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第十話 探索者講習会 特別講習その1 ダンジョンボス戦 ジャイアントラット編

日刊ローファンタジーランキングで19位になったようです。ありがとうございます。

 ダンジョンにはボスが存在する。大抵は最奥の部屋で待ち構えておりそのボスを倒すことで初めてそのダンジョンを制覇したと言える。


 ちなみにダンジョンを消滅させるのはボスを倒しただけでは駄目で、そのダンジョンのコアを破壊する必要がある。まあ大抵はボスを倒さないとダンジョンコアが姿を見せることはないからそのためにはボス退治がほぼ必須条件なのだけれど。


「つまりそのダンジョンボスが俺の相手ってことですね」

「ああ、そうだよ。もし君がそのボスを倒せたのなら今後私は君に行動に口を挟まないと約束しよう。なんなら上に君の待遇を良くするように掛け合ってもいい」

「言いましたね? ここにいる皆が聞いているから後で言ってないとか通用しないですよ」

「勿論だ。条件は君が単独でここのボスを討伐する。私は君がギブアップするまで何もせずに見ている。戦闘不能になるかギブアップしたら君の負けで今後は私の指示に従ってもらう、でいいね?」

「いいっすよ」


 簡単に了承して何も考えていないのが丸わかりだ。まあその方がこちらとしては都合がいいので止めないが。


「他に聞きたいことがなければ始めるけど大丈夫かい?」

「へへっ、すぐに片づけてやりますよ」


 半笑いで自信満々のその態度はいつまで続くのやら。


「それじゃあ始めようか」


 俺達は鳳を先頭に扉を潜ってボス部屋に入った。


 このダンジョンのボスはジャイアントラット。ビッグラットを数倍大きくしたような並の人間よりも大きな鼠の魔物だ。そいつが部屋の中央で挑戦者を待っていた。


「で、でけえな。けど図体ばかりでかくたってなぁ」


 ボス戦はボス部屋に入った瞬間からスタートしている。つまり実力がない奴が無駄口を叩く暇などないし敵はそれを待ってくれない。


「ジイイイ!」


 ジャイアントラットが鳴き声を上げる。するとその周囲にどこからともなく現れた火の玉がいくつも浮かび上がった。


「え、な、なんだよそれ!?」


 鳳のその疑問に返答はなく代わりに複数の火の玉がプレゼントされることとなった。


「あぶね!?」


 流石にVIT頼りでそれを受けることはしなかったようだ。だがそうなるとその後ろにいた俺達に火の玉が降り注ぐことになる。それを無造作に剣で切り落として周りに被害が行かないようにした。


「ギブアップするかい?」

「ま、まだだ! これからが本番だ」

「ならもう少し離れて戦ってくれないか。こっちにまで攻撃の余波がくる」


 そうはいっても敵は待ってくれないので鳳がこちらを気にして移動などできないことなど分かり切っている。まあ実際にはこの程度の攻撃がきたところで何の問題もないので別に移動しようしまいがどうでもいいが。


「ああ、君達は怪我一つさせずに必ず守ると約束するから心配しなくていいよ。なんなら同期の勇姿を見て応援してあげるといい」


 そんな俺の言葉を煽りだと思ったのか鳳は顔を赤くしている。だからこちらを気にしている余裕なんてないだろうに。


「ジイイイ!」


 またしても火の玉が飛んでくるのを鳳が必死に左右に動いて避ける。だが今度はその行動を予想して放たれた最後の一射が鳳の足元付近に着弾した。


「ぐああ!」


 火の玉が爆発して鳳が衝撃に吹き飛ばされる。地面を転がるその身体のいたるところに火傷ができていた。


「あんなに効くなんて。ビッグラットの攻撃は何ともなかったのに」

「ボスってあんなに強いのかよ」

「見た目はデカいだけなのに魔法まで使うなんて雑魚と全然違うよな」


 火の玉から逃げ続けて奮戦する鳳の様子を見ている皆が驚いていた。まあこれだけ苦戦しているのには理由があるのだがそれを分かる人はいないようだ。


「そう見えるかもしれないけど彼のVITはあのボスの物理攻撃にも十分耐えられるものだよ」

「え、でもあの火の玉の攻撃であんなに苦しんでますよ?」

「それはあれが物理攻撃ではなく魔法攻撃だからさ。魔法攻撃の厄介なところは大半が物理と特殊攻撃の両方の特性を持っていること。つまりVITとMIDのどちらも高くないとダメージを防げない」


 ここまで言って五十里がハッとした。


「鳳さんはVITが高いけどMIDが低いってことですか?」

「まあそういうことだね。G級などの弱い魔物の大半は物理攻撃しかしてこない。だからランクが低くてもVITさえ高ければ意外とどうにかなってしまう。だけどボスになればそうはいかない」


