第六十一話 兄と妹と冬の月
早めの夕餉を取り約束通り土方は瑠璃を連れて出た
行燈の淡い光が二人の影を生む
土方の少し前を歩く瑠璃の影を見ながら江戸川へ進む
月見をする季節ではない、まだ二月だ
瑠璃の単なる思いつきに乗せられるのも悪くない
妹に振り回される兄の諦めに似た胸中であった
土方「おい、躓いて河に転げ落ちるんじゃねえぞ」
瑠璃「まさか!」
土手から河原に下りる道は昨晩の雨で湿っていた
土方「滑るぞ、ほら手を出せ」
瑠璃「?」
土方は瑠璃の腕を取り、ゆっくり土手を下っていく
昔はこういう所で泥だらけになりながら喧嘩をしたもんだ
瑠璃「うわぁぁ、月出てましたよ。冬の月もきれい」
土方「ん?ああ、まだ半月か」
瑠璃「よかった。月が出てなかったら散歩の理由が無くなってしまうところでした。でも、星も見えるからその時は星見に変えますけどね」
暗闇で表情ははっきり見えないが
瑠璃がどんな顔をして話しているかは想像がつく
土方「お前、俺に何か言いたい事があるんじゃねえのか」
瑠璃「え?」
土方「一人でうじうじ悩んでるんじゃねえって」
瑠璃「うじうじ悩んでいたんですか?」
土方「ああ?」
瑠璃「私が只、こうして夜の散歩をして見たかっただけなんです。昼間の江戸は人が多くてとても賑やか過ぎます。なんだか前にいた時代を思い出してしまって。本当はこの時代の江戸に生まれたのにって考えると、心が落ち着かなくて」
土方「帰りたいと思うか、前の時代に」
瑠璃「懐かしくは思っても帰りたいとは思いません。だって、彼処には誰も居ないから。私の家族は此処に居ます。もう離れたくないです」
土方「そうか」
瑠璃「私は最期まで土方さんに着いて行きますから、一番上の兄の選択を信じていますよ?でも、偶には私達にも試練を与えてください。お前たちならどうするんだって。間違っていたら叱ってください、そうやって成長していくんですから」
そう言うと瑠璃は河岸へ進み、腰を下ろした
月明かりが水面に移り、さらさらと流れる音がする
土方「なるほどな」
瑠璃は自分たちにも試練を与えろと言った
それは、自分たちに頼ってほしい、一人で抱えるなと言っている
直接そう言われたら、土方の性格からして
生意気言ってんじゃねえぞ、と一喝してしまったかもしれない
試練を与えると言う行為は、上に立つ者の義務だ
あいつは俺の扱い方をよく知ってるよ
土方「参ったな」
肌を指す冷たい風が吹き、脳内を一掃された様な気分だった
土方「帰るぞ!」
瑠璃「はいっ」
土方「お前ってやつは本当に敵わねえよ」
瑠璃「あっ!」
土方「なんだよ」
瑠璃「何か閃きませんか?」
土方「あ?どういう意味だ」
瑠璃「なんかこう、夜風に当たると・・・ほら」
土方「・・・何が言いたい」
瑠璃「冬の月〜、違うな。えっと、江戸川の〜、あれ季語は?」
土方「莫迦にしてんのかっ」
瑠璃「え!してませんよっ。何でですか」
土方「お前、見ただろ?俺のっ」
瑠璃「見た?土方さんの?・・・何を」
土方「知らねえならいい!気にするな!絶対に気にするな!」
それって、気にしろって言っているようなものじゃない
なんだろう?何か見られたら不味いものでもあるのかな
瑠璃「そんなに強く言われたら、気になりますけど」
土方「っ!」
瑠璃は知らないようだ
かの有名な【豊玊発句集】たるものを
その後は固く口を閉ざした土方と皆の元へ帰った




