55話-3「半分を超えて」
営業室に戻ると課長が部長に呼ばれたようで、部長の席に向かって行った。僕はそれを横目に見ながら自分の席に戻る。すると、河合さんと谷口が声をかけてきた。
「奥山君、お疲れ様。何の話をしてたの?」
「朝の課長との言い合いから今の呼び出しだろ? 奥山、もしかして……」
「河合さん、谷口、お疲れ。……もし時間あるなら今日飲みに行こ? 急だけどその色々話があるし……」
すると谷口はその言葉で気づいたのか神妙な顔をして頷いた。
「わかった。じゃあ、早めに終わらせる。20時ぐらいならいける」
「私も大丈夫だよ。今日は空いてるから。あと片付けだけだし」
「ありがとう。じゃあ、20時にいつもの居酒屋でいい?」
「ああ、先行っててくれ。真由も先にな」
「うん。先行ってるね」
そして二人は自分の席に戻っていった。
すると課長が声をかけてきた。
「奥山、今日はもう終われ。さっき言った通りやから、明日からしっかり頑張ってくれや」
「……わかりました」
課長に言われた通りに僕は今日の片づけをする。
今の口調からすると、課長は僕を一時的にでも繋ぎ止めれたから気分がいいんだろう。
そう言う事で僕も早く片付けをして会社を後にした。
◇
「そう言う事で、会社を辞める事にしました」
居酒屋で谷口と河合さんが揃ってから退職の話をする。河合さんは今日僕が課長に話をする事を知っていたので、今日は空けてくれていたらしい。
ここまでの話を聞いた谷口がジョッキに入ったビールを飲んで息を吐いた。
「そっか。奥山も辞める事にしたのか。まあ、あの課長の下だったらきついからな」
「……やけにすんなり受け入れるな」
「そりゃな、別に辞めるのは人それぞれだし、奥山の事だ、辞めた後もしっかり考えてるんだろ?」
「まあな、考えてる」
谷口が「だったらいいだろ」と言いながらまたビールに口を付ける。
「それにしても、真由に先に相談してたとはな。俺にも相談してほしかったぞ?」
少し残念そうな目で冗談交じりに言う。
「ごめんな。何と言うか、谷口は忙しそうだったし、ここ最近外出ばっかりだっただろ? 河合さんはたまたま昼飯とかで会う時があったからさ」
「そうだったな。前言ってた飲みにも行けてなかったから、仕方ないか」
相談できるタイミングが最近なかったなと思い出しながら「すまんな」と谷口がこぼす。
「それでだ、今朝の課長あんな声を荒げてたんだ、何か色々と言われたんじゃないか?」
「言われた。録音してるけど聴く?」
そして僕は机の上にボイスレコーダーを置いた。
「用意周到だな。聞かせて」
「私も聞いていい?」
谷口と河合さんがイヤホンを取って音声を聞き始めた。
15分程でイヤホンを置いた二人は苦笑いをした。
「まじで、あの課長やばい事言ってるな。パワハラどころじゃないぞ」
「ほんとに……これは労基に言ったら勝てるよ。というか、部長に言ってもやばいんじゃないかな?」
「だよな? まあ、音声取っておいてよかったよ。武器になる」
そんな反応されるだろうとは思ってたけど、やっぱり自分以外も同じ反応なんだな。あの課長はやばい。
「それもあるけど、あれだ。1000万案件って、まじでやるつもりか? もう辞めるのにする必要ないだろ?」
「そうだよ。労力の無駄だよ。あの課長の為にしなくてもいいでしょ」
「まあ、そうだよな。でも、言ったからには達成しようと思ってる。一応取れる当てはあるし」
その言葉に谷口と河合さんが目を見開いた。
「そっか。でも奥山、お前変わったな」
「そうか?」
「変わった。前よりも断然タフになってるし、昔ならそんな言葉出なかっただろ。かなり成長したよな」
「うん。私もそう思うよ」
しみじみと言うような雰囲気で二人が笑う。その顔からは同期として成長した事を喜んでくれているみたいだ。
「それにしても、奥山が辞めるとなると、あの課長は降格の可能性があるな」
「そうなの?」
