第三十三話 弱体化の薬と中層突破
本人である俺を置いて、何故か実力を見せることが決定されていた。
無論の事、断ろうとしたのだが、陽明に押し切られてしまったのだ。
だがせめてもの抵抗で模擬戦は行なわずに、次の階層で魔物と戦う姿を見せるということにする。
「どうしてそんなに模擬戦を嫌がるんだ?」
「それはお前がやっただろ。それに受けだけってのは性に合わないんだよ」
これは嘘であり、本当はそんなのに時間を掛けたくなかったからである。
先に進むために魔物と戦うのは絶対にやる必要がある行為だから、要は効率の問題である。
それなのに陽明は別のことを心配していると思い込んだようだ。
「確かに攻撃ありだと加減を間違えて怪我をさせかねないのは分かるぞ。だけどそれなら弱体化の薬を使えば良いだろう? 持っていないのなら俺のを渡すぞ」
「生憎と余るほど持ってるけどお断りだ。あれは感覚が鈍るから嫌いなんだよ」
弱体化の薬。
名前の通り飲用すればステータスに一時的な弱体化が掛かる、普通の魔物討伐には全く使い道のない錠剤だ。
なにせこれは魔物相手に飲ませても、その効果を発揮しないのだから。
要するに利用方法としては探索者を弱らせることだけしかないのである。
だから犯罪者となった探索者を捕縛した後の輸送する際に、これを大量に飲ませて抵抗できないようにするとかが主な使い道だ。
なお、もう一つの代表的な使い道もあるにはある。
それは探索者が何らかの理由で自身の力を弱めたい場合だ。
話は変わるが、新婚旅行に向かった勘九郎はこの薬を大量に持っていったらしい。
どういうことに使うために持っていったのかは野暮になるので言わないでおくが。
なにより藪をつついて蛇を出すなんて御免だし。
当然ながらこの薬もダンジョンのドロップ品だ。
だからそれほど安くはない上に数は余りあるほど存在する訳ではない。
ただ特定の魔物からドロップする以外にも、宝箱などに大量に入っていることもそれなりにあるから、手に入れるのはそこまで難しくない。
ちなみに錬金アイテムではなかったのでこれは俺でも作れない。
なので俺も手に入れるためには買っている。
そんなこんなでなし崩し的にD級パーティを引き連れて15階層に進んだ俺だったが、そこでもやることは何も変わらない。
現れたD級の魔物である火走蜘蛛という炎を纏った糸を吐いてくる奴を一撃で殴殺する単純作業である。
むしろステータス的にも圧倒的なのに加えて虫殺しもあるせいで、若干力加減を見誤ってしまったくらいだ。
魔物の肉体の大半が吹き飛んでしまっている。
それを見てドン引きしている様子のD級パーティと新人君の視線を感じながらも、俺はガン無視して素材を回収した。
というか新人まで何故引いているのだ。
お前は上級探索者としてどちらかと言えば、こちら側でなければいけない立場ではなかろうか。
「さてと、余計なイベントを挟んで時間を食ったな」
約束通り実力を示したので、俺達は呆然としているD級パーティを置いて十六階層へと進んだ。
まだ中層は半分にも到達していないし、ここからが本番である。
といってもその後は特に問題は起こらなかった。
基本的は俺と輝久達が交互に戦って、魔物を討伐したら次の階層に進むのを繰り返すだけだったし。
そうして中層の最後である四十階層、このダンジョン合計では八十階層に到達する。
「……て、また竜魔人かい」
なんと現れた中層のボスは、なんと浅層のボスと全く同じ魔物だった。
まあ浅層でこいつが現れた方が異常事態だったようなものだし、今度は二体同時の出現なので完全に一緒でもないが。
ただし結果については何も変わらないだろう。
浅層のとは違って、出現と同時に竜鱗装甲というスキルを使って全身の防御を固める二体。
このスキルはドラゴン系の魔物が有していることが多いスキルで、発動してから一定時間はVITとMIDを大幅に強化するというものだ。
その強化率はスキルレベルに応じて変わるが、ドラゴン系の魔物はスキルも強力なので元の50%ぐらい強化されるとは思っておいた方が無難だ。
その分、MP消費は激しく効果時間も短いが、ただでさえ頑強なこいつらの防御が強化されるのは面倒だった。
これまでの俺だったのなら。
D級上位でステータスを90と想定して、そこからスキルで増加する分を加えても150には届かない。つまりどうやっても俺とは100以上の差がある。
(これだけで負ける要素は皆無だからな)
先頭の竜魔人が口から炎を吐いてきているが、それを回避することなく懐へと一気に潜り込む。
耐熱のローブを着ているし、この程度の炎なら大したダメージにもならないのだから。
そのまま前と同じように胸に一撃を加えるが、スキルで強化されているからこれで終わりとはならなかった。
だから追撃で掌底を顎下からアッパーカット気味に叩きこむ。
その威力で竜魔人の鋭い牙が折れて宙を舞うのを視界の端に捉えながら、止めの蹴りを空中に浮いているその身体へと放つ。
そのまま仲間がフロアの壁に叩きつけられて動かなくなったというのに残った個体は動じることはなかった。
それどころか仲間が稼いだ時間で更なるスキルを発動したのか、その鋭い爪が赤く発光している。
(竜爪撃か)
一撃だけ、相手のVITやMIDを貫通して一定のダメージを与えることが可能なドラゴン系の注意するべきスキルの一つだった。
ただ同じ系統の竜牙撃よりは発動が速い分だけ威力が下がっているが。
その回避すべき攻撃を見て、俺はすぐに決断した。
全力で迎え撃つと。
(200越えのステータスでも防ぎきれないのか試してやるよ!)
固く拳を握りしめ迫りくる爪へと一撃を放つ。
そして両者の攻撃が交錯した瞬間、俺の腕は敵の爪が当たった指を起点にズタズタに切り裂かれていった。
その範囲は二の腕辺りまで進行して止まる。
対する竜魔人の爪も無事では済まなかった。
俺の拳の威力に耐え切れずに無残に砕けて、竜爪撃の赤い光も消えている。
見た感じだと痛み分けといったところだろうか。
ダメージを受けた瞬間に俺は装備していた錬金術師の指輪の効果を発揮する。
中に込められているのは体力回復薬であり、その効果が発動した瞬間に一気に傷ついていた腕が逆再生でもしているかのように治っていく。
そうして受けたダメージを回復した俺は宙を舞っている先程倒した個体の牙を掴むと、容赦なく自慢の爪を砕かれて動揺している奴の頭へと突き立てた。
「ご苦労さん。おかげでいい実験になったよ」
これまでにも回復薬を込めた錬金術師の指輪、通称回復の指輪の効果は試していたのだが、やっぱり実戦で試しておかなければならないと思っていたのだ。
といっても生半可な相手ではダメージを受けることも無かったので、今回のこの竜爪撃は丁度いい実験対象となってくれた形である。
「さて、これで中層は突破だな」
残るは深層のみ。
そしてこのダンジョンはここからが本番だった。
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