 ちなみに物理も魔法も効かなかったらジャイアントラットは状態異常攻撃に移行するくらい知恵は持っている。G級とは言えボスなのでそれなりに攻撃手段は持っているのだ。


「なまじ高いVITのせいでこれまでの戦闘でも彼はビックラットの攻撃を躱さずに受けていた。だからいざという時になって敵の攻撃を躱せないし、躱した後の反撃の仕方も分からない」


 だからああして逃げ惑うことしかできない。遠距離攻撃をしてくる敵への対処の仕方も接近する方法も知らない。そしてそういった困難に大して対応できる柔軟性もない。


「よく憶えておくといい。ああいう状態になることをステータスに溺れるって言うんだ」


 ステータスの強みだけで活動しているといずれ誰しもがああいった歪で脆い探索者になる。そして大半はそのまま取り返しのつかない事態に陥ることになるのだ。


「あの、このままだと一方的に攻撃され続けるだけですけどああなったら勝ち目とかないんでしょうか?」

「いやいや、幾らでもやりようはあるよ。だけどそれを考えられるかどうかは本人次第。そして残念なことに彼はそういうことを考えてこなかったから咄嗟に思いつくのは難しいんじゃないかな? あれだけ避けることに必死だと考えている余裕もないだろうし」


 時折やってくる流れ弾を剣で切り落としながらのんびり話す。MIDの数値が低いということは精神的に脆いことの証左でもある。そんな奴が窮地に陥ってまともな思考ができる可能性は一体どのくらいだろうか。


 少なくとも俺にはそんなものがあるとは思えなかった。


「ぎゃああああ!?」


 案の定なす術なく避け切れなくなった火の玉の直撃を喰らっていた。


「あつい! あつい!?」


 こんなのは戦闘とは言えない。一方的に獲物として痛めつけられているだけだ。


 地面をのたうち回る鳳のことを脅威ではないと判断したのかジャイアントラットの視線がこちらに向く。どうやら奴は敵としてすら認識されなくなったようだ。完全にこちらにターゲットが移っている。


「ジイイイ!」


 これまで鳳に向けられていた火の玉の群れが今度はこちらにやってくる。だがそれだけだ。


「はあ、くだらない」


 こんな魔法は子供騙しのようなものだ。速度も遅ければ簡単に弾ける。


「まずはあっちとやってくれ」

「ジイイイ! ジイイイ!」


 余裕で対処されたことにムキになったのかジャイアントラットが何度も鳴いて火の玉の数を増やしていく。それはいいのだが、こちらに意識を向けすぎだろう。


「死ね、こらああああ!」


 いつの間にか起き上がっていた鳳はこちらが攻撃されている隙をついてジャイアントラットへと接近を果たしていた。その側面を突く形で剣がジャイアントラットの身体に食い込む。


「ジイイイ!?」


 集中を乱されたことで浮いていた火の玉が掻き消えた。魔法はああやって発動中などに邪魔されると無効化されてしまうので扱い方を注意しなければならないのだ。少なくとも仲間もいない単体で呑気に魔法を連発するのは普通なら愚策の極み。


「よくもやってくれたな、この野郎! ここまで近づけばてめえの魔法なんて怖くねえぞ!」


 近付けたのはこちらに注意が向いているからという割と卑怯な方法なのだがまあいいだろう。確かにあれだけ接近を許せば迂闊に魔法は使えないしその判断自体は間違っていない。


 全身に火傷を負って痛くて苦しいだろうがそれを我慢して鳳は剣を振るっている。ここで逃せばまた火の玉の嵐に晒されることが嫌でも分かっているからだ。対してジャイアントラットは距離を取りたがっているが必死に食らいつく鳳によってその目論見は中々成功しない。


 やはりVITは高いので物理攻撃なら耐えられるようだ。何度も引っ掻き攻撃や体当たりなどを受けているが、そういった物理攻撃は歯を食いしばって堪えている。その根性だけは褒められるべき点だろう。


 まあだからと言って勝てるかと言われればそんなことは決してないのだが。


 そろそろHPが半分ほど減った頃だろうか。大抵のボス戦はここからが本番だ。


「ジ! ジ! ジイイイ!!」


 急に距離を取ることを諦めたジャイアントラットは後ろ脚で立ち上がると弱点の腹が見えることも気にせず咆哮する。


「うるせえ! 鼠風情が、さっさとくたばりやがれ!」


 その腹部に向かって何度も剣を突き立てる鳳はそこにばかり目を向けて大事なことに気付かなかった。ジャイアントラットの足元から魔法陣が展開されていることに。その魔法陣は攻撃を受けても消えることなく完成すると何度も明滅するように発光する。


