幕間 愛華の目的
日刊ローファンタジーランキングで70位に入ったようです。
評価していただいた方々、ありがとうございます。
記念に今日は8時と17時に更新します!
私が探索者になると決めた理由、それは単純にお金が必要だからだ。それも普通に稼いでいては到底貯まらないような額の。
父がダンジョン関連の投資で騙されて多額の負債を押し付けられたから。言葉にすればたったそれだけのことだがその当事者の私達にとってその負債は人生を狂わせるに十分過ぎた。
大した取柄もなければ頭も良くない私では普通の方法ではどうにもならない。このままでは両親は疎か私や弟や妹の人生までグチャグチャになってしまう。それだけは避けるために私は決意したのだ。命懸けだけどその分稼げるという探索者になると。
日本では足りない探索者の数をどうにかして増やすために広くその門戸を開いていたのは幸いだった。別の国では何年か訓練を積まなければダンジョンに潜らせてもらえないところもあると後で調べて知ったし、そんな悠長なことをしている暇は私にはないから。
だけどこれまでダンジョンや探索者のことなど多少は聞き齧ったことがある程度の私が一人でやっていけるという自信や自惚れもまたない。知識も経験も足りない私が一人でダンジョンに挑んでも魔物の餌になるだけなのは簡単に予想がつく。
だから私はこれから探索者になる人でも歓迎している上で探索者支援を行なっている企業を手当たり次第に受けた。
だけど私のような素人は腐るほど居たのか、あるいは誘い文句はあくまで飾りだったのか大半は面接に行く前の書類審査で落とされた。面接に行けてもステータスカードを持っていないと聞いたら半笑いになってバカにされるところもあった。
合格していくのは探索者の資格を既に持っている人ばかり。やはり私もまずはダンジョンに潜って実績を作った方がいいのだろうか。あるいは探索者なんて無謀な考えは捨てて身体を売るような仕事をするしかないのだろうか。そんな風に思い始めていた頃だった。
まさかのまさか、私の中での大本命どころか高望み過ぎて絶対受からないだろうと思っていた社コーポレーションに合格したのは。
ここは五年前に出来たばかりの新しい会社だ。私の父とは正反対でダンジョン関連の投資で成功して今もその業績を右肩上がりで伸ばし続けている。新進気鋭で将来はいずれ日本を代表するダンジョン事業を取り扱う企業になると有望視されているところ。
そんなところに何がどう転んだのか分からないが取柄のない私なんかを拾ってもらえたのだ。この人生最大級の幸運をみすみす逃すようではこの先何をやっても上手くいかないだろう。
その覚悟を持って私は何でもやる気でここにいる。魔物との戦いだって怖くて講習2回目で戦うなんて無茶だと思ったけど、そんな弱音は飲み込んで指導をしてくれている八代特別顧問に付いていった。
この八代特別顧問という人が若くしてC級まで上り詰めた凄腕の探索者だというのは聞いていた。ダンジョン攻略の際に眼帯の下にある右目の視力を失ったことで一線を退いたということも。
自分で調べる前に同じ新入社員の鳳が周りに吹聴しているのが耳に入ったのだ。
あんなのたいしたことない奴だと。昔はC級だったのかもしれないが今は錬成術師という誰からもバカにされるジョブになって落ちぶれた落伍者だと。自分ならすぐに追い抜いてみせると今なら大言壮語と分かる妄言を吐いていたっけ。
正直に言えば私はそれを聞いて少し不安になっていた。本当にこの人に教わっていて大丈夫なのだろうかと。座学の時には非常に分かり易い説明をしてくれていたが、だからこそその丁寧な口調や態度は荒事が得意なようにはどうしても見えなかったのだ。
まあ結論から言えばその私の不安は的外れだった訳だけど。
ビッグラットの数を減らすと全く気負いない様子で振るった剣の一振り。武術とかについて全く分からない私ですらそれを見て理解させられた。理解せざるを得なかった。
あれこそ洗練された無駄のない動きというのだろう。ただ前に出て剣を振っただけの動作が綺麗とすら思えたほどだ。その前に見ていた経験者組の動きとは雲泥の差を超えて別物だった。
更にその指導も完璧だった。まともに戦ったことのない私でも特別顧問の指示を守って動けばあっさりと魔物を倒せたのだ。経験者組よりもずっと早く簡単に。
この時点で私は周囲の噂の方が信用ならないと確信した。やはり社コーポレーションという優秀な企業が特別顧問という待遇をしているのにはそれなりの理由があったのだと。
