第三十二話 追い越し行為と陽明の武術
転移門が稼働したから魔物との戦闘は終わっているのは確実。
だから俺達が先に進んだところで危険はないはずだった。
そう、魔物相手という意味では。
「おい、誰かきたぞ」
先行していたD級パーティは全部で四人。
男が三人と女が一人のパーティだった。
どうやら今は魔物を倒し終わったばかりで、これから素材を剥ぐところだろうか。
「お前ら、何者だ?」
ただ俺達が追いついたことで、その手は止めている。
そしてその対応は正しい。
なにせここはダンジョンなのだ。
仮に俺達が何らかの目的をもって襲撃する可能性も皆無ではない。
探索者の中には魔物相手ではなく、同じ探索者を狙って行動するような不届き者も存在しているのだから。
警戒しているD級パーティを尻目に、後続の陽明達も続々とやってくる。
そのメンバーを睨んでいるD級パーティの面々だったが、陽明を見たことで幾人かが驚きに表情を変化させた。
「もしかして……『鉄人』?」
「え! マジかよ!? 本物か?」
繚乱の牙のリーダーであり、C級探索者の中でもトップクラスの実力を誇る陽明は名も顔もそれなりに知られている。
もっとも本人はその『鉄人』という異名をあまり好んでいないはずだったが。
案の定、またかといった様子で苦い顔をしている。
だがそれも一瞬のことですぐに表情を切り替えた。
「突然すまない。だが君達に害意はないからその点は安心してくれ。それで悪いんだが、追い越しをさせてもらえないか?」
ここでいう追い越しとは、このD級パーティよりも俺達が先に行くというものだ。
そうすれば俺達はサクサク進めるし、このD級パーティも後ろで待たれることもないのでお互いに良いことではあるはずだ。
もっとも理論的にはそうであっても心情的には中々難しいところがあるのが、この追い越し行為である。
なにせ要するにこれはお前達が弱くて遅いから先を譲れ、と言っているようなものである。
魔物なんて化物を日頃から相手にしている探索者は、そのほとんどが自分の腕に多かれ少なかれ自信を持っている。
というかそうでなければやっていけないと言っても過言ではない。
そんな探索者からしてみれば、こういったダンジョンで追い越し行為をされることはある種の屈辱である、という風に感じる奴もいるのだった。
そのせいで追い越しするかしないかで揉めるケースもあると聞く。
しかも今回は休憩中なら先を活かせてほしいとかではない。
つまりどう言い訳のしようもないほどに俺達の方のペースが上だと示しているのである。
案の定、一人はあからさまにイラっときた顔をしており、他のメンバーも渋い顔をしていた。
「勿論、先を譲ってくれるのなら礼はさせてもらう」
本来ならそんなことをしなければならないなんてルールはないのだが、陽明は自分なりに誠意を見せようとしているようだった。
それを見て渋い顔をしていた一人が仕方ないという風に大きな溜息を吐く。
「分かったよ。先を譲ろう」
「おい、リーダー!」
イラっとした様子だった探索者がリーダーに思わずといった様子で反論する。
だがリーダーは首を振ってダメだと示した。
「実力不足を認められないことの方が探索者としては致命的だぞ。悔しいのは分かるが、ここは諦めろ。この人は俺達よりもずっと強い。深層までいけてない俺達が先に居たら邪魔なのは厳然たる事実だ」
「……チッ!」
リーダーの鶴の一声であちらのパーティの方針は決定したらしい。
思ったよりも揉めずに済んでなによりである。
俺も輝久も揉めたら実力で分からせるつもり満々だったし。
「すまない。それで礼についてだが、魔物の素材で問題ないか?」
「ああ、貰えるだけありがたい話だからな」
リーダーと陽明が交渉して、ここの深層で出てくることが多いフレイムシェルの素材を提供することで話は済んだ。
あれは加工すれば火に強い盾とかになるので、それを使ってこのダンジョン攻略に役立てるのだろう。
そうして無事に交渉は終わって、それどころか紅一点の女性が陽明にサインを強請っているくらいに場が和やかになる。
と、そこで終わりかと思ったのだが、まだ約一名が納得していなかったらしい。
