第八十二話 持て余す女心
お風呂の中で何故か悶々としていた
貧相な身体、胸を押さえる更しとか要らないくらいだし
お化粧なんてこっちに来てから殆どしていない
芸者さんから香るいい匂いは女の私でもドキリとする
私はたぶん臭い、土と汗とできっと臭い!
これでもかと言わんばかりに、頭から足の先まで
ゴシゴシ洗ってやった
でも、この時代には石鹸がない 私は無味無臭です
まだ、宴会は続いているのだろうか
戻る理由もない、かと言ってまだ寝るには早い
ここはお庭があるので、散策することにした
提灯で淡い灯りに照らされてとても美しかった
「きれい」
風が冷たくなってきたこの頃、紅葉も進み辺りは茜色だ
「こんな所にいやがったか」
「へ?」
そこに居たのは土方さんだった
「どうして此処に?もう、終わったんですか?」
「まだ飲んでる。俺はあんまり飲めないからな、風に当たりに来た」
「そうですか。この庭綺麗ですよ」
「本当だな、手入れが行き届いている」
「・・・」
「すまなかったな」
「え、何がですか?」
「折角の夕餉に芸者が雪崩込んじまって、瑠璃には面白くねえよな」
「ああ、まあ偶にはいいんじゃないですか?皆さんの息抜きってことで。酒と女は最高の癒やしでしょ。皆は鼻の下伸びてましたし」
「・・・おまえ」
「なんですか?土方さんも早く戻らないと、迎えが来ますよ」
「おい」
「なんですかっ!」
しまった、治まりかけていたイライラがつい
「長く外に居ると冷えるぞ、お前も早く部屋に戻れよ」
「・・・すみません」
「いや」
八つ当たりしてごめんなさい 心の中で謝った
もう少ししたら部屋に戻ろう、そして寝よう!
土方「斎藤」
斎藤「はい、何か」
土方「部屋に戻っていいぞ、後はあいつ等がいいようにするさ」
斎藤「・・・すみません」
土方「なあ」
斎藤「はい?」
土方「覚悟して行けよ?気が立ってるみたいだからな」
斎藤「!?」
土方はくくくっと笑った、斎藤は宥めることが出来るか?と
土方さんが言うのだから、腹を立てているのであろう
確かに女一人の瑠璃にはあの場は面白くはなかろう
そんなことを考えながら斎藤は瑠璃の部屋に来た
「瑠璃いいか?」
「・・・」
居ない、のか? ならば戻るまで待たせてもらうか
誰ともすれ違うことなく部屋に着いた
ん?誰か居る 薄っすらと影があった
「一さん!」
「戻ったか」
「どうしたんですか?宴は?いいんですか?」
「ああ、後は左之たちがいいようにするだろう」
「別に気を使わなくてもいいんですよ?もうこんな豪華な宴は無いかもしれないんですから。綺麗なお姉さん達に囲まれて、ちやほやされたらいいじゃないですか」
「怒っているのか?」
「は?怒るわけないじゃないですか!別に疾しい事してた訳じゃないでしょう。偶にはいいじゃないですかって思っただけです!」
「しかし」
「しかしも、おかしもありませんっ」
「っ!?」
誰が見ても怒っているではないか
よほど気に食わん事があったのだろう
「すまん」
「なんで一さんが謝るんですか!」
どうしよう、いちいち突っ掛かってしまう
可愛くない女 嫌われてしまう
「・・・」
「・・・」
斎藤は膝を付いたまま瑠璃に近づくと
ぐいと引き寄せて抱きしめた
僅かに斎藤から香の匂いがする
びくりと瑠璃が跳ねた気がした
「瑠璃が何に起こっているのか分からんが、俺は隣に瑠璃がおらんとつまらんのだ。故に先に戻ってきた。確かに女子から酌をされて嫌な男はおらん。厄介な本能だな」
「・・・」
一さんが悪いわけではない、頭では理解している
彼に限ってその場の流れで事に及ぶなど思ってはいない
だけど、感情が黙らせてはくれない
今だって芸者が付けていた香の匂いがしてくるから
「瑠璃?」
「一さん、他所の女の人の匂いがします」
「なっ、す、すまん」
一さんは慌てて私から距離をとった
「直ぐに風呂に入ってくる故・・・」
本当に女心は厄介だと思う
好きな人をこんなに困らせている、なのに治まらない感情
「一さん!私、凄く嫌な女です。たかが酒の席の事なのに子供みたいにへそを曲げて。だって芸者さん綺麗なんですもん。一さんにくっ付いてお酌して、お酌するだけなのにくっつき過ぎなんです!触る必要ないのに膝に手を置いたりしてっ!」
「瑠璃、それは嫉妬か?」
「・・・知りません!」
心配そうに見ていた斎藤はもう一度瑠璃を引き寄せた
「俺は果報者だな」
穏やかに囁く斎藤の声を聞いた瑠璃は
身体の力を抜いた あんなに腹立たしかったのに
心がじんわりと温かくなった
「もうっ、一さんには敵いません」
「そうか、ならば良かった」
こんな日が続けばどんなに幸せだろう
そう思わずにはいられなかった