「そりゃ、奥山って普通に成果は上げてただろ? 大きな案件を持ってこなかっただけで、コンスタントだったし。支店の利益には貢献してたからな。それに、今は本部長賞がほぼ決定してるわけだし。そんな人材を辞めさせたとなると、課長は特に厳しい対応されると思うぞ?」
「まじで? というか、僕が本部長賞を取れるってさっき課長に言われるまで知らなかったんだけどさ。谷口まで知ってる話だったの?」
その言葉に谷口が「はぁ?」と口を開ける。
「おいおい、まじかよ! あの課長それも言ってなかったのか。まあ奥山も調べたらすぐわかる事だけどな。社内ランキング見てたら可能性があるってわかるし。今のお前は俺らの年次の中で上位20人には入ってるし、そりゃ選ばれるだろ」
「知らなかった。しっかり見てたらよかった」
「私は法人だからそっちは見てなかったなー」
大口案件を取ってなかったから今までランキングとかは気にしてなかった。課長にまったく評価されてなかったらそうだと思うだろ。
「それに俺らの年次はもうそろそろ中堅になるから、その中で評価があるやつを逃がしたくないだろ? だから、あの課長は厳しいだろうなって」
「なるほどね。じゃあ、もし奥山君が新たに1000万案件取ってきてから辞めたとなると、余計厳しい事になるんじゃない?」
「なると思う。もしそれが達成出来たら100パー本部長賞だし、それに加えて今の音声を出されたらもう終わりだな」
それを聞いて僕の口角が上がった。
「おい、奥山なんか悪い顔してるぞ?」
「そう? いや、最後にあの課長をぎゃふんって言わせられたらうれしいなって思って」
それを聞いた谷口が笑った。
「あはははっ! 奥山もそう思うんだな! やっぱり変わったよお前! いい方向にな!」
「うんうん。生き生きしてる。やっぱあれがきっかけなんだろうね」
「あれってなんだ? 真由は知ってるのか?」
「え? えっと……奥山君!」
河合さんが僕の顔を見て「話して!」って目で伝えてくる。
まあどっちにしても話すつもりだし、話しましょうか。
「河合さんには相談して話してたけど、谷口にも言うわ。前にも話したけど、ダンジョンだと思う」
「……ダンジョン? 前にも聞いたけど、やっぱりそれが奥山を変えたきっかけなのか?」
「多分。二人から見て僕がそこまで変わったって言うならそれしかない。話すと長くなるけど、ダンジョンで僕に起こった出来事って言うと……」
それから僕は谷口にダンジョンで起こった事を色々と話した。
それは僕が、僕の考えが変わっていった出来事。
その話は、自分の武勇伝を語っているようで、楽しかったのは内緒である。
◇
そして、課長に退職の話をした週の金曜日。僕は朝の朝礼で部長の横に立っていた。
「奥山君がまた1000万案件を取ってきました! 皆さん拍手!」
パチパチとみんなが拍手をしてくれる。
そしてちらっと課長を見る。すると課長は昨日の夕方と同じように顔を歪ませていた。
これで決定ですからね、課長。
その後のいつもの朝礼が終わった後、僕は課長の席に向かい耳打ちをする。
「課長、約束通り部長も交えて、今日の定時後にお話しお願いしますね」
「……」
そう言って僕は自分の席に戻る。
悔しそうな顔をする課長を横目にこの案件の最後の整理をする。これで僕が会社を辞める事は確定した。
それにしてもここまで上手くいくとは。
今まで毎日苦しく営業をしていたのが嘘の様にポンポンと決まった。何と言うか、もう終わりと考えたら行動が凄く楽だった。今までよりも足取りは軽いし、はきはきと営業ができる。自信満々で話せるし、今までかかっていたプレッシャーが嘘の様になかった。
吹っ切れるってとてもいい事なんだと思った瞬間だった。
そして、第三ラウンドの定時後が訪れた。
「……で、どうして奥山が辞める事を止められてないんだ! 矢田ぁ!」
「す、すみません……」
目の前で課長が部長に怒られている。机の上にぽつんと置かれた僕の退職願を見ながら。
