第二十七話 繚乱の牙
最近椎平が五人目になったことからも分かる通り、探索者は上級になればなるほどその数は少なくなる。
となれば当然のことながらC級の数も多い訳がない。
そしてその少ない中でパーティを組む奴は更に限られていた。
何故なら探索者は下級の内はパーティを組む傾向が強いのだが、それとは別に上に行けば行くほどにパーティを組むのが難しくなるからだ。
その理由は単純で、前述の母数が少なくなること。
そして下手に強くなると生半可な仲間では足手まといにしかならなくなってしまうからだ。
後進の育成のためとか寄生を目的としているのでなければ、力量差があるパーティは効率が悪くなり易いのである。
上に合わせれば下のメンバーは付いていけず、かと言って下に合わせれば上はまともに経験値を得られないという風に。
だからこそC級でそれなりの人数のパーティを組んでいたノーネームや繚乱の牙、そしてルミナスは探索者界隈ではそれなりに有名だった。
その繚乱の牙だが、ノーネームは八人でルミナスも七人と少数精鋭だったのに対して、なんとその構成員は九十名ほどと数では一番多い。
もっともこの九十名全員がC級探索者でもなければ、探索者以外のメンバーも含まれているのだが。
(言うなれば繚乱の牙はパーティを超えてクランを形成している訳だからな)
奴らは都心の幾つかのビルを買い取っており、そこを主な活動拠点にしているはずだ。
その拠点にはダンジョンで採取してきた素材を解体する専門家や、素材を市場に流して儲けを出す商売人に至るまで様々な構成員が存在しているとのこと。
ダンジョン探索が活発な国では、こういうクランと呼ばれる探索者とその関係者がまとまった組織というかある種の組合的なものがそれなりに存在しているそうだ。
もっとも日本ではその数はあまりなく、繚乱の牙ほどの実力者が集まるところは他にないはずである。
その繚乱の牙だが、俺が知る限り一軍パーティの構成員は全部で六人。
その中でリーダーの陽明を除いて、顔見知り程度であまり俺と関わりを持つ人物はいない。
ライバルパーティ的な関係だったこともあって、あまり関わらないようにしていたし、なにより下手に顔を合わせると色々と問題があったからだ。
「てめえ、夜一! ここで会ったが百年目! 今日こそ決着をつけてやる!」
そう、こんな風に。
「止めろ、輝久」
「いや、でも兄貴!」
「最初に言ったはずだ。問題を起こすようなら帰らせるぞ」
「……分かりました」
いきなり喧嘩を売るような発言をしたのは、陽明を兄貴と呼ぶ繚乱の牙の一軍パーティの一人である鬼島 輝久である。
その輝久だが、兄貴と慕う陽明の言葉には逆らえないのか、不満そうながらも素直に引き下がった。
なお陽明のことを兄貴と呼んではいるが弟でもなければ血縁関係もない。
同じC級ではあるものの輝久は陽明のことを尊敬する相手としており、そのライバル関係であったノーネームやルミナス相手になると、こうして突っかかってくることが多かったのだ。
そしてノーネーム側にも売られた喧嘩や挑発を嬉々として買う奴が何人かいたこともあって、何度か無駄な小競り合いを起こしたこともあったものだ。
だからこそそれを避けるために関わらないようにしたという一面もある。
「輝久が無礼な態度を取って済まないね」
「いや、気にしてないよ。いつものことだし」
そう、いつものことだ。だからこの程度で怒ることはない。
「そう言ってくれると助かる。それと今日は色々とよろしく頼むよ」
「それはこっちのセリフかもな」
そう述べながら手を差し出してきたのは繚乱の牙の参謀と称される近藤 学。教授と呼ばれる細身で切れ目が特徴的な壮年の男だ。
この人物はダンジョン発生時、なんと実際に大学で教授として働いていたとのこと。
その立場を捨てて探索者となることを選んだ変わり者であり、そういう意味では勘九郎に近しいものがあるかもしれない。
もっとも教授が探索者になったのは身内に助けたい人がいたとかではなく、単純に知的好奇心を抑えられなかったかららしいが。
「ところでそっちの奴は?」
陽明、輝久、教授、そして残るもう一人が今回俺と共にD級ダンジョンの潜るメンバーとなっている……のだが残る一人は俺の知る繚乱の牙の一軍のメンバーではなかった。
「初めまして、俺は山下 和樹。最近C級に昇格して、一軍パーティに入ったばかりの新人です。よろしくお願いします!」
「ああ、よろしく」
まだ若い人物はそうやって丁寧に挨拶をしてきた。
その外見から察するに二十歳になったかどうかという年齢と思われる。それなのにC級になっていることから察するに優秀な人材ではありそうだ。
(ってよくよく考えれば、優秀でなければ繚乱の牙の一軍メンバーに選ばれる訳がないか)
他の一軍メンバーは他に用があるので不在。
つまり今回はこの四人が試験官も兼ねてダンジョンに潜ることとなる訳だ。
これから向かうダンジョンだが、その名も火炎地獄ダンジョン。
文字から察せられる通り、炎系統の魔物や罠が多いD級ダンジョン中でも屈指の難易度を誇る場所だ。
「それでこの後の予定だが、まずは夜一君の試験を終わらせようか。それで実力を確認した後に色々と改めて話をするのでいいかい?」
「ああ、それでいいよ。そうじゃないとそっちも色々と決められないことが多そうだしな」
色々と協力するにしても、俺の実力が前以上であることを示しておかないと話はスムーズにいかなそうだし。
なにせ言ってしまえば、こいつらは俺のことを利用して自分達の昇級を叶えるだけの力を手に入れたいのだ。
だから俺にそれだけの実力や利用価値があると確認することは必須。
こうして直接会ったことである程度の実力は分かるだろうが、それで全てを決定する根拠とするのはあまりに早計というものだろうし。
(俺としても五月蠅いのを黙らせる意味を込めて実力を示しておくのはアリだしな)
そう思いながら輝久を見ると、あっちもこちらを見てきた……というか睨んできていた。
「おい、なに見てんだよ」
「別に。俺に負け越してる雑魚がいるなって。なんなら今日もボコボコにしてやろうか?」
「……あ?」
気にしていないとは言ったが、喧嘩を売られて買わないとは一言も言ってない。
だからこれは俺の中ではセーフである。
「クソ夜一。てめえ、今日という今日は絶対にその面をボコボコにしてやるから覚悟しておけよ、こら」
「なら安心しろ。俺は優しいから手加減してやるよ。でもそれで負けると言い訳のしようがないから本気でやった方がいいか? 雑魚剣士ちゃん」
「……ぶっ殺す!」
危うくダンジョンに入る前からある意味で恒例のじゃれ合いが始まりかけたが、陽明と教授によって止められたのでそうはならずに済んだのだった。
察している方も多いかもしれませんが、一番嬉々として喧嘩を買っていたのは夜一です。(笑)
次点で朱里、椎平、薫の順番って感じです。
なお、両パーティリーダーの哲太と陽明はそれを止める側でした。




