59話-3「『暴虐の鬼王』」
ぶつかり合う剣と太刀。ダンジョン内に響き渡る金属の音が、そのスピードが、どれだけの攻防をしているのか物語る。
笑う鬼。
この攻防が楽しくて仕方ないように笑う鬼。
それを見て冷汗が流れ続ける。
一撃を食らえば大ダメージだとわかる重い斬撃。
それを食らわせるために圧倒的なスピードの手数。
それは徐々に僕の体力と精神力を削っていた。
だから、思う。
……僕はこんなに弱かったのかと。
「うおぉぉぉぉぉっ!!」
気合を入れるように叫びながら剣を振る。しかしそれは攻撃ではない。ただ防御しているだけ。かろうじて相手の攻撃を受けられているだけ。それはただ延命させているだけ。
目的は河合さん達を逃がす事。それだけなら僕の役割は達成している。でも、本当の目的はこの『鬼』の討伐だ。
今までに負けると思った事はほとんどない。『独眼のウェアハウンド』でさえ「負ける」よりも「楽しい」が勝っていた。だから、この『鬼』に対してもどうにかなると思っていた。
実力差はある。でも、戦闘中に僕自身も進化していく。だから勝てる可能性があるだろうと思っていた。実際鬼と剣を打ち合うたびに洗礼されていく感覚はある。
だが、それでも差を埋めるには足りない。手が届かない。
それが圧倒的力を持つ、『暴虐の鬼王』なのだと。
太刀の猛攻に魔法を使う隙がない。剣だけでは隙を作れない。無理矢理に攻撃すると一瞬でやられる。
まだ数分しか戦っていないはず。でも、それが数時間に感じるほど鬼からのプレッシャーは激しい。
しかし、擦り減る精神でも、本能が生きるために藻掻く。だからまだ打ち合えているのだろう。
だが、それでは何も解決しない。こちらから攻撃しないと勝つことができない。
だから、考え続ける。どうすれば攻撃できるのか、倒せるのか、頭をフル回転させる。
ピンチでも諦めずに、耐えきれば光明が差すと信じて……
しかし次の瞬間、その均衡は崩壊した。
「……っ!?」
鬼の太刀を受けた時、ピシッと剣から音がした。
それは剣にひびが入る音。
それでも鬼は攻撃を続ける。だから、別の剣に持ち変える隙がない。
そして、そのまま剣で太刀を受けた瞬間、剣が砕けた。
ダンジョンに来てからずっと使っていた鋼の剣。スキル『スラッシュ』を常に薄く使う事で切れ味と耐久値をカバーしていた剣が半ばから折れた。
それを見て鬼が笑う。
そしてもう一度大きく振りかぶった太刀を振り下ろした。
武器もない、守る物が無い状態でまともに食らうと死ぬ。それは鬼の勝利を決定づける。
そして鬼の太刀が振り下ろされる。
……これで終わる。一太刀でもまともに食らえば大ダメージは免れない。大ダメージを受けたら再起不能で死ぬ。
太刀が振り下ろされる時間が長く感じる。
このままこの攻撃を受けて終わるのかと、自分の感情が理性に問う。
……嫌だ。まだダンジョンでやり残したことは沢山ある。やっと会社を辞められる算段が付いたんだ。これからもっと楽しくなるんだ。こんな所でまだ死ねない。死にたくない!
だったら、何もできずに死ぬなら、腕の一本ぐらい……!
「うおぉぁぁぁぁぁぁっ!」
叫ぶ。
そして、左腕にSPを集中させ、太刀と自分の身体の間に割り込ませた。
「……っ!!!!」
走る激痛。鋭痛と鈍痛が混じったようなわけがわからない痛みが左腕に走る。しかし鬼の太刀は腕を斬り落とすことなく、半ばで止まった。
その状況に鬼が困惑の顔を見せる。
初めて見せた笑い顔以外の表情。それが一瞬の隙。
だからっ! ここからっ!!
「はあぁぁぁぁぁっ!!」
右手を見ずに『ポケット』に手を突っ込み取り出すは暗く青紫に光る剣。そのまま青紫に光った剣を振り切る。
「バーストブレイカーぁぁぁぁっ!!」
その一撃は鬼を切り裂いた。
鬼の胴体に斜めに走った斬撃は鮮血を滲ませる。
初めて攻撃を食らった鬼がバックステップで僕から距離を取る。
「はははっ! やってやった……」
鬼の行動に笑う。
痛む左腕から滴る赤い血。それを止めるためにポーションを飲む。通常のポーションより2段上の『ハイポーション』金貨5枚分だ。
飲んだ時点で血が止まったが、まだ痛みはある。傷が完全に消えたわけではない。しかし、手は動く。
剣を構える。まずは一撃。ここからもう一撃当てていく!
