59話-1「『暴虐の鬼王』」
河合さんが吐血する。
腹部から太刀を辿って地面に滴り落ちる鮮血を河合さんが見た。
「ごほっ……えっ……」
困惑した表情。一瞬の出来事にまだ理解が追い付いてないような表情。しかし徐々に現実に戻され、顔色が蒼白になる。
「かわいさぁぁぁぁん!!」
無我夢中でそのモンスターとの距離を詰める。
一瞬で沸き上がった怒りが僕を駆り立てる。
いとも簡単に通してしまった怒り。たったの数秒で河合さんまで到達させた自分への怒り。河合さんが刺されてしまった怒り。
そして河合さんを刺した、この赤黒い角を生やした『鬼』に対する怒り。
今までにこれほどの怒りが沸き上がったことはない。その怒りが剣に伝わり、力がこもる。
そして、僕に背を向けている鬼に向かって、白く光る剣を振り下ろした。
「おぉぉぉぉぉっ! ……っ!!」
しかし鬼は河合さんから引き抜いた太刀で僕の剣を受け止めた。
その衝撃で河合さんが後方に倒れる。
「俊! どけぇ!」
その言葉を放ったのは大樹さんだ。剣を振りかぶりスキルを発動させている。
「そのまま振り切れ、大樹!!」
そしてその逆側には兼次さんの剣が迫っていた。鬼を挟む攻撃。
僕が飛びのいた瞬間、
「「リア・スラッシュ!!」」
両方から白く光る剣が繰り出される。
しかし、
「「なっ!?」」
それは鬼の両腕に止められた。
兼次さんの攻撃は太刀で、大樹さんの攻撃は腕で受け止めている。
そして、鬼が笑った。
その瞬間、鬼は大樹さんの剣を掴み回転させるように大樹さんごと地面に叩きつけた。
「がはっ……」
そして右手に持っていた太刀を兼次さんに向かって振り切る。それを兼次さんは盾で受けるが、その威力に後ずさった。
しかし、そんな事は関係ない。この攻撃は止められない!
「リア・スラッシュ!!」
二人を相手取った隙をつくように、僕は鬼に剣を振り下ろした。
しかし、それは空を切る。
「……っ!?」
隙だと思っていた行動は動作の一つで、元々兼次さんと大樹さんをあしらったら動くつもりだったように、僕の攻撃を見ずにバックステップをして避けた。
そして次の狙いは、すでに河合さんを回復し始めていた桐島君だ。
鬼が桐島君に向かって走る。
「くそっ!」
僕は『リア・スラッシュ』後の身体を無理やり動かして鬼を追う。しかし、間に合わない。
集中して河合さんを回復させていた桐島君が顔を上げ、恐怖の表情に変わる。
「うそだろ……っ!! がぁっ……」
桐島君が蹴り飛ばされた。
数メートル吹き飛ばされた桐島君が地面を転がる。
桐島君が倒れたら河合さんを助けられる人がいない。
……やばい、やばい、やばい! 速く動けっ!!
鬼が河合さんを跨ぎ桐島君に向かって走りだした瞬間、
「舐めるなぁぁぁぁっ!」
最大の魔力を込める。そして発動した。
「『アイスエイジ』!!」
今までの最速の発動。その世界を凍りに変える魔法は鬼に直撃した。
そして一瞬で鬼が凍った。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
僕は肩で息をしながら河合さんに向かって歩く。少しだけ服の端が凍っている河合さんを抱き上げる。
「俊! お前やったな!」
「すまん! 俊、助かった!」
起き上がっていた大樹さんとすでに僕の隣に来ていた兼次さんが言う。
しかしまだだ。まだ終わってない。
「早く逃げましょう! まだです! まだ倒せてないです! あれは今すぐにでも動き出しますよ!」
凍っている鬼を見ると笑っている。それはいつでも動けるがわざと待っているかのように、不気味に目を光らせていた。
「そうやな。早く逃げるぞ。こいつはやばい。明らかに強すぎる!」
兼次さんでも守りきれなかった相手。兼次さんも今の攻防だけで疲弊している様に見える。
そして大樹さんは攻撃を食らっている。ダメージは少ないかもしれないが、あんな倒され方をした事ないだろう。その目には恐怖が宿っていた。
「兼次さんの言う通りだ、逃げるぞ」
そして少し離れた所で弓を構えたままの小百合さんに声をかける。
「小百合さん! 回復魔法を! 河合さんが!」
そう言いながら放心状態で立っていた小百合さんに声をかける。僕の声に「はっ!」とした顔になり声を出した。
「ご、ごめん。私、攻撃できなかった……」
「そんなこといいです。とにかく回復魔法を! ポーションが飲めないんです。桐島君が倒れている今、小百合さんしか!」
「わ、わかったわ! 『キュア』!」
僕の腕の中で息が絶え絶えになっている河合さんに小百合さんが魔法をかける。
すでに意識はない。
ポーションは経口摂取しないと効果がほとんどなくなる。少しの傷ならかけても回復するが、ここまで大きいと焼け石に水だった。
しかし、小百合さんが焦った声を出す。
「うそっ……回復魔法が、効かない……私の回復魔法では、無理……」
「嘘だろ!」
衝撃的だ。小百合さんが使えるのは『キュア』のみ。大抵の切り傷ならそれで完治できる。だから今までは対応できていたが、河合さんの傷が大きすぎる事で『キュア』では回復できない。
くそっ! 僕が回復魔法を覚えていたら!!
