第三十五話 深層 火炎地獄
火炎地獄と呼ばれているこのダンジョンの本番が始まるのは深層からといっても過言ではない。
それは深層から出てくる魔物の強さが上がることや、その数が増えることだけが原因ではない。
(明らかに普通は人間が生きていける環境じゃないよな、これは)
目の前に広がるのは燃え盛る地面。
これまでは無機質なコンクリート的な床だったのに対して、ここからは火山の中のようなゴツゴツとした岩に近い床になっている。
その上、炎で燃え盛っている過酷な環境となっているだけでなく、所々の亀裂が入った箇所から猛烈な炎が時折噴き出る始末。
当然そんな環境なので何の対策もしなければ息を吸うのも困難な、まさに地獄のような環境がそこにはあった。
その地獄へと足を踏み入れた俺達四人だったが、その様子は別に辛そうでもなんともない。
「へー、このローブはいいな。まるで熱くねえ」
氷華を錬金して、冷却のローブとなった装備を身に着けた輝久がこの暑さの中でも汗をかくことなく平然としている。
以前に作ったものは氷華のサイズを大きくし過ぎたせいで装着者が凍りつきかけるなんてこともあったが、その失敗を生かして最適なサイズを模索して作った甲斐があったというものだろう。
「熱や炎に耐性を付けるのではなく、この環境でも涼しくなるのがいいですね」
「炎耐性とかだと耐えられても熱いことに変わりはないからな」
教授も陽明も好感触なようでなによりである。
もうこいつらには錬金術や御使い関連のことなど隠すことなく話してある。
だから錬金アイテムを隠す必要もないので、こうしてそのうちの幾つかの性能を試してもらっているという訳だ。
と、そこで侵入者を感知してダンジョンが魔物を召喚する。
現れたのはD級のスカーレットリザードマンと爆熱百足が三体ずつ。
深層では数種類の魔物が現れて様々な連携をしてくるので、これは驚くべくことでもなかった。
「百足は俺がもらいます」
輝久が先ほどと同じように水の剣を作り出すと先陣を切る。
燃え盛る地面をものともせず、地を這って進んでくる巨大な百足。その大きさは巻き付けば人を絞め殺すことも簡単なサイズである。
そんな相手に対して輝久は水の剣の力を使うことなく迎え撃とうとしている。
あれでは多少の傷を負うだろうが、どうやらあえてそうするようだ。
三体の爆熱百足の先頭の個体が噛みつこうとする。その頭部に輝久の剣が突き刺さり、その次の瞬間にその百足の全身が爆発した。
この爆熱百足は一定のダメージを受けると自爆するという非常に厄介な特性をもっているのだ。
そしてその背後にいた他二体の爆熱百足も連鎖するように形で爆発して、至近距離からそれを受けた輝久へと炎と衝撃が襲い掛かる。
だが煙が晴れて、その姿を現した輝久は無傷だった。ただし身に着けていたローブはボロボロになっていたが。
「なるほど。これは便利だわ」
「だろ?」
爆発により激しい光があろうと俺の錬金真眼は見逃さない。
輝久が爆発を受けて傷ついた肉体を、回復の指輪を使って瞬時に治療していたのを。
回数制限はあるものの、薬を飲む手間もなく自分の好きなタイミングで回復できる便利さ。
それを輝久もしっかりと堪能したようで満足げである。
残るはスカーレットリザードマンだが、こちらは陽明があっという間に接近して瞬殺していた。
胴体の掌を添えるように当てて、零距離で発する一撃。
発勁だか寸勁とかいう名前の拳法の技だっただろうか。
しかも陽明はただの打撃ではなく、攻撃する瞬間に衝波というVIT貫通のスキルを合わせている。
それらが合わさったことでスカーレットリザードマンは硬い鱗に覆われた肉体でも耐え切れず、その口や目などから血が溢れ出して倒れていく。
外傷が全くないので素材を利用するという点からも最高の倒し方だった。
「スカーレットリザードマンに少しなら触れても熱くならないみたいだな」
最後に残ったのは爆熱百足を再召喚しようとしていた魔術師タイプのスカーレットリザードマンだったが、あいつの前ではそれを許してもらえる訳がなく仕留められていた。
何事もなく無事に仕留めて戻ってきた陽明は感想を述べてくる。
打ち合わせしていた通り、錬金アイテムを試してもらうこともあって俺は手を出さなかったが何も問題はなかった。
