第七十三話 恐怖の向こうにある希望を求めて
西郷隆盛は薩摩藩の夢魔研究を止めさせるために旧幕府軍である会津藩に密告を図った
しかし、それは逆に夢魔研究を推し進める事となる
本人の意思か定かではないが、西郷もその薬を飲んだ後だった
彼は自ら化物となり、薩摩藩の暴走を止めようとしている
己を失い、失敗したその時は殺してくれと願い出たのであった
原田「蝦夷まで進軍させる訳にはいかねえな」
永倉「なんとしても此処で止めないと」
大久保「恐ろしい話だ、我々に手立てはあるのか」
土方「彼奴をサキュバを殺さねえかぎり、夢魔は止まらねえ」
沖田「奴が現れるのを待つしかないってこと?」
斎藤「恐らく此処で出会うことになるだろう」
藤堂「いよいよ、か」
山崎「・・・」
瑠璃「・・・」
あの時、彰義隊の彼も自ら薬を飲んで官軍と戦おうとした
自分の命を懸けてまで守りたかったもの
この時代に生きている男の人たちの考えは到底理解できなかった
命があるから成し遂げられることが沢山あるのに 命あってこそなのに
彼らは自分が正しいと信じたもの、国の為に家族も捨て命懸をけていた
そうした彼らがあったからこそ、未来の日本があることも否定できない
斎藤「瑠璃、また何か考え事か」
瑠璃「はい。何かの為に自分の命を犠牲にしてでも成し遂げたい事がこの時代には存在するのだなって思っただけです」
斎藤「西郷隆盛の事か」
瑠璃「西郷さんもそうですけど彰義隊の隊長も薬を飲んでいました。自分の命に代えてでも守りたいものを胸に秘めていたんだなって。死んだらそこで終わってしまう。それでも皆命を懸けるんですよね。私が育った未来では考えられないことです。でも、そういった人たちが居たからこそ未来の日本は平和なのかもしれません」
斎藤「もし瑠璃に死が迫り来る事があるとしたら、俺は瑠璃と代わってやりたいと思うだろう。自分が死ぬことで瑠璃が生きられるのであれば迷うことなく死を選ぶ」
瑠璃「一さんっ!」
斎藤「究極の例え話だ」
瑠璃「でも、一さん?私たちの命は二人で一つですから代わることは出来ませんよ。私たちは生も死も一緒なんです。私はそれを幸せだと思っています」
斎藤「そうだな、置いて行くことも置いて行かれる事もない。その時が来るまでは微衷を尽くすのみ」
瑠璃「はい」
サキュバ、遅かれ早かれ彼と戦う事に変わりはない
でもあの時感じてしまった恐怖が忘れられない 私たちは勝てるのだろうか
茜色に染まる夕日を見ながら これから始まる壮絶な戦いを思った
山崎「瑠璃くん、此処に居たのですか」
瑠璃「どうかしましたか」
山崎「サキュバについて土方さんたちに俺たちが知る限りを話してきた」
瑠璃「ああ、そっか皆はまだ知らないものね」
山崎「どのような姿で現れるのか分からないからな」
瑠璃「こんな事言ったらいけないけど、私たち勝てる?あの時感じたサキュバが放つ気は凄かったよね。全く歯が立たないっていうか・・・でもまだ秘めた力を蓄えているような感じだった」
山崎「ああ、かなりの強敵だ。だが、負けられない」
瑠璃「分かっています。絶対に勝たなければならないって事は、でもあの時私は恐怖を感じてしまった。怖かった。死ぬのが怖いとかではなくて、勝てないかもしれないという恐怖」
山崎「確かに俺もそうだ、君を死なせてしまうかもしれないという恐怖があった」
瑠璃「私たちが持っている神の力がどれほどなのか、まだよく分からない。でも悪魔に負けるなんて許されないよね。正義は絶対に勝つんだよね。それを信じるしかないよね」
山崎「そうだな・・・」
瑠璃が言わんとすることを山崎は痛いほど分かっていた
あの時、二人は初めてサキュバと一戦を交えたのだ
特殊な能力を持ってしてもあの程度の反撃しかできなかった
だが、自分たちは攻撃型ではない 土方初めとする四人ならきっと違うはずだ
そう強く信じるしかなかった
瑠璃「山崎くん、お礼言ってなかったね。助けてくれてありがとう」
山崎「あの時ほど死ぬ気で走ったことはありませんでしたよ。間一髪、でした」
瑠璃「お陰で新記録更新!だね」
山崎「まったく君は・・・沖田さんと双子なのが良く分かるな」
瑠璃「え?」
山崎「なんでもない」
死ぬ思いをしても、どんなに怖い思いをしても彼女はこうして笑うことが出来る
俺たちはそれに支えられているのだろう