「俺は言ったよな? 奥山は本部長賞が決まってるから今のタイミングで辞めさせるなって! どうにかして残らせろって言ったよな? どうしてこうなってるんだ!」
「いや、私もしっかり辞めないように言ったんですよ。でも、奥山が頑なに辞めるって言い張って……」
「それを止めるのがお前の役目だろうが!」
目の前で大の大人が大人に怒られている姿は何と言うか厳しいものだ。
「まあいい、お前にはもう期待せん!」
「ちょっ……部長……」
ため息をついた部長が僕を見た。
「で、奥山、辞める事について考え直してくれないか?」
真剣な目を向けてくれている部長には申し訳ないが、決めた事は覆すつもりはない。
「ないですね。前々から辞める事は頭にありましたし、月曜日に課長に言った事が全てです。僕はこの会社を辞めたいです」
僕の真剣な目を見て部長が「どうしたらいい物か……」とつぶやきながら僕をしっかり見る。
「でもな、今回奥山は本部長賞が決まってる。だから、今辞めると支店が大変な事になるんだよ。それはわかるよな?」
「わかります。でも、僕も知らなかったんですよ。僕が本部長賞に選ばれてるって、月曜日に初めて聞いたんですよ。辞めるって言ってからその話を聞いてしまったので」
「はぁ? どういうことだ? 矢田が奥山に話してただろ? 決まった時すぐに話す様に言ったよな?」
睨むように部長に見られた課長が言葉を詰まらせる。
「あ、えっと……奥山は褒めたら伸びないタイプなので、そう言う話は直前にと思ってまして……」
まだ言うかこいつ!
すると部長も呆れた様にため息をついた。
「アホかお前は! そういうのは先にしっかり話すのが義務だろうが!」
会議室に部長の怒声が響き渡る。
「すまんな奥山。伝えてなかったのは悪かった。でも、奥山もやる気がある動きをしてたから、辞めるって考えてなかったんだ。本部長賞を取れる実力だ。この会社に居てほしい人材なんだよ」
「そう言われましても、今までそんな事言われた事がなかったですし。辞める事は決めてるので」
今更必要と言われてもな。こうなる事を考えてケアしてくれよ。だから、この会社は新入社員の回転率が高いんだよ。
「でもな、こんな立て続けに1000万案件を取って来たら辞める必要ないだろ? ここまで成果を上げれるなら文句も出ないだろ。でもお前は辞める気なんだよな? はっきり言うとこれのせいで余計辞めにくくなってるんだ。なんで取って来たんだ?」
「なんでって言われますと、課長と約束したからです」
「課長と約束? どういうことだ?」
部長が課長を見た。しかし課長は何も言おうとしなかったので、僕が代わりに言う。
「課長が「辞めるなら1000万案件取って来たら辞めさせてやる」って言ったので、取ってきただけです」
「おい! 矢田! 本気で言ったのか!」
部長が課長をすごい剣幕で見た。
「……いや、本気で言ったわけではないですよ。ただ、それぐらいの気持ちがあればまだこの会社で頑張れると……」
「いや、課長は言いましたよ。しっかり録音してますので」
そして僕はボイスレコーダーを机の上に置いた。それを見た課長は顔色を変える。
「はぁ!? お、お前、それ……まじかよ!?」
「矢田ぁ! どういうことだ! どれだけ辞めてほしくなくてもそのやり方はダメだろが! 俺は言ったよな。本部長賞が決まってる奥山を辞めさせたらこの支店の評価がどうなるかって。だから、しっかりケアしろって、言ったよな? でも、これは絶対にしたらダメなやつだろ!」
部長の今まで聞いた事のない怒鳴り声が響き渡る。
その怒号に対して課長は「すみません」としか返せなかった。
そして部長が課長に対してはっきり言った。
「矢田! お前の処分は後で言い渡す! 降格は覚悟しとけ!」
「ぶ、ぶ、ぶ、ぶ………ちょう……」
口をあわあわさせて何も言えなくなった課長が、打ちひしがれる様に項を垂れた。
はははっ! 第一目標完了! 課長を「ぎゃふん」と言わせられました!
まあ、課長の自業自得ですけどね。




