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幕間 愛華の逃走と逆走

 どこからともなく現れたあの黒い靄を纏った何か。先輩は試練の魔物と呼んでいたがあれもダンジョンのボスなのだろうか。


(分からないけど先輩が焦っていた。しかも私達を守れると言い切らなかった。それだけ危険な相手なんだ)


 そんな相手に私達が出来ることなど何もない。ならばせめて足手まといにならないようにするしかない。


「ちょっと、いい加減に立ちなさいよ!」


 それなのに先程から鳳が立ち上がろうとしない。どうにか他の経験者組が引きずっているが、そのせいで逃げるのが遅くなっているのは明白だった。


「無駄だよ。どうせ俺達は追いつかれて殺されるんだ」

「あんたね、そうならないために先輩が足止めしてるんでしょ! 助けられておいてどうしてそんな風なのよ!」

「うるせえ、お前達は知らないからそう言えるんだよ。あの試練の魔物ってのはなあ、あの化物みたいに強い八代夜一が片目を失って負けた相手なんだよ! しかも他にC級が七人もいた上でだぞ!? それをたった一人で足止めなんて無理に決まってる!」


 あいつがそんなとんでもない相手だったとは知らなかった。しかも先輩と因縁のある相手。でも今そんなことは関係ない。


「うるさい! んなことごちゃごちゃ言う前に立って歩け! 逃げる気がないのならここで一人で残ってろ!」


 そう言いながらも見捨てられずに引きずっていく。


 背後から爆発音のような轟音が何度も響いてくるが振り返らずに進む。振り返ったって今の私には何もできない。だったら先輩が稼いでくれた時間を無駄にしないためにも進むしかないじゃないか。


「俺だって調べたんだ。自分を指導する奴がどんな相手なのかって。確かにあいつは片目を失う前までは剣豪として活躍してた。周囲から日本で五人目のB級探索者になるのはあいつだろうって密かに言われるくらいに」


 それなのにこいつはブツブツうるさい。ぶん殴ってやろうか。


「その全盛期だった頃に八人パーティで挑んで惨敗だぞ。そんな相手にまともなスキルが使えない錬成術師で戦って勝てる訳ねえだろ」


 本当はここも聞き流すつもりだったけど気になる言葉があって聞き流せなかった。


「ちょっと、まともなスキルが使えないってどういうこと?」

「なんだ、知らないのか。錬成術師ってジョブはどうもそのジョブで手に入る以外のスキルは使えなくなるらしいぞ。だから今のあいつは戦闘系のスキルは全く使えないはずだ」


 言われればこれまでで先輩はスキルを使って戦ったことはなかった。相手が弱すぎて使う必要がないのかと思っていたが、もしかしてそもそも使うことができなかったというのか。


 そんなまともに戦えない状態でも私達を逃がすために命を懸けて戦っているというのか。そしてそれを知っていてこいつはまだこの態度なのか。


「もういい」

「ぐへっ!?」


 座ったままなので狙いやすいその顎を目掛けて全力で蹴り上げた。VITが高いって話だからこれくらいでは死にはしないだろう。後頭部から勢いよく地面に倒れ込んで意識を失った鳳を他の人達と協力して担ぎ上げる。


 変に抵抗されるくらいなら気絶してくれた方がまだ運びやすい。


「とにかく急ごう」


 この中で特にランクが高い訳でもない私の指示に対して皆、反感を示さずにすぐに従ってくれる。これなら行ける。


 幸いなことに来た道は覚えていた。何故か頭が妙に冴えて記憶力が良くなっている気がする。これもステータスの効果なのだろうか。


 そんなことを考えながら私達はお荷物を抱えながらも道を間違えることなく進んでいった。





 ようやく外に出た瞬間、体が急に重くなる。外に出たことでステータスが半分になって元の身体能力に戻ったようだ。


 だが間に合った。先輩が時間稼ぎをしている間にどうにか脱出できたのだ。


「皆さん、無事だったんですね」


 転移石とやらで先に脱出していた外崎さんが駆け寄ってくる。そして私達を見て先輩がいないことを確認していた。


「やはり八代特別顧問は足止めをしているんですね?」

「そうです、先輩が一人で残って。早く救援を呼ばないと」

「既に関係各所に連絡は行なっています。ただ余程近場にいなければここまで救援に来るのにはまだ時間が掛からざるを得ないでしょう。それに敵はC級パーティを撃退してみせた試練の魔物です。相手をするのにはきっとそれ相応の準備が必要になる」


