63話-2「ダンジョンの外で」
ということで、手洗いうがいを済ませた僕は、リビングの机を挟んで兄の前に座っている。
「まあ、母さんにはしっかり連絡しとけよ。この1ヵ月は俺が理由付けて連絡しておいたからな」
「ありがとうございます。とても、助かります」
とにかく敬語で話して、反省していると見せたら大丈夫だろう。いや、本気で反省してるんだけどな。
「なんでその口調? いつものでいいで。別に怒ってないし」
「えっ、まじで? 怒ってないの?」
「何も怒る必要ないやろ。もうお前も社会人だから自由にしたらいいし。まあ、母さんが過保護なだけだからな」
「だよなー。流石兄さん!」
兄さんがそう言ってくれて安心する。実家に戻って怒られても兄さんが助けてくれるだろう。
「で、今日はまたなんで来たの? いつもの来る日じゃないよな?」
「何って、俊からの連絡が少ないから様子見に来たんだけど?」
「……それだけ?」
「そう。あとついでに、明後日から東京に行くことになったから、しばらくここに来ないって事を伝えとこって思って」
「えっ? 兄さんも東京に行くの?」
「も、ってことはお前も行くんか? なんで?」
「いやー、仕事で本部長賞に選ばれたからそれの表彰式で行くことになってさ」
「おー! 良かったな! 仕事頑張ってたもんな。努力が実になったってわけか!」
「そうそう。でも、今週で退職するんだけどな!」
「は?」
その声に僕は手で口を押えた。
まだここまで言うつもりはなかった。と言うか、今のタイミングで言うつもりはなかった。でも、ちょっと調子に乗って言ってしまった。
これは怒られるだろ……。
「どういうことだ?」
思った通り、兄さんの声のトーンが変わった。
「えっと、何から話せばいいか……」
「とにかく、全部話し」
「……はい」
そして僕は兄さんに全て話した。ダンジョンに潜っていること以外は。
「……その話やったら俊は全く悪くないな。そんなパワハラ受けてたって一度も聞いた事なかったんだけど?」
「そりゃ、心配かけたくなかったからさー。母さんに話がいったら帰らされそうだから」
「まあ、母さんなら帰って来いって言うやろな」
そう兄さんが「ははっ」と笑う。
「まあ、俊が会社を辞める理由は分かった。その理由ならそれでいいと俺は思う。最後に大きな仕事して終わるなら義理も通せたやろからな。で、これからはどうするか考えてるんか?」
「一応考えてるけど、どこに就職するかは決まってない。半年は見てくれると助かる。今みたいに微妙な会社は嫌だから、じっくり考えたいなって」
「そりゃそうやな。じっくり考えていいよ。俺が東京から帰ってくる頃には決まってそうだな」
「じゃあ、兄さんは東京に半年ぐらい行ってるの?」
「多分だけどな。早く終わったらさっさと帰ってくるけど、どれぐらいかかるかわからないからな」
「へー。何する予定?」
「それは企業秘密だ」
「なんだよ、企業秘密って」
と言っても、僕もダンジョンに潜っている事を隠してるからお互い様か。
でも、兄さんにはダンジョンを仕事にしている事は伝えた方がいいだろうな。もう少ししっかり仕事として成り立ったと証明できるようになってからだけど。結論、長くても半年後には伝えるべきだろう。
まあ、来月には稼いでると言えるようにするけどな。
「で、俊は東京にいつ行くんだ?」
「明後日なんだよな。兄さんと一緒で」
「まじか。じゃあ、一緒に行くか」
「別にいいけど。行くなら兄さんが時間を合わせてな。昼過ぎに集合だけど時間が決まってるからさ」
「じゃあ、大丈夫だ。俺も昼過ぎぐらいでいいから」
「オッケー。じゃあ、そうする。後で出発時間を決めよ」
「そうだな」
そして兄さんが椅子から立ち上がった。
「夕飯まだだろ? せっかく来たから何か作って帰るわ」
「まじで! やった! だったら、トンカツで!」
「お前がそう言うだろうって思って、材料は買ってきてるよ」
「流石兄さん! もう、料理人した方がいいんじゃない?」
「料理はあくまでも趣味だからなー」
そう言って、兄さんがキッチンに向かって行った。
◇
久しぶりの出勤日から2日後の水曜日、予定通り新幹線で兄さんと一緒に東京に移動した。隣に兄さんが座るのがなんとなく監視されている感じがしたが、この人はそんなタイプではない。朝なのに駅弁を2つも食べてたのは驚いたが、久しぶりにしっかり話せた気がした。
なんだかんだ言って2時間半ほどの移動も苦じゃなかった。
「じゃあ、僕はこっちだから。兄さんはそっち?」
「ああ、俺は新宿の方だからな」
「へー、そうなんだ。じゃあ、気を付けて」
「俊もな」
新幹線を降りて改札に向かうと、そう言って僕と兄さんは東京駅で分かれた。
僕はその足でまずは予定通り本社に向かう。