まあまさかその理由の一つが社長の息子だったからだとは思いもしなかったが。
「あの、それって痛くないんですか?」
何回目かの時間が来たので指示された通り傷薬を体に刺さっている短剣付近に塗っていく。
この人、自分の身体に短剣が八本も突き立てられているのに動じるどころか痛がる素振りすら見せない。それどころかこの習得している時間は暇だろうからと休憩している中でも希望者には今後の為になるであろう知識や戦い方の指導を行なってくれる始末。
「全くない訳ではないけど特に問題はないかな。注射した時くらいの痛みだと言えば分かり易いかもしれないね」
鋭利な刃物がしっかりと突き刺さっていても注射してるくらいの感覚。高ステータスの探索者は皆こんな感じに超人なのだろうか。まあよくよく考えてみれば私が誤ってメイスでぶっ叩いても痣一つつかない強靭な肉体をしているのだ。普通とか常識が意味をなさないのは間違いない。
と言うか痛みは問題なくても躊躇なく自分の身体に刃物を突き立てるその鋼の精神は何なのだろうか。理解不能過ぎてもはや怖いとかいう感情すら湧いてこない。
「そんなことよりもステータスについてだったね。まず自分の数値はしっかりと把握しておくこと。この数値が活動するダンジョンを決める大まかな目安になるからね」
「は、はい」
先程手に入れたばかりのステータスカードには前の座学で教わった通りの内容が記載されている。
五十里 愛華
ランク1
ステータス
HP 19
MP 24
STR 7
VIT 8
INT 12
MID 12
AGI 9
DEX 11
LUC 4
スキル なし
ジョブ 町民
「最初の平均はHPMPが20、他が10だって言われているからそれよりも上なのは自分の得意分野だと考えていいよ。五十里さんの場合、魔力や知能が高いから前衛よりも後衛の魔法職がいいかもしれないね。勿論、前衛をやりたいのならできないステータスではないから本人の希望次第なところはあるけれど」
休憩中だからだろうか指導している時よりも砕けた口調で特別顧問が話している。それになんだか楽しそうだ。
「前衛をやるなら魔法剣士とかの物理魔法どちらも行ける椎平タイプが合ってるか。そうなるとAGIがもう少し欲しいところだな。後衛なら魔道師でも僧侶でも行ける。薬師ブーストすること考えるならこっちの方がアドバンテージを作り易いか?」
私のステータスカードを見ながらなにやらブツブツ呟いている特別顧問。どうやら今後の方針について考え込んでいるようだ。その姿を見てふと疑問が湧いた。
「あの、特別顧問はどうして探索者になろうと思ったんですか? ご迷惑でなければ教えてください」
「社長の息子だからってそんな畏まらなくていいよ。それに呼び方もさっきみたいに先輩とかにしてほしいな。特別顧問なんて役職は飾りでしかないし会社を継ぐ気もないからその呼び方も慣れなくて」
「えっと……じゃあ先輩で」
今は仕事中ではなく休憩しているようなものだからお互いに出来る限り砕けた態度で接することに同意して話を元に戻す。
「それで探索者になった理由だけど特別なことはないよ。ただ単純に興味が湧いて一度潜ってみたら嵌ったのさ。物語上でしか存在しないはずだったスキルやステータスという力に未知の魔物という生命体。そしてそこで採取できる素材などのもの全てに。ちなみに最初の方は家族に内緒で探索者として活動していたから会社の設立とは本当に無関係だよ。むしろ実家に戻った時にこんな会社が出来ていて面食らったくらいだし」
私が気になった点が分かっていたのか最後にそう付け加えてくれた。もしかしたら社コーポレーションの飛躍の要因の一つは先行組の探索者として活動していたこの人の影響があったのではと思ったのだがそれは違うらしい。
「そう言う五十里さんは? 随分と必死というか切羽詰まっているように見えるけど」
「……私はお金を稼ぐためです。父がダンジョンの投資で失敗したので借金返済のためにも稼がなくてはならなくて」
「なるほどね。探索者はやり方さえ間違えなければ稼げるからその選択そのものは悪くないと思うよ。それに支援企業の下で経験を積もうとするのも間違ってない。正しい知識がなくて潜っても逆に費用ばかり嵩むなんてことになりかねないからね」
会社の面接の際に稼ぎたいという意思は伝えてあるので、指導する立場のこの人にもおおよそのことは知られていると判断して正直に言った。もしかしたら金稼ぎのためというのは汚いとかそんな目的は良くないとか言われるかもと思ったが、意外とそんなことはないのに少しだけ安心する。