 だとすれば救援はまだしばらく来ないのだろうか。その間もたった一人で先輩はどこまで耐えられるだろう。


 何とかならないのか、本音ではそう思っていても何も言えない。何もできない私が文句を言う資格などないと思ったのだ。


 だから出来ることは祈ることだけ。


 少しでも早く救援が来てくれることを。

 先輩がどうにか耐えてくれることを。


 そう思った次の瞬間、何かが空から降ってきた。速過ぎて輪郭すらまともに捉えられないような凄まじい勢いで降ってきたそれはダンジョンの入口近くに着弾する。


 その衝撃で周囲にいた何人かが吹き飛ばされて地面を転がっていた。


(い、いったいなんなの? まさかダンジョンの外にあの試練の魔物が出てきたとか!?)


 急な事態に上手く働かない頭ではそんな答えしか思い浮かばなかった。だとすれば先輩はどうなったのかと焦りばかりが募る。


 そんなこちらの焦りなど関係なく舞い上がった土煙が晴れていく。するとそこには試練の魔物ではなく一組の男女が居た。しかも何か口論している。


「あんた一人で先にいくなんて優里亜に恨まれるわよ! 私が先行するからせめて哲太は優里亜が来るのを待ってからにしなさい!」

「ふざけんな! 自分の身の可愛さに仲間を見捨てるなんてこと出来るかってんだ! 椎平も同じ気持ちだからこそここまですっ飛んで来たんだろうが!」


 その口ぶりから救援に来てくれた探索者だと推測できる。運が良かった、近くに救援要請に応えることができる探索者が二人もいたなんて。


「……私は知らないわよ。後であの子に死ぬほど怒られなさい」

「承知の上だよ。それでも今度こそ俺はパーティメンバーを守るって決めたんだ。んなことよりも……ここに外崎って人はいないか!? 救援にきたので詳しい話を聞かせてくれ! 他にもその場にいた人で状況が説明できる人が居たら協力してくれ!」

「はい! 先輩は一人で残って試練の魔物を足止めしています!」


 誰よりも先に手を上げて分かっていることを話す。すると二人の視線がこちらに向けられた。


「彼女は?」

「夜一の会社での後輩よ。あなた、簡潔に事の経緯を説明してもらえる?」


 女性の方だけ何故か私が後輩だと知っているのが少し気になったがそんなことよりも優先することがあるので、その疑問は押し殺して答える。


「私は新人の五十里愛華といいます。先ほどまでは先輩の指導で探索者としてのこのダンジョンで実地訓練をしていたのですがダンジョンボスを倒した後に急に試練の魔物という奴が現れました。私達を逃がすために先輩は一人でボス部屋に残ったままのはずです」

「了解、ボス部屋ってことは一番奥ね。哲太、最速で行くわよ」

「待て待て! お前、このダンジョンのボス部屋までの最速での行き方が分かってねえだろ! 俺も知らないし道案内がないと迷って無駄な時間を食うだけだぞ」


 その言葉にまた私は手を上げる。


「それなら私、ボス部屋までの行き方を覚えてます。先輩に案内されるままだったので最速かどうかは判断付かないですけど」

「いや、夜一は自分の興味ないことでは無駄を嫌う奴だからな。だから恐らくそのルートが最短かそれに近いはず。悪いが君、道案内を頼めるか?」

「分かりました」

「即断即決か。いいな、気に入ったぜ。念のためこれをやるよ」


 そう言って哲太さんと呼ばれていた人は何かを投げ渡してくる。


「転移石だ。可能な限り守るつもりだが万一がないとは言い切れない。命の危険を感じたらそれを使って脱出するんだ」


 貴重な物という話のはずだがポンと簡単に渡される。いったいいくらするのか少し怖いが命には代えられない。足手まといにはなりたくないし案内が済んで役目が終わったのなら危険を感じた時には躊躇することなく使うとしよう。


