第二十話 回復飲料の開発
とある日、会社の研究室で愛華と二人きりの時のことだった。
「おお、あの話が本決まりしたみたいだな」
回復薬入りの飲料水の開発の協力相手として選ばれた大手飲料水メーカー。
その企業の名前はヨントリーという、日本人ならほとんど誰もが知っているような超有名どころであった。
そことの契約が無事に締結されたと連絡が入ったのだ。
「あの緑茶の左衛門とか作ってる超大手企業ですか。凄い話ですね」
「単純な飲料水の開発のノウハウとかはあっちが上だからな。ウチとしても色々と学ぶことが多いだろうよ」
この話をあちらの企業に持っていった際は、それはもう凄かったらしい。
それこそ諸手を上げて歓迎されて、普通では考えられない好条件を提示されとか。
なんなら開発費用などもほぼ全てあちらが持ちでもいいとかいう意見もあったというのだから、この件がいかに影響力を持つのか分かるというものだ。
「しかも場合によっては特定保健用食品として売ることも考えてるらしい」
「飲むと体脂肪を減らす、とかいうのですか。でもそれって大丈夫なんですかね。確かに実際にスタミナを回復させる効果はあるでしょうけど、色々と手続きとか必要なんじゃないですか?」
「回復薬の成分とかは未だによく分かっていないからな。まあダメ元なんじゃないか?」
特定保健用食品は国に審査を出して許可を得る必要があるそうだが、そういうやり方も向こうは熟知しているので、率先して協力してくれているとのこと。
なお、本来は製品に含まれる特定の成分が発揮する効能みたいなのも詳細に分からないといけないそうなので、無理な可能性も十分あり得るらしい。
ただこの商品の販売戦略として、そのスタミナ回復効果が国に認められたという事実があるのは重要とのことで、専務を始めとした面々が日本政府に色々と働きかけているみたいだ。
(ダンジョン特許みたいにダンジョン産のものなら、ある程度は詳細が分からなくても効果を実証できればいい、みたいな例もあるからな。全く勝ち目がないってことでもないんだろう)
その辺りの面倒なことに関わるつもりはないので全て丸投げである。
というか既に俺の役割など素材となる回復薬を作って、必要な数を確保するくらいしかない。あとのことは外崎さんや専務などがどうにかしてくれるのでこっちとしては非常に楽でいい。
「有難いことに愛華も特別品を作れるようになってくれたからな。原料確保に関しては大分楽になったし、これからも頼むぞ」
「そう言ってこっちに押し付けようとしないでください。そもそも私が独力で作れる本数なんて高が知れてるんですから」
なにより作る度に謎の苦しみに襲われるので量産なんて絶対無理だと愛華は断言してみせた。
それでも毎日作っているせいか、最初の頃よりはその苦しみもかなり軽減されてきているとのことだし、いずれは一人で素材を賄えるようになりそうなものだが。
「それにしても作る度に軽減されるってことはその苦しみとやらは熟練度が関係しているのかね?」
「そうじゃないですか? だって確実にその数値が上がるごとに苦しみとか消費するMPとか減ってきてはいますし」
「でもそれだと他のレシピの際は同じ苦しみを味わうことになるってことだけどな」
「そのことは考えないようにしてるんだから言わないでくださいよ……」
沈んだ様子で愛華が呟く。
だがそんなこと言われても熟練度が低いと苦しむのなら、それは避けては通れないではないか。
「ズルいです。先輩は最初から全く苦しまないで錬金できるなんて」
「たぶん錬金術師の秘奥のおかげだろうよ。もしくはアルケミーボックスを利用しているせいもあるかもしれないな」
「なら私にもスキルオーブでそれをください! 借金してでも代金は支払いますから!」
あの愛華が借金すると言い出すくらいに、その苦しみとやらはキツイらしい。
つい先ほどまでも仮眠用のベッドの上で唸っていたし相当なようだ。
でも残念。与えてあげたくともスキルオーブの特性上それはできないのだ。
「錬金術師の秘奥やアルケミーボックスにスキルレベルはないから無理だな。諦めろ」
