第六十六話 罠
瑠璃「左之さん」
原田「ん?ああ、土方さんと平助の所へ急がないとな」
瑠璃「その前に、はい」
瑠璃は原田の前に立ち両手を大きく広げて見せる
原田「・・・おい」
瑠璃「少しだけ元気補給してから行きましょう。ね?」
正義の為に、信念の為に友を斬った、それは間違ってはいない
俺は大丈夫だ、そう言いたいのに体が言わせてくれない
抗うどころか、引き寄せられるように膝を着き瑠璃の腕の中に納まった
瑠璃は大きな原田の背に腕を回し、トン、トンと宥めるように叩く
涙を流すことの出来ない彼を思っての行動だった
大将を亡くした第三部隊含む待機中の彰義隊はこの戦いから退いた
これからの先の人生をどうか自分の為に家族のために生きてほしい
そう強く願った
土方「おらぁっ、彰義隊は退いたんだよ!お前らもいい加減に退け!」
土方の凄まじい気迫で夢魔たちはぐいぐいと後退させられる
藤堂も負けじと応戦、次から次へと灰と化してゆく
山崎「土方さん!薩摩が撤退して行きます!」
藤堂「あれ、夢魔も全員退いてるぜ」
土方「妙に素直に退きやがる・・・」
原田と瑠璃が駆け付けた時には、官軍は全て退いていた
瑠璃「終わったの?」
土方「さあな、退き方が妙に早かったんだが全部会津に向かう気か?」
原田「俺たちも早く斎藤たちと合流しねえとな」
山崎「・・・」
彰義隊を打つと言った官軍だったが、あっさりと退いていった
本気で打つ気があるなら相手が退こうが関係なく追うはずだ
何かが引っ掛かる 妙な胸騒ぎを抱えたまま上野での戦いは終結した
土方らは会津へ向かうべく準備を進めていた
木戸からの連絡によると、会津や仙台では官軍の横暴に耐え兼ね抗戦するという
そして彰義隊の新井が飲んだ薬の事だ
あれは薩摩で使われている夢魔とよく似た症状が現れていた
官軍だけでなく徹底抗戦しようとしている会津や仙台の軍隊でも使われているのではないか
もしそれが本当ならば、会津に居るらしい西郷隆盛が鍵となる
土方「俺たちも早急に会津に入る必要があるな」
原田「ああ、急がねえと人間同士の戦いじゃなくなっちまう」
山崎「失礼します!島田からの連絡です」
山崎が島田からの文を土方に渡す
内容は近藤が江戸に入り、近くの宿に居るらしいということ
そして改名して大久保と名乗っているということだった
恐らくお触書の所為で身分を隠す為だろう
土方たちは人目を避けるため、夜半に近藤に会うべくその宿に向かった
土方「近藤さん」
近藤「トシ!元気にしていたか。瑠璃くんも変わりはないか」
瑠璃「はい!」
近藤のお日様のような笑顔はあの時と少しも変わらない
見ているだけでこちらの頬も自然と緩んでしまう
土方「近藤さんこそ元気だったのかよ。変なお触書と人相書きまで出回っちまったが」
近藤「ああ、田舎町を回って来たのでなこれと言って変わったことはなかったよ」
原田「これからどうするつもりですか」
藤堂「家族が首を長くして待ってるんじゃねえのかな」
近藤「ああ、その事なんだが・・・」
島田「失礼します!すみません、周りを新政府軍に囲まれております!」
瑠璃「えっ」
土方「なに!どういう事だ!」
原田「直ぐにここを出よう、近藤さん大丈夫だ俺たちと一緒に逃げよう」
近藤「いや、その」
土方「誰がタレこみやがった、山崎!状況確認頼む」
山崎「はっ」
藤堂「どうする、俺が囮になるか?」
人間相手に土方たちは斬り合いをするわけにはいかない
だが、ここは何とか切り抜けなければならない
近藤「トシ、俺が出るよ」
土方「何言ってるんだ、あんた狙われてんだぞ!知ってるだろう。俺たちは罪人だ。捕まればただじゃ済まされねえ。命だって危ねえんだ!」
山崎「人数は三十程です。夢魔は含まれておりません、裏口が一番手薄だと思われます」
原田「急ごうぜ、これ以上ここに居たら斬り合いになっちまう」
瑠璃「近藤さん?」
近藤「いや、私は此処に残る。君たちだけで行ってくれ、会津に向かわねばならんだろ。局長である私が出れば君たちは問われることはない、存分にこの国の為に頑張ってもらいたい」
土方「近藤さん、そんなに簡単じゃねえんだぞ!」
近藤「トシ!私が局長だ。仕方があるまい、ならば命令を下す!副長土方歳三、以下五名は早急にこの場を離れてたもう!」
全員「っ!!」
土方「本気なのか、あんた俺に命令するのかっ!」
近藤「命令だ!これは私の仕事だ。新選組は正義と信じて池田屋での事を成し遂げた。それは揺るぎない事実である。局長である私が全責任を負う。私に逆らう事は許されん!」
土方「いつだって俺に決めさせて来たじゃねえか!なんで、なんで今になって。くそっ・・・全員、この場から撤退!」
瑠璃「土方さん!」
原田「局長命令は、絶対だ」
藤堂「瑠璃、急ぐぞ!」
これは何かの罠だ
会津に向かうべき官軍がわざわざ彰義隊と戦うなんて無意味だもの
新選組の力がが分散するように誰かが仕向けた
近藤さんが江戸のこの宿に居ることも承知の上
私たちが宿に入った途端、計ったように包囲させた
私たちが人間には手を出せない事を知っている
このまま近藤さんが捕まって、新政府軍の手に渡れば恐らく斬首刑
なぜならば、私が学んだ歴史ではそうなっていたから
近藤を一人宿に残し、裏手から脱出した
不思議な事に誰一人追ってこない
やっぱり、おかしい!
瑠璃「土方さん!私、残ります!」
「何っ!?」