「そうなんですか? 魔物を倒して素材を売るだけでも十分稼げるってネットで書いてありましたけど」
「それはこれをやれば必ず稼げる!っていう胡散臭い広告とか詐欺と一緒。そんな楽で美味しい話はきっとこの世のどこにもないさ。まあ命を懸ける分、成功すれば短時間で稼げるのは否定しないけどね。ただそういう甘い考えだと最下級のG級を卒業した後も困るから今の内に現実を見ておいた方がいいよ。E級や下手をすればD級になっても資金繰りに苦労する羽目になる」
「え、E級って探索者として一人前と認められる階級ですよね? そんな人たちでもお金に苦労してるんですか?」
「意外とそんな奴もいるんだよ。まあ流石に数は少ないけど皆無とはいかないくらいには」
探索者全員が稼げているとは流石に思っていなかったがそのくらいになれば漠然とそれなりの稼ぎを得られると勝手に思い込んでいた。あるいは勝手に夢見ていたと言っていいかもしれない。だが残念なことにそれは他ならぬ探索者本人のこの人に否定されてしまった。
「ちなみに私も何回もそういう失敗をしてきたから人のことは言えないんだけどね」
「え、そうなんですか?」
「ああ、あれは二年前くらいだったかな。希少な魔物の素材を使って新調した外套が嬉しくてテンションが上がっていたせいか前もって立てていた作戦とは違う行動を取ってしまってね。そのせいで仲間の攻撃に巻き込まれた結果、重傷を負って体力回復薬を使用する羽目になるわ、その日の内に外套は燃えカスになるわ、仲間には作戦無視をボロクソに責められるわ、もうそれは散々な目にあったよ。しかも体力回復薬くらいならともかく外套は高かったから財布へのダメージがかなりきつかった。自業自得だから自腹でどうにかするしかなかったしね」
「あはは、そうなんですか」
重傷を負った話を軽く転んだくらいのテンションで語ってくるんだけどこの人。薄々感じてはいたがこの先輩はやっぱり普通ではない。いや強いとかそういう面ではなくて、なんかこう一般人とは危険に関する認識の程度がずれているというか。
(ってあれ? 確か体力回復薬って今の価格でも一本で数十万から下手すれば百万くらいはするんじゃなかったっけ?)
二年前は更に希少だったからもっと値が張ったはず。それを――体力回復薬ぐらい――と言い切るだけの財力があったこと。その上で高いという外套は一体いくらしたのか、そしてそれを一日で失ったという点に小市民の私は恐怖を感じた。
訂正。金銭感覚も一般人とはかけ離れている可能性が出てきた。それもさっきの傷薬の扱いとか見る限りかなりの高確率で。
(……玉の輿、マジで狙ってみるか?)
社長の息子という点を一旦見ないことにしてもこの人、とんでもないお金持ちかもしれない。だけど今は片目を失って探索者としての活動はしていないという話だから稼げていたのはその当時だけの可能性もある。
「あのー特別顧問。魔物との戦い方で教えてほしいことがあるんですが今大丈夫ですか?」
「いいけど君達も休憩中の時くらいは特別顧問呼びを止めようか」
そこで私以外にも指導している人はいるので先輩はこちらに断ってからそちらの指導へと行ってしまった。
(背は高くて服の上からでも体も鍛え上げられているのが分かる精悍な男性。性格も温厚そうで悪い人ではなさそう。ちょっと一般人とは常識とかズレているところがあるみたいだけど探索者はそういう傾向があるって話だし、そこに足を踏み入れようとしている私も同じように一般人とは相性が悪くなるかもしれない)
一般人と探索者のカップルや夫婦はあまり上手くいかないという噂だ。価値観が合わないからと聞いていたが、やはりダンジョンと魔物と戦っていると先輩のようにちょっと違う感じに染まっていくのだろうか。
だとするといずれ私もそうなると仮定した場合、もしそういう相手を選ぶとしたら探索者か元探索者が望ましいということにならないだろうか。
(まあでもいきなりそんなこと言い出しても引かれるだけだろうし今は後輩として仲良くなっておこう。後々本気でそうなりたいと思った時に困らないように)
ちょっとだけ本気でその可能性を検討しながらも私は他の人の指導に回る彼のことを目で追い続けていた。
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