魔物はヘイトを向けて襲い掛かってくる中、あまり多くはないがそうではない魔物も存在している。
それを迎え撃つのは入口付近でそれを待ち構えている陽明と輝久だ。
その二人が余った敵を迎え撃つ壁となって、その背後に控える教授には指一本たりとも触れさせない。
そのおかげで教授は悠々と長い詠唱を唱えられて、強力な魔法の発動も問題なく行える。
そうして十分ほどの、戦闘においてはあまりに長いと思える詠唱を終えた教授の魔法が遂に発動した。
「氷雪地獄」
発動したのは氷の全体攻撃魔法。
全体攻撃の文字通り、この部屋にいる全ての敵に対してその猛吹雪は効果を発揮した。
MIDが低い魔物は一瞬で凍りついて死亡し、そうでない魔物も多くは弱点攻撃によって少なくないダメージを受けている。
更に体のどこかが凍って動きが鈍っている個体が大半だった。
「さすがだな、教授」
本来の氷雪地獄は発動すれば猛吹雪によって自分以外のフロア全体、つまり味方もろとも巻き込んで発動する魔法なのだ。
だから本当なら俺や陽明、輝久もこの魔法を受けているはず。
だが教授のジョブである魔道探究者は追加で詠唱をすることで、敵だけにダメージを与えるというような特定の方向性を魔法に与えられるのだった。
「よし、ここで終わらせるぞ」
氷雪地獄によってフロア全体が凍りついており、火炎地獄は無効化されている。
つまり今なら炎や熱を利用する魔物も、その力を全く発揮できない状態な訳だ。
更に凍りついて動きが鈍っているのだから、俺達からしたらもはやカモでしかない。
これまで教授を守るために壁となっていた陽明と輝久も攻勢に出て魔物を蹂躙していく。
そこから魔物を全滅させるのには一分も掛からなかった。
大体一度に百体前後の魔物が出現するのだが、この四人に掛かれば短時間で一匹残らず掃討完了である。
「これで《《第一波》》は終わったな」
「ああ、次もそろそろじゃないか?」
こいつらはボスではないので死体が残る。
つまり素材となるので、一つ残らず回収して回ったのが終わった辺りでそれはきた。
陽明の第一波という言葉通り、このボス戦の前座の魔物の群れは一度では終わらない。
大体三~五回は同じように魔物の群れが出現するのだ。
幾ら出現するのがD級までの魔物とはいえ、これだけの数の魔物とほとんど休みなく連戦をするのは普通のD級探索者には酷である。
だからこそ生半可なD級探索者では、この火炎地獄ダンジョンをクリアすることは叶わない。
高難易度のダンジョンと称されるのもこれが最大の理由だろう。
だが俺や繚乱の牙からすれば、この程度では止まる理由にならない。
既に教授は次の氷雪地獄の詠唱を開始しており、陽明や輝久もそれを守るべく動き出している。
それに遅れることなく、俺も攪乱及び敵の数を減らすべく誰よりも前に立って魔物と相対する。
残念ながらこのパターンは余程のことがなければ崩れない。
何故なら教授には魔力回復が可能な錬金術師の指輪も渡しているので大魔法を連発してもMP切れになることはないのだから。
残る可能性としては俺や陽明達がミスして、詠唱中の無防備な教授を妨害するのを許してしまうことくらいだろうか。
だがそんな間抜けな行動をするほどこの場に居る奴らは甘くはない。
「全部の階層がこれだったなら素材回収的に最高のダンジョンになるんだけどなー」
「アホか、てめえ。それだと俺達以外がまともに一フロアも攻略できねえクソダンジョンになるだろうが」
最後のフロアだけ大量に素材確保が可能なことを残念に思ってそう呟いたら、それを耳ざとく捉えていた輝久に否定されてしまった。
まあそれはごもっともなので反論のしようもない。
(まあ、いいや。この後には待望のボス周回も待ってるからな)
残念なことにここのボスを倒してダンジョンコアにボス魔石を返還しても、再召喚されるのはボスのみ。
つまりこの前座の魔物の津波は味わうためには最初からもう一度、このダンジョンを攻略するしかないのだった。
そうしてまたしても現れる炎系の魔物の群れ。
それらが炎を纏って押し寄せてくるのを見ながら、俺はまた笑みを浮かべながら荒れ狂う魔物の濁流の中へと飛び込んでいった。
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