歯を噛みしめる。
だったら、桐島君しかいない。
「小百合! 佑を回復させろ! 彰達が介抱してる。せやないと、真由が危ない!」
「う、うん!」
小百合さんが走って桐島君の所に向かう。
吹き飛ばされた桐島君は気絶している。それを起こしているのは彰さんと美優さんだ。
……あの二人、さっきの攻防で何もしてなかったよな。なんでもうあんな所にいるんだ。
しかし頭を振ってその考えを捨てる。
今はそんな事より、河合さんを回復させるためにできる事を優先しろ!
「彰! 佑くんは!?」
桐島君を肩に担ごうとしていた彰さんが小百合さんを見る。
「まだ気絶してる。……小百合、回復できるか?」
「やってみるわ」
そして小百合さんが桐島君に回復魔法をかけた。傷は消えている様に見えるが、意識はまだ戻らない。
「……これは、当分起きないぞ」
彰さんがこぼす。そして桐島君を担いだ。
「兼次さん、逃げるぞ!」
彰さんがそう言った瞬間、背後でピシっと音がした。
その音に背筋が震える。
「やばいです。氷が割れそうです」
「急ぐで!」
そして走り出そうとした時、彰さんが言った。
「おい、奥山! 河合は置いていけ!」
……は?
その言葉の意味が分からなかった。理解できないまま彰さんを見る。
しかし、僕の感情が溢れる前に大樹さんが怒鳴った。
「はぁっ!? 何言ってるんだ彰! 正気か!?」
大樹さんが彰さんの胸倉を掴もうとしたが、手で払われる。
「何言ってるって、お前の方が何言ってるんだよ? 河合はもう無理だ。佑が起きない限り回復ができないだろ。俺らは二人も抱えて逃げられないぞ! もうあの鬼も動くんだろ! だったら、もう死にかけてる河合を置いて逃げるしかないだろ! 俺らが生きる事を考えろ!」
「考えろって……真由ちゃんはまだ生きてるのよ! なのに、見捨てていけってこと!? どうかしてるわよ!」
彰さんの言葉に小百合さんも声を荒げる。
しかし彰さんは言動を変えない。
「だから考えろって言ってるだろ! 二人を抱えて誰が逃げるんだ! 俺は佑を抱えてる。大樹と兼次さんは盾で守る役割だ。二人は抱えられない。美優と小百合も人一人抱えてあの鬼のスピードから逃げ切れるのか? 残った奥山は唯一魔法を使える。今あの鬼を抑えてるのも奥山が魔法を使ったからだ! 河合を抱えてたら碌に魔法を使えなくなる。だったら、奥山の手を空ける為に河合をここに置いた方が、俺らが生き残れる確率が上がるんだよ!」
その理由は理にかなっているだろう。このパーティメンバーで生き残る人数を多くするには一人の犠牲で済む可能性があると言う事。
でも……
「今度もし鬼に追いつかれたらそれこそ全滅の可能性がある! 俺はまだここでは死ねない! 死んだらダメなんだ! ダンジョンは仕事だ! これを失うわけにはいかないんだ! お前らもそうだろ!」
その言葉に小百合さんが黙る。
彰さん達からしたらダンジョンは仕事で、生活の為の稼ぎ場だ。理解できる。死んだらもうダンジョンで稼ぐことはできない。
でも……
「ダンジョンで死んでも外では生きてるんだ。それにまだ河合は仕事を辞めてない。だったら、河合に泣いてもらうしか、俺は……」
「彰」
彰さんが最後まで言い切る前に兼次さんが止めた。
「彰の言いたいこともわかる」
「兼次さん!?」
兼次さんの言葉に大樹さんが声を上げる。
「何言ってんだ! 兼次さんもそんなこと……」
「でもな、俺らはパーティや、仲間に命を預けてる共同体や。せやから、ここで真由を一人置いて行くのは違う」
「そ、そうだよな。兼次さんならそう言うよな!」
「だったら、どうするんだよ! 兼次さん!」
「俺が殿を務める」
「はあ!?」
「兼次さん何言ってるのよ!?」
兼次さんの殿と言う言葉に全員が声を出す。
「言った通りや。俺があいつと戦っている間に、お前らは真由を連れて逃げろ。それでギルドにネームドの出現を報告しろ。すぐに高レベルの冒険者が出てくるやろ」
「でも、兼次さんでもあの鬼に手が出てなかっただろ! だったら、兼次さんが死ぬ可能性が……」
彰さんが心配そうに言う。しかし兼次さんは胸を張った。
「あれは、はっきり言って焦ってた。でも今なら、お前らが逃げるぐらいの時間は俺が稼げる。安心しい」
「いや、兼次さん……」
兼次さんが言った言葉。それは「時間を稼ぐ」だけ。その言葉の意味は自分は死ぬ可能性があると言う事。
だから彰さんが渋る。彰さんは元々兼次さんが殿を務めて死ぬ可能性があるから先に進みたくなかった。そして今その形になろうとしている。
これは僕が招いた事でもある。52階層に進まなければあの鬼と会う事もなかった。
だから、そうする。
いや、元々そうするしかないと思っていた。
そして僕は兼次さんに近づいて、河合さんを渡した。
「なんや、俊……」
僕がした行動に兼次さんは目を白黒させる。
そして僕は言った。
「僕が残ります」




