第二十六話 D級昇級試験の内容と旧友の来訪
D級昇級試験は特に変わったものではなく指定されたD級ダンジョンで指定された魔物の討伐や素材採取を行なう、これだけ。
要するに他の昇級試験と同じである。
その際に試験官が付き添うのも他と同じなのだが、上の級になればなるだけ試験官は限られてくる。
それも当たり前だろう。だって仮に受験者が試験に失敗した際に助けに入れる力量が試験官になければ、両者諸共に魔物に殺されることになるのだから。
協会としても試験で死者を出すなんてことを容認している訳がなく、何かあっても大丈夫なように選ばれるダンジョンや試験官は色々と考えられているはずだった。
そう、普通ならそのはずだった。
「よお、久しぶりだな」
身長190センチ、体重は100キログラムを超える目の前の坊主頭の大男の名前は羽場切 陽明という。
俺と同じ探索者であり、腐れ縁の旧友の間柄だった。
「急に何の用だ?」
「それは次のお前の昇級試験の試験官は俺がやることになったから挨拶に来たんだよ。まあ正確には俺だけでなく繚乱の牙が担当することになった形だな」
アポイントもなく会社に急にやってきて俺を出せと言ってきたと思ったらこれである。
この言葉から分かる通り、こいつは繚乱の牙という名のC級パーティメンバー。
もっと言えばそのリーダーだ。要するにノーネーム時代の競争相手というか、ある種のライバルのような間柄の相手である。
「おいおい、なんで協会は競争相手だった相手に試験官なんてやらせるんだ? 普通、近しい相手とか問題が生じそうな相手は試験官に選ばないはずだろ」
たとえば俺の試験に元パーティメンバーの椎平などは選ばれることはない。
元パーティの誼とかで試験に手心を加えたり、そうでなくても採点が甘くなったりなどがあってはならないからだ。
それと同じ理屈で敵対的だったり競争関係にあったりする相手も除外される。
私怨で採点が辛くなったり、最悪の場合は試験にかこつけて相手を始末しようとしたりする可能性も否定しきれないからだ。
最大限安全に配慮するといっても魔物と戦う以上は命の危険はある。
それでも怪我はともかく死亡するまでいくことは滅多にないが、逆に言えば皆無ではないということでもあるのだから。
「それは簡単な話さ。なにせ俺の方から協会に頼み込んだんだからな」
「お前が? 冗談だろ?」
陽明は良くも悪くも単純な奴なので試験を使って俺を嵌めようなんて考えるとは欠片も思っていない。
だがそれと同時に用があったのなら、こんな試験官を受けるなんて回りくどいことなどしないだろう。
それこそこうして会いに来て頼み事をド直球で投げつけてくる、そんな奴である。
「正確には俺の意見じゃなくて繚乱の牙というパーティが頼んだ形だな。俺個人としては直接話をすればいいって思ったんだけど、それは却下されちまって」
繚乱の牙には優秀な参謀がいたので、恐らくはそいつの意見だろう。
そしてたぶんだがそれは間違っていないに違いない。
目の前のバカは道理とか理屈とか面倒だから考えないという正真正銘の考えなしだからだ。
それでいて直感は優れているから正解を引き当てる確率は高いというのだから厄介でもあるのだが。
「だろうな、まあいいさ。それでわざわざ試験官になったのと、会いに来た要件はなんだ?」
「そうだな、まずは試験の話だ。本来の試験ならそれほど難しくないD級ダンジョンを選ぶはずなんだが、お前さえよければ次に俺達が行こうとしているダンジョンでやりたいんで、その是非を聞かせてもらいたい」
そうして提示されたダンジョンはD級の中では最上級に危険度が高い、それこそ場合によってはC級に匹敵するようなものだった。
こんなところで試験を行なうなんて普通なら絶対に駄目に決まっている。それこそ確実に受験者を落とすとしているとしか思えないくらいだ。
「別に構わないけど、その理由は?」
だけど俺は即答で了承した。
そのダンジョンで出現する魔物の素材はどれも解析できていないものばかりだったし、その危険度に比例するように経験値的にも美味しい場所だったからだ。
もっとも経験値に関してはランクが上がってもステータスが延びないので、ステータス的には意味はないかもしれないが、ランクアップで新しいレシピが手に入ることを考えれば悪くない。
「この試験にかこつけて改めてお前の力量を確かめたいらしい。俺はそんなことする必要ないって思うんだが、他のパーティメンバーには反対されちまってな」
「俺の力量を確かめる? なんでそんなことする必要が有るんだ? まさか俺のことをスカウトするって訳でもないだろし」
ノーネーム時代にも何度か誘われたこともあるが全て断ったし、何度か断ったらそう言う話もしなくなったのに。
まさか今も諦めていなかったとでもいうのだろうか。
「スカウトではないさ。むしろその逆だな」
「逆?」
「ああ、そうだ。会ってみて改めて分かったけど夜一、お前は前よりも明らかに強くなってるだろ?」
「……まあ否定はしないな」
本来なら嘘を吐くところだが、野性的な勘が優れているこいつに下手な誤魔化しは意味をなさないので止めた。
それにこいつもC級の実力者なのだ。
目の前の相手の力量を測れないような間抜けではない。
しかも俺とこいつは昔からの知り合いなのだ。
その時との変化を感じ取れれば、自ずと今の俺がどういう状態なのかも理解できるというものだろう。
「どうせダンジョン狂いのお前のことだから、降格しようがランク1になろうが這い上がってくるとは思っていたんだ。だけど近頃の霊薬騒動やアイスドレイク単独討伐の件から察するに、どうも這い上がるなんてレベルじゃ済まない状態だって気付いてな。その上で、お前の元パーティメンバーの畔川椎平があっという間にB級に昇格ときたもんだ。ここまできてその異常事態を察知できない訳もないだろう?」
「なるほどな。それはごもっともな話だ」
どうやらこいつらもC級パーティとして独自の情報網は持っているだろうし、色々と知られてしまっているようだ。
もっともそれで脅しをかけてくるような奴ではないのは分かっているので焦ることはない。
「俺も繚乱の牙の奴らも時間と共に着実に成長しているのは間違いない。だけど長いことC級で留まってるのもまた事実だ。それをどうにかして打破したい。そのためにお前に力を貸してほしいんだ。要するに売り込みだな、これは」
だからスカウトとは逆と言ったのか。
つまりこれは繚乱の牙をスカウトしないかという話なのだろう。
「……要件は分かった。で、その見返りは?」
できないとは言わない。そんな嘘を言ってもこいつは見破るだろうから。
それに場合によっては一線級のC級パーティの協力が得られるようになると考えれば、これは決して悪い話ではない。
(ただでさえ人手不足だし、こいつらの協力は正直喉から手が出るほど欲しいからな)
とは言ってもここでの話し合いだけで決められることではないので、互いにできる範囲での協力することだけは決めて、詳細は試験の時に話すこととなったのだった。
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