第十二話 ボス戦……のはずが
活動報告で「社員から見た夜一の印象 調査報告書 その1」を公開しました。
興味のある方は、是非読んでみてください。
ボス部屋に入ると中でボスが待っていた。
(なんだ、こっちがベルセルクブルか)
中ボスよりもずっと広い部屋の中にベルセルクブルが五体ほど存在している。
だが強さ的にはミノタウロスの方が厄介だった。
あっちは狂乱状態になっても武器を扱えるなどの知恵も一定以上は失わない上に、その武器に何らかの特殊な効果が付与されていることが多いからだ。
それに比べればただ単純に強化されたステータスで暴れ回るだけのベルセルクブルはやり易い部類ではある。
単純なステータスではベルセルクブルの方が高くとも、攻撃が物理一辺倒であれば対処の仕様もあるというものだ。
(まあ経験値的にはこっちのが美味いからいいけど)
ミノタウロスもベルセルクブルもD級の魔物。
経験値的にはD級五体も手に入るこっちの方が良いのは誰がどう見ても明らかだった。
ミノタウロス戦が思いのほか楽しかったこともあって、もっと骨がある相手の方が良かったと心のどこかで思わなくもないが、それは我儘というもの。
だからある程度の経験値を稼いだらダンジョンコアを破壊して仕事を終わらせるとしよう。
そう思って足を前に踏み出したのだが、そこで上から何かが降ってくるのを気配で察知する。
咄嗟に下がりながら上を見ると、
「……おいおい、マジか」
そこには空を浮かぶ竜、正確にはアイスドレイクと呼ばれる奴が悠然とこちらを見下ろしながら宙に浮いていた。
白い鱗で全身を覆われたドラゴンという強力な魔物の一種。
C級でも上位に位置する魔物で下手すればB級ダンジョンでも現れる魔物である。
昔の俺なら入念な準備をしなければ逃げるしかできないような、そんな強大で厄介な敵だった。
(明らかにE級ダンジョンに現れるような魔物じゃねえぞ。どうなってやがる)
俺とアイスドレイクが互いに警戒するようにジッと睨み合っていると、そこで忘れかけていたベルセルクブルの群れが咆哮を上げる。
どうやら奴らにとってもこのアイスドレイクは仲間という訳ではないようで、狂乱状態に移行すると勢いよく跳躍して、そのまま突進するようにアイスドレイクに向かっていく。
普通ならその突進をまともに受ければ大きなダメージを受けることだろう。
だが流石に相手が悪かった。しかもアイスドレイクを始めとした竜系の魔物は肉体的に強いだけではない。
どんな攻撃だろうと周囲に展開されていた障壁が第一の壁としてその行方を阻む。
そして仮にその障壁を突破しても、強靭な鱗が第二の壁として立ちはだかるのだ。
だから竜型の魔物を倒すためには最低でもこれらの二つの壁を突破できなければダメージを与えることすらできない。
または攻撃の際に障壁が消えるタイミングを狙って仕掛けるしかないのだが、それはかなり難しい芸当だった。
案の定、ベルセルクブルの突進では第一の壁である障壁を軋ませることしかできずに弾き飛ばされる。
このダンジョンに出現する魔物の系統的には奴らがボスのはずなのに随分と可哀そうな立場である。
アイスドレイクは一旦俺から視線を外して落下していくベルセルクブルのことを睥睨すると、次に息を吸い込むような動作を見せる。
「やっば!?」
その動作には見覚えのあった俺はすぐに火炎蜥蜴の鱗が錬金された剣――通称、火炎剣―――を取り出して、その特性を発動した。
次の瞬間、アイスドレイクの口から凄まじい冷気が吐き出した。
それによって宙を舞っていた五体のベルセルクブルは一瞬で凍りついてしまう。
俺の方にもその余波が来ていたが、どうにか火炎剣が発する熱がその冷気を中和することで難を逃れていた。
(やっぱり単なる火炎蜥蜴の鱗だけじゃ守り切れないな)
火炎剣は錬金剣士のジョブ効果によって強化されているのでどうにかなったが、それがなかったら俺も同じように凍りついていたに違いない。
ただしそれで即死するとは限らない。
現に凍りついたベルセルクブル共は氷の彫像のまま地面へと落下しているからだ。
仮に死んでいたらあの状態のままではなく魔石となっているはずである。
それでもそのまま落下すれば衝撃で壊れるかと思ったが、そこでアイスドレイクは落ちていくベルセルクブルをそのまま殺しはしなかった。
翼を羽ばたくとあっという間に落ちていく氷像へと向かっていき、そのまま全ての氷像を呑み込んでしまう。
するとボス部屋の広さが急に広がっていった。
どうやら本来のボスであるベルセルクブルを取り込んだことによってアイスドレイクが自分の動きやすい空間へとボス部屋を変化させたらしい。
そしてそれはつまりこのアイスドレイクを倒さなければダンジョンコアが現れないことを意味していた。
もしかしたら呑み込んだベルセルクブルを吐き出させればそうしなくていい可能性もあるが、そこまでするなら倒した方が手っ取り早いだろう。
「ギャオオオ!」
「やる気満々だな。いいぜ、相手になってやるよ」
どういう理屈かは知らないがこのダンジョンのボスの座はあいつに奪われたらしい。
それを象徴するかのように奴は広くなったボス部屋の床に悠然と着地して臨戦態勢をとっている。
昔ならともかく今の俺は逃げるつもりはない。
ならばとれる選択肢は一つのみ。
俺は爆裂剣を取り出すと、それを全力でアイスドレイクの顔面に向かって投擲する。
その顔面に向かって飛んでくる剣に対してアイスドレイクは背中の翼を盾のように顔の前に展開して受けて立つ。
そうして剣が翼に展開された障壁と衝突したことにより爆発した結果、障壁は砕けて翼の表面に僅かな傷ができていた。
「なるほど、ドラゴン相手でも爆裂剣は効くみたいだな」
とはいえ与えられたダメージは僅かだけ。
しかもミノタウロスよりも回復力が高いドラゴンならこの程度の傷などすぐに治ってしまうだろう。
それでも傷を与えられたことが不快だったのか、翼を戻して露になったアイスドレイクの眼には怒りの色が見て取れた。
下等な生命体が自分の身体に僅かだろうと傷を付けたことが許せないのだろうか。
「ギャオオオ!」
奴が咆哮を上げるとボス部屋の中でも関係ないと言わんばかりに猛烈な勢いで吹雪いていく。
あるいはこのダンジョンの妙な吹雪もこいつが原因なのか。
「なんにせよ倒せば分かるか」
仮に不測の相手、しかもそれがドラゴンだろうと負ける気は更々ない。
「蜥蜴風情が、偉そうにしてんじゃねえよ」
俺は新たな爆裂剣を取り出すと、物理的にもこちらを上から見下してくるアイスドレイクへと真正面から向かっていった。
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