まあこいつらは繚乱の牙の一軍なのだからそれも当然だが。
「そういや爆走百足は凍らせて仕留めれば良かったか?」
「別にいいさ。どうせまた後で出てくるだろうし」
替えの冷却ローブを輝久に投げ渡して、俺はそう答える。
爆熱百足は凍らせるなどして体温を一定よりも下げて倒せば爆発しないので、素材を回収したい場合はそうする必要があるのだった。
「それで感想は?」
「ローブも悪くねえが、それ以上に回復の指輪が良過ぎだな。前衛の好きなタイミングで回復できるのが最高だわ」
「効果は同じでも回復薬は飲む行為が必要な分、どうしても隙を生み易いからな。それがないのは俺としても助かる。回復役が必要なくなりそうという心配はあるが」
「指輪でも何度も使うと効果が鈍くなるそうですし、強敵相手にはどちらも必要になりますよ。それにこの指輪があれば回復役もある程度は安心して攻めにも回れるでしょう」
輝久が絶賛して、陽明が仲間の回復役のことを心配しながらも賛成。
それに後衛の魔法使いの教授が問題ないと太鼓判を押している。
「ローブの方だが効果は有用だな。アイテムによって色々な特性を込められるそうだし、こういった特殊な用意が必要なダンジョンでは非常に役に立つだろう。ただ防御力皆無なのが難点だがな」
「それは下に鎧とかを装備するとかでカバーしてもらうしかないな」
ローブは重ね着での装備はできない仕様となっているが、他の防具となら併用可能だ。
だから陽明が指摘した防御面は別の装備でカバーする方向になるだろう。
そうやって錬金アイテムの使用感などを確かめた後、俺は試したかった検証を行なうことにする。それは氷華についてだ。
やることはとても単純で、氷華を火炎地獄と化しているダンジョンの床に撒くだけ。
冷却がダンジョンの環境に対して、どのような形で効果を発揮するのかを見てみたかったのである。
(小さかったり数が少なかったりすると冷却効果が弱いせいか、逆に氷華の方が壊れてしまう。だけどこれならどうだ?)
アルケミーボックスから大量の、しかも大型の氷華を取り出して床へこれでもかとばら撒いていく。
すると最初の方の氷華は床の熱に負けてしまったのかあっという間に壊れて消え去ってしまったが、その数が増えるほどに壊れる速度が遅くなっていく。
そしてある一定の数を超えた辺りで氷華は壊れることなく床に積み上がり始めた。
あれだけ炎を噴き上げていたダンジョンの床は静まり返っている。
試しに冷却ローブを脱いでみたが、予想通りまるで熱くなかった。
それどころか大量の氷華が近くにあるせいか肌寒いくらいである。
「つまり氷華を大量に用意できれば火炎地獄も怖くはないってことだな」
「ここの魔物は噴き出る炎を吸収して回復や強化を図る奴もいるからな。敵の有利なフィールドを無効化できるのなら、攻略は前より容易になるだろう」
俺からするとあまり意味のない情報だが、繚乱の牙とすれば有用だろう。
たとえば先程の新人などでも氷華があれば深層まで連れてくるのが容易になるかもしれない、などで。
(それにここ以外の似たような環境のダンジョンでも使えるだろうしな)
経験値や素材的には旨くても、特殊な環境のせいで人気のないダンジョンは世界でもそれなりの数は発見されている。
錬金術と錬金アイテムがあれば、今後はそう言ったところも狙えるようになるかもしれない。
「さてと、それじゃあ次に向かうか」
氷華で火炎地獄を無効化できるのは分かったが、魔物が存在していればまた話が変わってくるかもしれない。
D級ともなればそれなりに賢い魔物も現れるし、そういう奴らがどう対処してくるのかなど確かめたいことは幾らでもある。
「なあ、スカーレットリザードマンとかに冷却ローブを被せたら効果あんのかな? あいつは蜥蜴だからか氷魔法とかにも弱いし」
「確かに効果はあるかもしれないが……あの耐久力だと被せたところですぐに壊されるだけじゃないか?」
「そもそもの話、装備ではなく被せただけで効果を発揮するのでしょうか?」
その辺りのことは試してみないと分からない。
だから俺達は色々と検証を進めながら、深層の攻略を進めていき、予定通り最後のボス部屋へと到達するのだった。
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