すると僕の様子を見た鬼がまた表情を変えた。笑顔が消え、僕を睨むように怒りを表した。
「怒るなよ。攻撃してきたのはお前からだぞ。正当防衛だろ正当防衛」
軽口を叩く。
それほどまでに思考は落ち着いている。一撃を食らわせた事で余裕が生まれた。攻撃すら当てれない相手ではない。死に物狂いですれば戦える相手だ。
だったらまだ勝機はある!
そして鬼が咆えた。
「ゴオォォォォォォッ!!」
咆哮。
鬼の咆哮がダンジョンを震わす。恐怖を煽る激しい咆哮に歯を食いしばる。今までのどのモンスターよりも激しい咆哮は僕の意識を刈り取ろうとする。
でも、でも、でも! やっと見えた光明。こんなモノで戦意を喪失してたまるか!
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」
対抗する様に叫ぶ。自分を鼓舞するために叫ぶ。
まだこれからだ。まだ戦える! 全力で戦う! 死ぬのは、諦めるのは、それからでいい!
咆哮が止む。
鬼の全力の咆哮だったのだろう。それでも僕が倒れていないことに鬼は驚いている様に見える。
今までの相手にはこれで倒せていたのだろうか。
でも、咆哮で意識を刈り取られそうになった事は何度もあるんだよ!
「絶対、お前を倒す!」
ポツリと呟いた。
それは自然と口から洩れた言葉。それは絶対に『暴虐の鬼王』を倒すという本心が漏れ出た言葉。
そしてそのタイミングでもう一つ可能性は広がった。
「だったら、わたしも入れてもらおうかな」
その声が聞こえた瞬間、
「『ライトニング』!」
鬼に雷が落ちた。
激しい光を放ちながら鬼がその場に縫い付けられるように雷を浴びる。
そして歩いて来る人物。
僕の肩ほどの小さい身長に、ダンジョンでは見慣れないフリルが付いたロリータファッション。僕に魔法を教えてくれた、目指す人物。
「杏子さん……?」
「よく頑張ったね、しゅんしゅん」
姫宮杏子が僕の隣に立った。
「ここからは、わたしも参加していいかな?」
その言葉は、この現状を大いに変えてくれる信じられる言葉だった。
でもその現実に疑問が勝手に口から出る。
「どうして杏子さんがここに?」
その言葉を聞いて杏子さんがニコッと笑う。
「実は今日50階層で縛りプレイをしてたんだよね。その後51階層を殲滅させて帰ろっかなって思ったら、なんとなく52階層がおかしいって思ったんだよ。そしたら案の定、まゆまゆ達がいた」
まゆまゆと言う言葉で思い出す。
「そうだ! 河合さんはっ? 杏子さんなら河合さんを回復させられたんじゃ……」
「安心して。まゆまゆは回復させてきた。まさかまゆまゆが瀕死ってびっくりしたよ。でも、あれぐらいなら回復魔法で十分回復できるからねー。魔力って本当にすごいよね」
「よかった。助かったんだ」
胸を撫で下ろす。その言葉だけで僕の肩の荷が下りた気がした。
「でも、しゅんしゅんの所に回復魔導士っていなかったの?」
「いますけど、先にやられてしまって……」
「なるほどねー。あの鬼ならしそうなことだもんね。だったら、しゅんしゅんも回復魔法を覚えないとね」
「そうするつもりですよ」
そう言って『ライトニング』の稲妻が走っている鬼を見る。
「あいつを倒してから、じっくりと勉強します」
「じゃあ、わたしがみっちり教えてあげるよー」
「ほんとですか! そうしてもらえると、かなり助かります」
そして剣を構える。横では杏子さんが見慣れない杖を構えた。その杖はペンほどの大きさで持ち手に虹色の宝石がはまっていた。
そして杏子さんが言う。
「『暴虐の鬼王』。鬼の中から生まれたネームド。しゅんしゅんがプレステージダンジョンで倒した『虐殺のオーガ』の元となったモンスター」
「えっ!? 『虐殺のオーガ』の!?」
「ギルマスが言ってたから間違いないと思うよ。まあ、その話は後でね」
そこまで言われると気になるが、そんな僕の思考を遮る様に杏子さんが話し続ける。