 するとその明滅する度に一体、また一体とその魔法陣の上にどこからともなくビッグラットが現れ始めた。


「あ、あれヤバくないですか?」

「ああ、不味いね」


 何体にも増えたビッグラットは自分たちが斬られることを恐れずに鳳に向かって突進する。ダメージはなくても何体ものビッグラットの突撃を受けて鳳はその場に留まっていられない。


「くそが、邪魔すんな!」


 そんな言葉を聞く敵はいない。まるで肉壁となるかのように増え続けるビッグラットはジャイアントラットと鳳の間を遮り続ける。そして気付けば十分な距離が開いていた。


「ジイイイ!」

「な、しまった!?」


 そうなればどうなるか答えは明白だろう。ビッグラットの壁で気付くのが遅れた鳳は味方を容赦なく巻き込んだ火の玉の雨霰に晒される。そしてそのままビッグラットと共に焼かれ吹き飛ばされた。


 流石に限界。これ以上放置すると死んでしまうかもしれない。


 吹き飛ばされた鳳が地面に叩きつけられる前にキャッチして確保する。ついでに火の玉やビッグラットも剣で捌いておく。


「さて、もう一度聞こうか。ギブアップするかい? しないのなら次は本当に助けないよ」

「……します。ギブアップ、します。だから、助けて、ください」

「分かった。じゃあ今後はこちらの指示に従うと約束するな?」

「はい、調子に乗ってました。もう生意気言いません。すみません、マジで許してください」


 完全に心が折れているのか半泣きになりながら助けを求めてくる鳳。まあ良い薬にはなっただろう。


「じゃあこれ」


 傷薬を頭からかけてHPを回復させる。これで全身の火傷も時間が経てば治っていくだろう。そのまま観戦していた皆のところまで連れて帰るとそこで下ろす。


「じゃあ片付けてくる」


 さっきから何度も火の玉を放ってきているジャイアントラットとの間には何十体、下手をすれば百体近くものビッグラットが立ちはだかっていた。それを見て思うことは一つだけ。


「意味ないっての」


 アイテムボックスから取り出した剣に魔力を込める。そしてそのまま横薙ぎに剣を一閃させた。それで終わり。


 肉壁ごと一刀両断されたジャイアントラットはあっさりと死亡した。大抵のボスは死んだ際に魔石だけを残して消滅するので残されたのはそれだけだ。


 コロンと地面に転がったそれなりに大きい魔石を回収して剣をアイテムボックスにしまうと観客の方に戻る。


「さてと、それじゃあこちらの指示に従うと約束していたことだし改めて指示を出そうか」

「う、ひっく、ひっく」

「おいおい、泣くなって。話が進まないだろう?」

「す、すみません」


 これで解決……で済ませるような優しい人間ではないのだ、俺は。


 そもそも俺は許すなど一言も言ってない。


「それじゃあHPが回復したら再戦してもらおうか」

「さ、再戦って……? え?」

「ん? 分かりにくかったか。回復したらもう一度、ジャイアントラットと戦ってもらうって言ったんだよ」

「……」


 信じられないという表情でこちらを見てくる鳳だが分かってないな。

 普段の俺の丁寧で優しそうな態度は見せかけのハリボテ。本性は我ながら鬼畜なこっちだよ。


「ああ、別に意地悪をしているんじゃないぞ。折角のボス戦だし見て学ぶことは多い。だけど流石に他のメンバーはボス戦には早いからな。よかったよ、適任のお前がボス戦をやることを了承してくれて」


 素の口調でにっこりと笑いかけてやる。


 自分の目的のためには利用できるものは何でも利用する。それが俺だ。もうこいつは探索者として育てる気はないけど、他のメンバーのための教材として精々利用させてもらうとしよう。単に捨てるのももったいないし。


「大丈夫、怪我をしても死なないところで助け出して何度だって回復させてやる。だからお前はダメなボス戦の実例を見せてくれ。色々なパターンと復習もしたいからあと5回は最低でもやってほしいな。時間が許すなら10回くらい行けると有難い」

「い、いやだ。お願いします。もう反抗しないんで許してください。マジで、マジで無理です」

「大丈夫。ジャイアントラットの行動パターンはさっきので大体出たからこれからは未知の攻撃もない。だから次はさっきよりは辛くないぞ。さて、そういうことなんで次も頑張ってこようか」

「やだ! いやだあああ!」


 襟首を掴まれてズルズルと引きずられるその姿は後に地獄へ連れていかれる罪人のようだったと語り継がれるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お、鬼教官···!?(恐怖) あ、でも調子こいた挙げ句この世と永久にアディオスする前に鼻っ柱を叩き折って貰えた=長生き出来るから鳳くんはとってもラッキーですね(白目
[一言] >条件は君が単独で個々のボスを討伐する 誤字見つけました
[一言] 草
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