第七十二話 西郷隆盛
季節は夏へ移り変わり、この東北でも陽射しは刺すように痛い
それでも官軍の進軍は止まらる事を知らない
会津に入るのも、もはや時間の問題だった
そして、西郷隆盛は鶴ヶ城に幽閉されていたのだ
山崎「西郷隆盛は鶴ヶ城内に居ます」
土方「接見したいが、藩は西郷隆盛の存在を認めていない。やはり、何か隠しているのは間違いないだろ」
原田「力強くでって訳にはいかねえよな」
沖田「また忍び込むしかないでしょ」
山崎「城内の位置はだいたい把握しております。しかし、全員は無理だと思います」
大久保「では、何人なら可能なのだ」
山崎「四人が限度かと」
永倉「不測の事態に備えて他は城外で待機だな。誰が入るかが重要になるよな。山崎は外せねえだろ?」
永倉は直接名前は出さなかったが瑠璃と土方を見た
瑠璃「・・・」
土方「そうだな、今回は俺も行く。あと瑠璃お前にも頼めるか」
瑠璃「はい」
藤堂「あと一人は誰が行くんだ?」
沖田「・・・」
斎藤「俺が、行きます」
土方「決まりだな」
城に忍び込むのは土方、斎藤、山崎と瑠璃の四人だ
夕刻、見張り交代時間を狙って侵入する事にした
瑠璃「ふふ、似合ってますね!忍者服」
山崎は勿論、今回は土方と斎藤も黒い忍び装束を身に着けた
土方「何だかんだ言ってこいつが一番軽くて動きやすいな」
沖田「だったらいっそ、今後もその姿で指揮をとって頂いても構いませんけど?」
土方「莫迦にしてんのか」
沖田「まさか」
瑠璃「一さん、素敵ですよ」
斎藤「そうか?」
こうして暗闇に紛れて四人は城内に入って行った
山崎「藩主の松平容保も先日戻っています」
瑠璃「あっ、見て偉そうなあの人がそう?」
土方「そうだ。会合が始まるのか?こんな夜更けに」
斎藤「しかし、ここからでは聞こえません」
瑠璃「大丈夫です。山崎くんが口を読みますから」
土方「読唇術か、なかなかやるじゃねえか」
山崎「いえ」
山崎が口を読み、土方たちに心で交信して伝えた
山崎(会津藩は鳥羽伏見の戦争を機に、軍隊の養成に力を入れてきたそうです。武家の男たちを中心に部隊は五つに分かれていると。官軍との戦いに備えているそうです)
土方(会津も本気だな、確か宇都宮の戦いで指揮を取っていた旧幕府軍の大鳥圭介って奴がいた。あの軍隊も恐らく合流するだろ)
斎藤(先の戦争では旧幕府軍が勝ったと聞きましたが、合流したらかなりの規模になるのでは)
土方(ああ、かなり大きな戦争になるだろう。それにあん時は夢魔たちが使われていなかった)
瑠璃(夢魔は何処に潜んでいるんだろう)
山崎(会津藩も薬の研究をしているそうです。夢魔の薬と阿片を混合させたと)
土方(なに!やはりそういう流れになっていやがったか)
瑠璃(その夢魔の薬を持ち込んだのが西郷隆盛?)
四人は西郷隆盛が幽閉されている場所へと移動した
見張りは武装した隊士が五人、交代直後を狙う
土方たちは音を立てずに隊士の後ろに降りたち
それぞれを瞬打し、気絶させた
振り向くと、牢屋の奥に座り目を瞑る男が一人
大柄な男を想像していたが案外細身で、無駄な肉のない引き締まった体つきだった
土方「西郷隆盛殿か」
西郷「貴方がたは何者ですか」
土方「失礼した。我々は新選組、私は土方歳三と申す」
西郷「ほう、まさかこんな場所でお目にかかるとは」
土方「夢魔の薬について調べている。薩摩はそいつを使い過激な戦争を仕掛け、もはや人間の戦争じゃなくなっている。それをご存じか」
西郷「承知している。だから旧幕府軍の中でも最も勢力がある会津藩に薩摩や長州がやっている研究を暴露して貰う筈でここに来た。まさかそれを使って会津も対抗しようとは思っても見なかった事だが」
土方「しかも、阿片も使っている」
西郷「そうだ、長州は引いたというのに我が薩摩藩だけは止めなかった。あの男の所為だ!」
瑠璃「黒服の男、サキュバ」
西郷「名は知らんがその黒服だ。あの男は恐ろしい化物である」
斎藤「ここを出たいと思わないのか」
瑠璃「私たちならそれが可能です。皆心配していましたよ」
西郷「いや、私は死んだことにして下さい」
土方「何故ですか」
西郷「私の身体は既にあの薬に冒されている。いつ変貌するか分かりません。このまま戦争が始まるまで待つつもりです。そして、薩摩の夢魔は私が止める!それがせめてもの償いになれば」
瑠璃「そんな」
西郷隆盛は既に薬を飲んでいた
平静を保っているのは彼が強靭な肉体を持っているからだろう
西郷の話だど夢魔の薬と阿片の混合薬は強力らしい
一旦、症状が出たら死ぬまで治まらないと
西郷「貴方がたに頼みがあります。私が暴走し己を失ったその時は、私を始末して下さいませんか」
瑠璃「薬の症状を消す手段はないのですか?」
西郷「私の知る限りでは、あの薬には生みの親でもある黒服の男の血が混じっているとか。奴を殺さない限り化物も消えない」
斎藤「それしか手がないのか」
西郷「お願いします。制御が効かなくなった場合は必ず私を殺して下さい。貴方がたなら可能でしょう」
土方「・・・承知した」
西郷さんが言うにはサキュバは自分を探している
必ず現れるはずだと言っていた
そして、忘れかけていたけどあの文のことを聞いた
サキュバは新政府軍と旧幕府軍の戦争に紛れて
日本を支配しようと企んでいる事、そして蝦夷についてだ
まだ未開拓の地が多いあの大地で悪魔の共和国を創ろうとしていると
アイヌ民族を夢魔化し全国に散りばめる
純血であるアイヌ民族がそれを飲んだら
想像を超える強力な悪魔が誕生するらしいと
土方「貴重な情報をありがとうございました。貴殿の武運を祈ります」
西郷「かたじけない。後の事は新選組に委ね申す」
私たちは西郷隆盛と別れた