時刻は昼過ぎ、僕も駅弁を食べてたらよかったと思たのは本社に着いてからだ。
本社に寄ったのは上長が事前に話すことがあったようで、支店エリアごとに集まらされたからだ。そこで久しぶりに会った別の支店の生き残っている同期と少し話をする。
「あれ? 今回は谷口はいないのか?」
「うん。そうだけど?」
「へー。奥山がいたら谷口も絶対いると思ったんだけどな」
谷口も本部長賞には数度選ばれている。それほど仕事ができるやつだが、今回はいない事に同期は意外そうな顔をしていた。実際は僕がいる事に意外な顔をしていたんだろう。
あと、このような場に来る同期とはあまり仲が良いわけではない。何と言うか、ジャンルが違うと言うか、僕とは住む世界が違う感じがする。営業でトップを取る人間なんてみんな社交性が異次元だ。
ちなみに仲が良かった同期はみんな辞めた。……今思うと、類は友を呼ぶと言う奴なのだろう。今になった理解してしまった。
あと、谷口に関してはあいつはレベルが2段以上違うので苦手意識が消えうせて、同僚らしく仲良くさせてもらっている。
その後、今日泊まるホテルに荷物を置きに行き、少し時間を空けてから本部長賞の表彰式の場である高級ホテルに向かった。とにかく高級ホテルだ。入った事もないようなホテルに入るのは緊張するが、周りに仲間がいると何も怖くない。
そして、表彰式は滞りなく終わる。
表彰式と言っても本部長が「~であるからして」みたいな話をして、社長の別撮り動画を見せられただけだ。それは全て激励の言葉だったので、あまり心に刺さらなかった。つまり、あまり楽しくない時間だった。合計1時間ほど……苦行とも言える。今から辞める人間に何を言っても響く事はないのにな。
ちなみに、表彰状は座席に置いてあった。これだったら送ってくれても良かっただろうに。
その後は立食パーティーだ。話す人間もいないとこの時間も苦行なんだが……。
と、そう思っていても、パーティーのご飯は美味しかったので良しとしよう。あまり食べれない高級ホテルのご飯だ。かなり上等なんだろう。どれを食べてもおいしかった。ダンジョンで食べた飯はパンチが効いていたけど、食に関しては確実に外の方が上手い。というか、ダンジョン飯が勝てるわけないだろう。それほど日本の食文化が高レベルだと痛感した。
そして、パーティーは2時間ほどで終わり、各自解散となった。
何と言うか、うん。今日は高級料理を食べに来たって事だな。うん。そうだ。そう言う事にしよう。
「おい、奥山―」
そんな事を考えてたら、同期に声をかけられた。
「ん?」
「今から、バーかどこか行くんだけど、お前も来るか?」
そう言われて、少し悩む。
明日は丸1日休みになっている。東京で観光していいよって事で、頑張った労いらしい。会社がホテル代と移動費を出してくれるのはとてもありがたい事だ。本当に、もう辞める僕にそこまでしてくれたのはありがたい事です。
ってことで、明日は休みなので翌日まで飲むのがこいつらの生き方らしいが、それは僕には合わない。
「ごめん。僕はやめとくわ」
「あー、そっか。じゃあ、いいよ。お疲れー」
と、何もないようにそいつらは去っていった。
一応確認した方がいいだろうってことだったんだろな。そんなもんだ。
しかし、別に行っても良かったが、行かなかった理由はあるのだ。
「明日は朝一で動くつもりだからな」
せっかくの休みだ。そしてせっかくの東京だ、動かないと損だろう。
目的地など一つしかない。
――そして翌日、僕は『東京ダンジョン』に行っていた。
日本には2か所ダンジョンがある。一つは僕のホームである大阪。もう一つはここ東京にある。
泊まっていたホテルから電車を乗り継ぎ、東京駅とは逆方向に向かった場所。都会のど真ん中に出現している大きな塔のような建造物。それが元々公園だった場所に聳え立っている光景は慣れ親しんだ大阪のダンジョンと似ている。慣れ親しんだと言ってもまだ3か月ぐらいなんだけどな。
ここは大阪よりも先に出現したダンジョンなだけあって、観光名所として整備は完璧だ。大阪よりも賑わっているのは東京だからだろうか。
僕は身分証をゲートの看守に見せる。すると、何かを確認したのかすんなりと通してくれた。初めてダンジョンに入った時は色々と書類を記入しないといけなかったはずなんだけどな。東京は違うのだろうか。
そんな事を考えながら僕はダンジョンの入り口に向かう。
東京ダンジョンに潜る期間は今日だけ。それも17時には新幹線のチケットを取っているのでそれまでに終らせないといけない。時間は約8時間。
うん、充分だ。
目的は東京ダンジョンがどんな場所なのか確認するだけにする。
まあ、少しは冒険するかもだけど、流石に出勤最終日は会社に行かないとダメだろう。
さて、わくわくしてきたぞ!
そして僕は、ダンジョンに足を踏み入れた。