「そんでもってそっちの人、悪いが俺達は救援を急ぐから脱出の際や俺達の着地の衝撃で怪我した奴がいたらこの体力回復薬(ライフポーション)を飲ませるかぶっ掛けてやってくれ。後で金を請求するなんてせこいことはしないから変に我慢とかさせないでな」


 かなり重そうな袋をどこからともなく取り出すと近くにきていた外崎さんへと手渡す。その外崎さんが目を白黒させているところから察するに普通ではない本数が入っていそうだ。


「それじゃあ失礼するぞ」

「待って、私がやるわ」

「ん、そうか。まあ男の俺よりもそっちの方がいいわな」


 私はまだ何も言っていないのだが、勝手にそう決まって私は椎平と呼ばれていた女性に担ぎ上げられた。


「魔法で風除けだけは張るけど口を開けたら舌を噛むから進む方向を指さしすること。いいわね?」

「は、はい。分かりました」


 ピリピリとした有無を言わさぬ迫力に頷くしかない。


「よし、行くわよ」


 その言葉は最後まで私の耳に届かなかった。それどころか周囲の景色がまるで早送りでもしているかのように急速に後ろに流れていっていた。


「この先の左右はどっち?」


 必死になって右を指で指し示す。余計な事なんて考えている余裕はない。魔法のおかげで風圧は感じないがすごい速度で景色が後ろに流れていくので、記憶にある道順と合致させるだけで精一杯だ。


 途中で現れたビッグラットなんて相手にされずに踏みつぶされて終わる。もはや邪魔にすらなっていない。


 チラッとだけ後ろを見れば哲太という人もこの速度に難なくついてきている。とんでもない人達だ。強い探索者はこれほどまでに人間離れしているのか。心強い。


 だけど同時にこれだけ凄い人達が八人いても敵わなかったというのが現れた試練の魔物という話だったはずで、だとすればいったいどれほどの強さをあの魔物は有しているのだろうかという不安も頭をよぎる。


「下から戦闘音が響いてくるわね」

「ボス部屋の外にまで衝撃や音が届くなんて随分と派手にやってるみたいだな」

「これならまだ間に合うわ。急ぐわよ」


 本当ですかと口を挟みたいがそんな余裕はない。ただ道案内をする置物となって更に少し、私達がそれなりの時間を掛けて脱出してきた道を四分の一以下の時間で踏破してしまう。


 そして辿り着いたボス部屋の前はさっきまでとは完全に別物になり果てていた。ボス部屋に続く扉は吹き飛ばされていて存在していない。その残骸らしき破片だけが周囲に散っている。


 地面や周囲の壁もまるで爆弾でも爆発したかのような罅割れや破壊痕が幾つも存在していた。


 いったいどれほどの戦いがあればここまで地形が変化するというのか。しかもこれでまだボス部屋の外なのだ。戦いが行われているはずのボス部屋はもはやどうなっているのか想像もできない。


「道案内助かった、ありがとう。だが君はここまでだ」

「あとは私達に任せてあなたは安全なところに避難しなさい」


 本当はギリギリまで離れたところから大丈夫かなのかを確認したかったが、これを見るに私なんて戦闘の余波だけで何回も死ねるだろう。邪魔にしかならないのだから避難する以外に選択はない。


「分かりました。あの、私なんかが言えることではないかもしれませんが先輩を助けてあげてください。お願いします」

「勿論だ」

「大丈夫、何があっても夜一は助ける。約束するわ」


 その言葉を信じて懐の転移石を取り出して使用しようとしたその時だった。


 ボス部屋の壁を突き破るようにして破壊した何者かがこちらに接近してきたのは。


 そして私はそこで驚愕の光景を目にすることになった。

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[一言] >確かにあいつは片目を失う前までは確かに剣豪として活躍してた。 「確かに」が二重になってます
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