「うう、酷い。先輩がいじめる」
そんなこと言われてもスキルオーブに込められるのはレベルⅥ以上のスキルとなっているのだから仕方がないだろう。
このことからも分かる通り、どうやらスキルオーブを利用しても全てのスキルが手に入るということはなさそうだった。
今回のように中にはレベルが存在しないスキルは存在するので、そういうものは対象外とならざるを得ないのである。
「そんな可哀想な愛華にはほら、これをやるよ」
そう言いながら愛華にペットボトルに入ったある飲み物を手渡す。
「また何も言わずにステータスアップポーションを飲ませようとしているんじゃ……って、その容器だとそれはないみたいですね。ってことは試作品かなにかですか?」
「大正解。これはアルケミーとはまた違った飲料の試作品さ」
効果は飲んでからのお楽しみとして、とりあえず何も言わずに飲むように勧める。
若干の警戒は解かないものの、その言葉に従って試作品を口にした愛華は驚きで目を見開いた。
「これ、ミルクティーですね。しかもかなり甘いです」
「前に甘い方が良いって言ってたからな。ちなみにそれは魔力回復薬を混ぜてあって、精神安定の効果が見込まれるそうだ」
「ああ、だから飲んだ時になんだかホッとする感じがしたんですね。甘いし私は好きですよ、これ」
その言葉通り気に入ったのか、最初の時よりも二口目の方が多く口に含んでいるのが分かる。
まだ試作品なのだが、大分好感触でなによりだ。
だってこれに関しては愛華にも大きく関係してくるので。
「それ以外にもレモンティーとか色んな種類も開発中だし、アイスだけじゃなくホットもできないか試行錯誤をしているそうだ。それである程度の商品が開発できたら、今度ウチが支援して新装開店する喫茶店で提供する予定だからよろしく頼むぞ」
「そ、それってまさか……」
「ああ、前に話したあの件の話だよ」
その店の責任者の名前は五十里 圭司という人物だ。
それが誰かなんて今更、語るまでもないだろう。
「そういう訳だから、両親のために愛華も回復薬作成を頑張れよ。これらを作るためには特別品が必要不可欠だからな」
「ああ、ズルい! もしかしなくても先輩はそう言われたら私が頑張るしかないって分かってて言ってますよね!」
「なんのことだ? 心当たりがあり過ぎて返答に困るな」
別に無理しなくても俺が必要な数は提供するつもりだが、こう言われた愛華は性格上それをただ安穏と享受することはできないだろう。
下手に無理はせずとも自分で努力できる範囲では頑張るに違いない。
「なんだか先輩のいいように動かされている気がするんですけど」
そう言いながらジト目でこちらを睨んでくる愛華。
「でも悪い話じゃないだろう? 店が繁盛すれば、それだけ収入も多くなるんだし」
「……はあ、分かりました。私に出来る範囲で頑張りますよ」
そう言って愛華はこちらに向き直って、おもむろに頭を下げてきた。
「先輩、ありがとうございます。この恩は必ず忘れません」
「よし、言ったな。それならこっちも飲んでみてくれ」
真剣なその言葉と態度に、俺は笑いながら真面目な雰囲気をぶち壊す返答をする。
「ちょっと、こっちが真面目に話をしてるのに茶化さないでくださいよ……ってなんですか、それ? エグイ感じの茶色というか、もはや黒に近い色してますけど」
「ウチが単独で麦茶版を作ろうと失敗した奴らしい。沈静効果はあるんだが、苦みがとんでもないんだとか」
普通なら売り物にならないだろうが、こういうゲテモノも特殊な層には売れるかもしれないという意見もあったのだとか。
なのでこの機会に一般人探索者代表として愛華にテイスティングしてもらうとしよう。
口を付けるか迷いに迷った愛華だったが、もしかしたら売り物になるかもしれないという言葉に負けて、遂にはそれを口にする。
その瞬間、盛大に吹いて咽るのを見ながら俺は大笑いするのだった。
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