第八十五話 身を切る思い、出立の刻
いよいよ明日の朝、蝦夷に向かう漁船に乗る
土方は一人部屋で腕を組み、目を瞑り考えていた
土方「山崎、すまんが呼んできてほしい者がいる」
山崎「それは」
土方「ああ、お前が思ってる面子でいい」
山崎「はい」
山崎は土方が考えている事が何なのか、誰を呼んでほしいのかを理解していた
会津の戦争から共に旅をしてきて感じた事だ
土方「申し訳ない、わざわざ俺の部屋に来てもらって」
大久保「なんだ改まって」
永倉「何の頼み事だぁ?」
藤堂「何でも言ってくれよ」
島田「・・・」
土方はいつもに増して、神妙な顔をしていた
何かを決心したかのように
手を畳につけ、深々と頭を下げ、こう言った
土方「貴殿この先、蝦夷へ赴くこと、断念して頂きたく候う」
大久保「・・・」
永倉 「おい!あんた何言ってるのか分かってるのかよ!」
藤堂 「此処で俺たちを切り捨てる気なのか!?」
土方は下げた頭を上げない 辺りがしんと静まり返る
永倉 「おい!何か言ったらとうだ!」
土方 「・・・申し訳ないが、これより先は足で纏に変わりなく。願いたくばこのまま、別の道を歩んで頂きたい」
藤堂 「ひでえじゃねえか、仲間だろっ」
大久保「トシ、それは他の者も同じ考えなのだな」
土方 「一人で決めました。しかし、話せば必ず理解してもらえると信じております」
大久保「そうか・・・分かったよ。今まで世話になったな」
永倉 「なんでだよ!」
大久保「君たちはまだ分からんのか!トシがどれ程に我らの事を想っているのか。どれ程に苦しい決断を下したのか!」
もはや人間同士の戦いではない、相手は悪魔だ
神の血を引く彼らだって勝てる保証などどこにもない
力になりたいという気持ちは、単なる押し売りだ
大久保はよく分かっていた
もし、自分が土方の立場だったら同じようにしていただろう
大久保「我らは此処、大間にて離隊致す!貴殿の武運を心より願う」
土方 「すまない、近藤さんっ」
武士精神を重んじる彼らに下した決断は非情に思えた
だが、もうこれ以上、大切な仲間を危険に晒したくない
苦楽を共にした仲間だからこそ
この先ずっと、ずっと生きていてもらいたい
土方の苦渋の決断だった
翌朝、港に向けて宿を後にしたのは
土方、原田、斎藤、沖田、瑠璃、そして山崎の六人だ
誰もこの人数に対して問うことは無かった
心の何処かで誰しもが思っていた事なのかもしれない
瑠璃は先頭を行く土方に駆け寄った
土方「ん?」
瑠璃「・・・」
瑠璃は土方の着物の袖をぎゅっと握るだけで何も言わない
大丈夫、土方さんの決断は間違ってはいない
そう言っているように思えた
土方(こいつ・・・参ったな)
土方「おいっ、船酔いなんかするんじゃねえぞ」
瑠璃「え、そんなに揺れますか?」
土方「北の海だ、侮れないな」
沖田「瑠璃のことだからさ、お魚さんたちに餌ばら撒いちゃうんじゃないのかなぁ」
原田「ははっ、あり得る」
瑠璃「は?餌ばら撒く?そんな勝手なことはしませんよ」
沖田「だから、分かんない?」
瑠璃「へ?」
斎藤「その餌、ではない」
瑠璃「・・・?」
沖田が手を口にあて、胃を擦る。何かを真似ているようだ
瑠璃「ちょっと!私ゲロゲロリバースなんてしませんよっ!」
全員「げろげろ…りばす?」
怒った瑠璃は山崎を追い越し、ぐんぐん進んで行く
山崎「瑠璃くんっ!」
昨夜の事で硬直していた気持ちが、知らずに解れている
それを感じているのは土方だけではないはずだ
土方「まったく、あいつには敵わねえな」
原田は土方と肩を組むようにしてこう言った
原田「俺たちの妹が世界最強だ」
土方「ああ」
沖田「一くん、よくあの娘と渡り合えるよね」
斎藤「あんたとの付き合いが長いからな」
沖田「どういう意味?」
斎藤「瑠璃と総司はよく似ている」
沖田「へえ、知らなかったよ。一くんって僕のこと好いていたんだね」
斎藤「何故そうなるっ!」
沖田はケラケラ笑いながら瑠璃の後を追った
斎藤なら心配いらない瑠璃を任せられる、そう思った
瑠璃「土方さーん、あっちに着いたら洋服に着替えていいですかー?着物は寒いですぅ」
土方「もう機嫌なおってるぞ」
原田「だな」