「ちょっと待ってくれ。あんたらが強いのは分かったけど、そんなに攻略ペースが違うのかよ? 俺達だって今日はかなり良いペースで進んでたんだぞ」
「ちょっと、やめなって」
無事にサインをもらった女性が止めるも、男は止まらなかった。
「だって俺達が弱いって言われてるようなもんだぞ。実際にそうでも言葉だけで、はいそうですか、なんて納得できねえよ」
「そりゃ気持ちは分かるけどさ……」
気まずい雰囲気が流れ始めて、どうやら俺や輝久の出番が来てしまったかと思ったが、その前の陽明が動いた。
「なら、その実力を見せれば納得してくれるか?」
その言葉をきっかけにして、なんと陽明とその男の模擬戦が急遽この場で行われることが決定した。
ただし陽明の方は一切攻撃せずに防御だけで相手の攻撃を受けきるという条件で。
(相変わらず人の良い奴だな)
このダンジョンで新人を鍛えていることからも察しがつくが、陽明は後進の育成に関して熱心な奴なのだ。
今回もこのままでは目の前の男が不満を溜め込んでしまうだけだと察知して、その発散をさせられる場を作ってやったのだろう。
なにより上との実力差を教えてやることで、今後の目標となる指針を示そうとしているに違いない。
だから万が一にでも相手に怪我をさせないように攻撃をしないという縛りである。
本来ならこんな模擬戦で時間を使いたくないというところだ。
だがあの陽明が防御だけとは言え、対人戦をしている姿を見られるのであれば俺としても否はない。
そうして始まった模擬戦という名の陽明の攻撃不可の防戦だったが、その勝敗はすぐに決定したと言ってもよい。
なにせ男が武器である槍でいくら攻撃しても、その場から微動だにしない陽明に傷一つ付けられなかったからだ。
最初の内は魔物ではなく人間相手に武器を振るうことに気の進まない様子を見せていた相手だった。
だが何度か攻撃して、目の前の相手の異常性に気付いた頃から遠慮がなくなっていく。
陽明のジョブは第三次職の戦士長、HPとSTRとVITにそれぞれ4の補正がある、バリバリの物理型の職業だった。
その中でも陽明は、VITを上昇させるスキルや体の周りに透明な障壁のようなものを張り巡らせる簡易装甲というスキルで守りを固めている。
それだけでも生半可な攻撃は通らない上に、それだけではないのがこいつの怖いところなのだ。
「それでは受けに回るぞ」
そこから陽明は攻撃を受け(・・)始めた。
陽明は中国拳法を習っていた経験があるそうで、魔物との戦いでもそれを部分的に応用している。
円を描くような動きで槍の側面に掌を添えて軌道を逸らす。
すると攻撃はギリギリのところで当たらずに陽明の傍を通過していくのだった。
それは一見すると攻撃している側がワザと外しているのではないか。
そう思えるほど自然な形であり、それこそカンフー映画の達人の所業を見ているかのようですらあった。
更にそのまま槍を受け流すだけでなく、その勢いを利用するような形で相手は翻弄され続けて、最終的には槍を振り下ろす勢いを利用されて宙を一回転する羽目になっていた。
それでもD級探索者だから地面に叩きつけられることなく着地してみせたが、その顔を見れば勝敗はどちらに上がったのかは明白だった。
「……参りました」
その言葉で決着となり、お人好しの陽明は相手にアドバイスをしている。
それを見ながら俺は内心で良いものが見られたと喜んでいた。
(相変わらずの無駄のない動きだし、前より一層の研鑽を積んだのが分かるな)
武術など習っていない俺がその動きの全てを真似しようとしても無理だろう。
だが250という高いINTやDEXがあれば、自分なりにその動きを学習して活かすことは十分に可能なはず。
手や腕の使い方、力の伝え方や逃し方などを頭の中でイメージして何度も繰り返し流して観察する。
それに夢中になって、しばらく陽明達が何か話していたのを気にしていなかったら、
「夜一、次はお前が実力を見せてやってくれ」
「は?」
いったいいつの間にそんなことが決定したというのか。全く聞いてないし、そもそも了承していないというか、普通に嫌なんだが。
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