幕間 雑魚剣士と新人
八代夜一。
俺が兄貴と慕う陽明さんと親しい探索者であり、繚乱の牙のライバルチームだったノーネームの中でも異彩を放っていた男だ。
そして相変わらず非常にムカつく奴だった。降格処分に加えてランクもリセットされたという話なのに、人の神経を逆なでしてくるような言動。
なにより自分が俺よりも上だと確信しているかのようなあの憎たらしい態度。
(いつか絶対にぶっ飛ばしてやる)
何よりもムカつくのは、それが紛れもない事実であることだ。
久しぶりに相対しただけで理解させられた。
こいつは以前とは比べ物にならないほど強くなっていると。同じC級でも俺よりも強い陽明さんですら、一対一では確実に負けると断言していたくらいに。
その事実は認めたくないが認めざるを得ない。
それくらいにあいつは歴然とした力の差を感じさせたのだ。
(いったいあいつに何があったってんだ)
降格処分を受ける前も顔を合わせる度に揉めていたし、その際に何度も小競り合いのような形で手合わせをしたこともあった。
その際にも負け越すことが多かったことからも、あいつは俺よりも強かったのは認めるしかない。
だが今はそれこそレベルが、格が違う。
それこそ今のあいつが本気を出したら、俺など赤子の手を捻るかのように圧倒できるだろう。
(クソムカつくな。差を縮めるどころか、むしろより一層引き離されるなんてよ)
現実から目を背けていては強くなれない。
認めるべきことは認めなければならないのだ。
もっとも認めてはいても、歯向かうのを止める気は更々なかったが。
俺は性格の悪いこいつのことが心の底から嫌いだし。
目の前で次々と魔物を討伐して階層を更新していく夜一。
その魔物を討伐する速度は同じC級の俺から見ても早過ぎた。
しかもどれも圧勝であり、高熱の身体を持つ魔物に素手で触れても何も問題ない様子。
「VITどころかMIDの数値も高いな、これは」
「火炎魔法が放たれても何事もなかったように突っ込んでいって無傷ですからね。流石リーダーが強いと断言する人って感じで心強いくらいです」
あの規格外な様子を見て、出てくる感想がそんな呑気なものなのか。
どうやらこの新人はあの異常性をまだまだ理解できていないようである。
(バッファーとして優秀ではあるんだけど、やっぱりどこか抜けているというか、物足りないんだよな)
目の前で魔物を蹂躙してく異常者と比較するのが間違っているのかもしれないが、それでもどこかこの新人について力不足だと俺は感じていた。
別に性格は真面目だし、こちらの指示や指導にも素直に従って基本に忠実。
それもあって俺や陽明さん達よりもずっと短い期間で、C級まで順調に昇級している。
その功績と将来性を持って、こうして一軍入りを検討されているくらいに、その成長具合は順調そのものだった。
だけど、どうしても俺はこいつがこのまま一軍パーティでやっていけるとは思えないのもまた事実。
ただどうしてそう思うのかはうまく言葉にできないのだが。
そんなことを考えながらも順調に先に進んでいく。
なにせどんな魔物が出現してもほぼ十秒以内に奴が片付けてしまうのだ。これで順調にいかない訳がない。
(これだけの連戦。しかも休憩を挟まずに戦い続けたのに僅かも疲れた様子もなしか。これは本格的にバケモノになったな、この野郎)
新人の支援も回復も要らないと宣うだけはある。
そうして四十階層、浅層のボス部屋に相当する階層まで辿り着いた。
そこで出現したのは、なんと竜魔人。
ドラゴンの特徴を持ちながらも人の形をした、非常に高度な知能と強靭な肉体を兼ね備えた厄介なD級上位の魔物であり、浅層ではほとんど見かけてない強敵である。
「これは運がなかったですね。ここで初めて時間が掛かることになるかな」
「本気でそう思ってるのか?」
俺も兄貴も、そして教授もそうは思っていないのは顔を見れば分かる。
だがこいつはそれが理解できていないらしい。
「単体とは言え、相手は竜魔人ですよ? 負けないにしても、流石に今までみたいに瞬殺は……え?」
武器を取り出すこともせずに竜魔人に接近戦を挑んで、敵の攻撃を躱すと同時にカウンターの拳を振るう。
そしてその一撃を相手の胸辺りに叩きこんだだけで終わらせてしまった奴を見て、新人は信じられないというように目を見開いている。
瞬殺、圧勝、蹂躙。それらの言葉が相応しい、まさに圧倒的で一瞬の出来事だった。
地面に倒れ伏した竜魔人はピクリとも動かずに、完全に死んでいる。
全身を覆う頑丈な鱗には物理攻撃に対して高い耐性が発揮されるはずなのだが、それを持っても奴の攻撃を防ぐことは叶わなかったようだ。
「ふう、これだけやれば試験は十分か?」
「ああ、文句なしの合格だ。おめでとう」
兄貴も認めたことでD級への昇格試験合格は決定した。
というかD級上位の竜魔人を単独撃破したのだ。
これで合格しない訳がない。
(しかし武器を出すこともせずに、かよ)
強いは分かっていたが、改めて恐ろしいと言わざるを得ない。
せめて武器を使っている姿を見て、同じ剣士としてどれくらいの差が付けられたのか確認できるかと思ったら、それすら許されないとは。
「さて、ここからは俺達も戦おう。いつまでもお前に任せてばかりでは申し訳ないからな」
「それじゃあ次から交互にでもやるか。倒した魔物の素材は各々のものってことでいいだろう?」
魔物の死体を回収しながら、そんな呑気なことを話している奴の背後から斬りかかったらどうなるか。
不意打ちをイメージしてみるが、結果は惨敗だった。
どう奇襲を仕掛けても難なく対応されて、反撃される未来しか見えない。
そしてきっと、本気で反撃されたら俺も一撃で地べたを這うことになるだろう。たった今、目の前の竜魔人がそうであったように。
(ちっ、これじゃあ雑魚呼ばわりされても仕方ねえ力の差じゃねえか)
「……え、なんですか、あの人。ヤバくないですか?」
「今更だな」
あれがヤバイなんて俺達はとっくの昔から知っているし、こいつにもそのことはそれとなく教えていた。
それなのにここにきて、ようやくその異常性に気付いたらしい新人の言葉に、
(これは先が思いやられるな。こいつも、俺も)
色々な気持ちの込められた大きな溜息を吐くしかなかった。
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