幕間 元医者の研究
用意されていたデータに一通り目を通して考える。
(……やはり回復薬が原因ではないな)
これまで社コーポレーションの専務を始めとした、回復薬を多く服用する人物は定期的に検査と状態確認が行われていた。
万が一、回復薬を摂取し過ぎで何かあった時のために。
夜一君もその内の一人であり、こうして彼を含めた幾人かのデータを確認させてもらったのだが、それで浮き上がるのは彼の異常性だった。
(社長や専務なども回復薬を定期的に摂取しているが、数値はいたって普通のものだ)
年齢に応じて血圧が高い人もいれば、低位の回復薬では治せない持病がそのまま残っている人もいる。
中には摂取する塩分量に気を付けた方がよさそうな人もいるが、今それは重要なことではない。
少なくとも、ここにあるそれらのデータを見て私が異質だと思うことはない。
数値的に改善した方が賢明な点はあっても、それくらいは人として生きているのならあって仕方がない程度のものだし。
それに対して八代 夜一という人間のデータは、よくよく調べると異常の塊だった。
(リセットした初期の頃はそうでもなかったのに、ステータスが100を超えた辺りからその傾向が顕著になっている)
心拍数、血圧、その他もろもろの数値が、まるで図ったかのようにほぼ一定になっているのだ。ステータスが100を超えた辺りを境にして。
一つ一つの数値自体は正常でおかしなところはなにもない。健康体であることしか示していないと言っていいだろう。
だがそれらを繋げて見ると、あまりに一定過ぎるのだ。
それこそ彼のデータを線グラフにでもすれば、ほぼ横一線になるくらいに。
人間であれば健康体でもその時々の体調やコンディション、または検査する時間帯によって何らかの差が出るものだ。
それこそ血圧など朝と夜では違いがあって当然なのに、それすらもほとんど同じ数値なのだから恐ろしくすらある。
本当に人間なのかと疑う気持ちすら出てくるほどだ。
(この分だと睡眠時の血圧すら乱れなく一定の可能性すらあり得るな)
そしてそれ以外の数値も同じようなものになるに違いない。
恐らくだが、これらの数値が彼が活動する上でベストな状態なのだろう。
本来ならそのベストの状態は常に維持できるものではない。どんなに一定に保とうとしても様々な内的外的要因によって乱れが生じるはず。
命が生命活動を行なう以上はそれが当然のことだ。
そもそも睡眠時など状況に応じてベストな数値が変わるはず。
だがそれを高まったステータスが許しはしないのではないか。
それらの乱れとなる要因などものともせずに、彼にとってのベストの状態を維持し続けているとしか思えない。
(あるいは肉体的なベストではなく、彼の望み通りの状態を維持しているのか? 探索者として、魔物と戦うのに最適な状態を維持している形で)
それは肉体が彼の望む形で進化しているようなものだ。
しかも非常識な精度で正確に、人という生命体としては些か以上に異常な形で。
でもそうでもなければ、ここまで一定の数値になる訳がないだろう。
「運動後でも数値に変わりはないのか。ステータスが高まれば全力で走っても息を切らすこともない。呼吸が乱れないから体内の酸素量などにも変化がないということか?」
でもそれだと血中の酸素濃度などはどうなっているのか。
また、活動することで消費したエネルギーのことも気になる。
彼は未だに食事を取っている。
つまりそこから活動するためのエネルギーを補給しているはずなのだ。
食事の量からして、摂取しているエネルギーにそこまで大きな変化はないはず。
だとすればそのエネルギーはいったいどこからくるのか。
「実に興味深い。可能なら他の上級探索者のサンプルもほしいところだな」
元々、探索者という存在は科学では説明しきれない不可思議さを内包しているものだ。
私だって数日間くらいなら睡眠を取らずとも脳の活動が衰えることはないし、傷の治りが常人の数倍は早いことがこれまでの研究で確認できている。
(肌が綺麗になるのはその派生とも考えられるし、ステータスの高い探索者が老いを感じさせないのも、その辺りに秘密があるのかもしれないな)
現在の科学では説明できない現象。
これらを解き明かそうとすることは、私にとって非常に心躍るものだった。
「とりあえず彼から提供してもらった血液サンプルを使って色々と試してみるか」
そして幸いにも最高のサンプル候補である八代夜一という男の協力が望めるのだ。
こうして研究用に血液を提供してもらっているので、それを存分に活用してダンジョンと、そこに隠された秘密に迫るとしよう。
(でも本当にステータスを高めると望み通りの肉体を手に入れられると仮定した場合、やはりその行きつく先はそれこそ神の領域なのでは?)
御使いや神族とやらが私達の考えているような神や天使と同じとは限らない。
なにせ彼らは自らの力に溺れて滅びの運命を一度は迎えているのだから。
(超常の存在。だけど決して全知全能ではない、か)
それらの高次生命体が果たして人を同胞として迎え入れるのかという問題もある。
たとえば我々が、仮に猿が進化して人語を話すようになった際に、全ての人がその進化を歓迎するのかという話だ。
絶対に中には下等生物のくせにと見下す奴も現れれば、その存在を危険視する勢力も現れることだろう。
それと同じことが起こらない保証はどこにもない。
(だとしても、もう二度と同じ失敗は繰り返してなるものか)
氾濫によって失いかけた最愛の妻。私は彼女とこれから老衰するまで生きていくのだから。
その邪魔となる可能性は何をしてでも排除しなければならない。
たとえそれが神族や御使いという超常の存在だとしても、だ。
「……まずは動物実験から始めるか」
とりあえず彼の血を他の生命体が取り込んだ場合のケースを確かめるとしよう。
他者に輸血した場合、そのステータスなどがどうなるかも可能なら調べたい。
やるべきこと、やりたいことが考えれば考えるほど出てくるのに苦笑しながら私はまずは研究用のマウスを使って実験を開始するのだった。
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