「あの『暴虐の鬼王』はネームドの通り、自分よりレベルが低い冒険者しか狙わない。わたしがメインで戦ったらすぐに逃げるはずだから、あくまでもわたしはサポートしかできない。あの鬼が全力で逃げたらわたしでも追いかけられないからね。メインはしゅんしゅんだよ。だから全力で戦ってね」
「わかりました」
「絶対にしゅんしゅんが攻撃できるようにするから、任せて」
「了解です。信じてますよ、杏子さん」
「もちろん。豪華客船に乗ったつもりでいていいよ」
「はははっ。それは安心できます」
笑う。このような中でも軽口を言える杏子さんと、それにのれる僕の冷静さ。
そしてもう一度深呼吸をする。
思考がクリアに、視界がクリアに、神経が研ぎ澄まされる。
「来るよ」
その言葉と同時に、鬼が咆えた。
全身を襲っていた『ライトニング』の雷がなくなったようで、怒りを見せた表情を僕に向ける。しかし隣に居る杏子さんを警戒しながらすぐには向かってこない。
だからこちらから行くしかない。
「杏子さん、いきます!」
「うん!」
そして、鬼対僕と杏子さんの戦闘が始まった。
全力で鬼との距離を詰める。それに対して鬼はターゲットを僕に変え、太刀を構えた。
初めての先手。これまで後手に回っていたのに先手を取れたことはこの戦闘において有利に立つ。
「はあぁぁぁぁっ!」
剣を振る。全て全力だ。力比べに持っていけば負ける。手数勝負でも負ける。なら、質を上げて、受けざるを得ない攻撃をし続けたら勝機が見えるはず。
鬼が僕の猛攻に一歩後ろに下がる。するとその直後、鬼の後ろに火柱が立った。杏子さんの援護だ。それのおかげで体制を崩した鬼に僕の斬撃が当たる。微かに傷がつく。
これならいける!
剣を縦に横に振る。杏子さんが鬼の行動範囲を狭めてくれる。途端に鬼の動きを読みやすくなり、吸い込まれる様に攻撃が当たり、徐々に鬼の体には傷が増えていく。
しかし、それでは決定打に足りていなかった。
ネームドは通常のモンスターよりも個体が強い。ユニークになった時点で同じモンスターに比べて頭一つ超えている。その中でも特に耐久値が高いユニークが生き残りやすい。そして、そのユニークがネームドとして認知される時点で他の個体に比べて圧倒的に強くなっている。防御力、攻撃力、スピード、頭脳。それぞれが強くなければ他のモンスターに淘汰されてしまう。
だから、ネームドという個体は冒険者と似たようなスキルを使う。それは、そのように見て学ぶ学習能力があるということ。
だから、僕達の即興な連携ぐらいならすぐに対応し始める。
そして、鬼が下がらずに前進し始めた。
僕の剣を受けながらも、体に傷を負いながらも前進する。これぐらいの攻撃なら痒いぐらいだと言いたげに笑いながら前進し始めた。
「くそっ!!」
その行動に焦りが生まれる。質を上げたと思っても僕の攻撃はダメージにならないってのか!
しかし焦ったのは僕だけだったのか、鬼との距離が空いた瞬間に杏子さんの魔法が鬼にクリーンヒットした。
30センチほどの岩の塊。それが鬼の腹部に当たり鬼の口から息が漏れる。
「それは罠だからねー」
その瞬間、杏子さんの魔法が流れるように鬼にぶち込まれた。
岩の塊、炎の塊、切り刻む風に、弾けるような稲妻。そして最後にはその場に縫いつけるように凍らせた。
それを至近距離で見ていた僕に魔法の余波が来る。しかしその勢いに見惚れるように釘付けになっていた。
圧倒的。
その攻撃を見てそう感じてしまった。
「どの属性が弱点かわからなかったから全属性撃ち込んだけど、まだみたいだね。しゅんしゅん、その場から離れて、構えて。動き出すよ」
その言葉に僕は素直に離れた。
その瞬間、氷が砕ける。
僕の魔法の方が魔力が少なかったはず。しかし、今回の方が短い時間で鬼は氷を砕いた。つまり、あの時は余裕で待っていたということ。
その現実に歯を食いしばる。
そして、鬼が咆えた。




